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回路周りのアップグレード、どうする

 私が楽器屋で働き始めた2000年代初期の時点で、配線用ケーブルやハンダ、ポット(potentiometer)やジャック等の回路パーツの交換によるアップグレードという改造はそれなりに認知されていた。


 無鉛銀ハンダ、ケスター44、デッドストック、ミリタリースペック、クライオジェニック…こう列挙するだけで色々と思い出す。

 あの頃に比べればすっかり落ち着いた感のある回路周りのアップグレードだが、ギタリストの志向とうまく嚙み合えばなかなかのメリットがあるのも確かである。今回は自分なりの試行錯誤を経て会得した手法を紹介することでシリアスなギタリスト‐暇つぶしの延長のようなDIYではなく、音を出す道具としてのギターの性能を向上させたいと願っている人達の一助になればと思う。



 まず先に、以下にあげる事項を覚えてほしい。

①電気信号の流れを妨げる抵抗は低音域よりも高音域の音声信号に大きく影響する

②高音域の信号がロスすると明瞭さを欠いた「こもった」音になる



 かつて流行した回路周りのアップグレード改造はこの、高音域の信号のロスを減らすことで「音ヌケを良くする」‐明瞭でヴィヴィッドなタッチの音に変えていくというものだった。

 同じ頃にギターケーブル、つまりシールドにおいても「プレミアムケーブル」路線の商品が多くリリースされていたが、音質改善の手法としては根は同じだった。

 


 記憶が正しければ、ベルデン(BELDEN)の配線ケーブルとケスター(KESTER)のハンダの少量小分けのパッケージパーツが流通し始めたのが2000年頃だったはずだ。

 夢の無いハナシになってしまうが、ベルデンもケスターも本来は量産品を世界中に流通させるメーカーであり、このようなパッケージパーツも元はといえばどこかのアタマの良いヒトが、これギターの配線改造にちょうどいいじゃん、と、個人消費に合わせた少量販売を考えついただけのことである。 

 ケスターはともかくベルデンはギターケーブルでも同様のことがいえる。べつに、ベルデンの全ての製品がギター用として優れているわけではