トーンキャパシタ考
エレクトリックギターのオーナーで、改造による音質改善に興味を持ったことが一度でもおありであれば、トーン回路に使われるキャパシタ(コンデンサ)の交換について何かしら見聞きしたことはおありかと思う。
以前の記事で軽く触れたことがあるが、私はトーンキャパシタによる音質の、変化はともかく改善というのを全く信用していない。
もちろん私の耳が貧弱なのもあるだろうが、私は私で楽器屋店員時代から現在に至るまでの経験から色々と見えてきた、聴こえてきたものがある。
今回はトーンキャパシタについて、あちこちと脱線しながらもあれこれ書いてみたい。
無粋ながら先にお断りしておくと、キャパシタ交換が楽しくて仕方ないという方にとっては、ここから先は読んでいて楽しくないはずなのでここで引き返し、他の方の記事をお読みいただければと思う。
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私が楽器店で働き始めた2000年代初め頃から、少しずつではあるがトーンキャパシタの交換という改造が広まっていったように記憶している。
といっても現在のように、パッケージパーツとして複数のギターアクセサリのブランドから販売されたりはしていなかった。小規模な楽器卸会社が海外の市場からまとめて仕入れたものを、まともな袋に詰めることもなくハダカで販売していた。今にして思えばおおらかなものであった。
そのうち、主にUSの倉庫から発掘されたという50~60年代のデッドストックのオイルキャパシタを、これはちゃんとしたパッケージに詰めて、ちびり、ちびりと販売する会社も現れた。
ちょうどその頃、後に私の楽器屋店員時代の師匠となるギターエンジニア氏と話す機会ができた。
売場に並ぶキャパシタについて話が及ぶと、なんやそんなモン、と一笑に付されてしまった。
トーンなんて、あれ、パッシヴやで。
師の言うところのパッシヴとは、ギターの音の周波数信号の一部を回路のアース(グラウンド、マイナス)側に流すことで音をこもらせる‐高音域を削る仕組みであるということである。
すなわち、
トーンキャパシタに信号を増幅する能力は無いのである。
重要なことなのでもう一度。
トーンキャパシタに信号を増幅する能力は無いのである。
後で知ったが師はベース用の内蔵アクティヴイコライザを自分で設計したことがあるし、実現はしなかったもののベースアンプの製造に挑戦したこともあった。回路の増幅についてはそこんじょそこらの楽器屋店員や修理業者などハナシにならないぐらいの造詣があった。
そのヒトに鼻で嗤われては、まだ若かった私は何も言い返せなかった。
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とはいえ、商品として並べているからにはトーンキャパシタがなぜ売れているのか‐100円ほどで手に入るギターカンパニーのパッケージパーツでは何が不足なのかを知っておく必要があった。
当時よく売れていたのがスプラーグ(SPRAGUE、スプラグ、スプレイグとも)のオレンジドロップだった。
トーンの効き方、すなわちアースに落とす周波数帯に関わるのが静電容量であることはすでに知っていたのだが、良いキャパシタ(という言い方がふさわしいかどうか)の条件に直流耐電圧というスペックがあると教えられた。
どれだけの高い電圧を流しても耐えられるか、規格どおりの性能を発揮できるかを示したのが直流耐電圧である。
それがキャパシタにおいては、どれだけ安定した品質が保証されているかの判断基準になるのだそうで、直流耐電圧が600ボルトあたりのものを選ぶと良いのだという。
そのように教えられたものの、楽器店で修理調整の仕事をこなしているうちに、あれこれと疑問が湧いてきた。
まず、キャパシタの初期不良というものにほとんど出くわしたことが無かった。ギターのトーン回路の不調の原因はそのほとんどがポットであり、雑なハンダ付けであった。
キャパシタは固定抵抗と似たり寄ったりの、ごくごく単純な構造の部品である。現在の基準で製造されたものに不良など、ほとんど見つからないのではないか。
それに、電気関係の人達が言うところの、人間の生命に関わる電圧は「死に」ボルトこと42ボルトあたりだという。キャパシタの直流耐電圧600ボルトなど、一瞬でも流れればギタリストは真っ黒焦げではないか。よくよく考えればかなりのオーヴァースペックである。
その直流耐電圧が担保している、はずの品質についても、現在の工業水準ならともかく50年以上前であれば誤差は相当なものであったはずだ。
それが経年により多少なりとも変質していた場合は、もはや規格どおりの性能(?)を発揮できるかも分からない。デッドストックなどといえば聞こえはいいが、トーンキャパシタとして自分のギターに使うのはギャンブルでしかない。
そのうち、配線ケーブルやハンダといった部材を試す機会が多くなり、その効果の大きさに刮目させられるにつれ、キャパシタの交換という手法を真面目に検討する気も起きなくなってきた。
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もうひとつの転機は楽器業界を離れてしばらく後にやってきた。アナログレコードプレイヤーを入手したのである。
しばらくはカートリッジやスピーカー、プリメインアンプの電源ケーブルを替えてみたり、そのたびに、わぁすごいぞ、音が変わったぁ、などと無邪気に楽しんでいた。
だがそのうち、何度かオーディオ機器の世界の沼の深さをのぞき込むことになり、恐怖に震えながら逃げ帰ることとなった。
そしてある時ふと、もしかしたらギタリストもこうやってキャパシタの沼にはまって抜け出せなくなっているのではないか、と思い至ったのである。
しつこくなってしまうが、トーンキャパシタには信号を増幅する能力は無い。
それを、ハンダ付けしただけで、うわぁーい、音が「太く」なった、「ツヤ」が出た、「色気」が増した、といって喜んでいる。
しかもその「改善」には科学的根拠が存在しないのである。
もしもキャパシタごとの音声信号のスペクトラム分析に挑むエンジニアがいるのであれば、ぜひその成果を公表していただきたのだが、残念ながらそこまでの究明は進んでいないようだ。
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もしこの記事をここまでお読みいただいた中で、すでに複数のトーンキャパシタを試したものの、かけた費用とのつりあいが採れないような気がしているミュージシャンがいたら、このあたりでキャパシタ漁りを止めて、浮いた予算で交換用の弦やギターケーブル、練習用小型アンプを揃えるようお勧めしたい。
これからトーンキャパシタ交換の改造に挑戦したいという方はこの記事をもう一度最初から読み返してほしい。それでもなお意欲が衰えないのであれば、もはや私も止めはしない。
ただ、キャパシタ交換と並行して配線ケーブルやハンダ、ジャック等の部材及びパーツも一緒に交換することをお勧めしておく。キャパシタに限らず、回路周りの信号ロスを減らしておけばパーツ交換による変化をさらに明確に聴きとれるからだ。
そうして回路系をアップグレードしておけば、かりにトーンキャパシタの交換では自分の望みの音が得られなかったとしても、自分には合わなかったのだ、という教訓とともに他の手法を探る道へ踏み出すことができるだろう。経験を積んでまたひとつ賢くなり、用心深くなり、求める音に真摯に向かい合えばいい。
ラッシュ(RUSH)の”Xanadu”の、終盤の歌詞に”bitter Triumph"(苦い勝利)という一節があるが、さしずめそのようなところだ。
最後に、トーンキャパシタにかぎらず、あれこれといじりすぎ、深入りしすぎて自分の音が分からなくなってしまったのなら、近所の練習用スタジオで1時間ほど、出来れば100ワット超級のチューブアンプにギターをつなぎ、膝が笑うぐらいのバカでかい音を鳴らすといい。
耳鳴りの奥に残る、自分がギターを鳴らしたのだという実感こそが自分の音の根幹であり、その周囲にまとわりつくのはしょせん枝葉にすぎない。
悩んだら何度でも音を出すことだ。
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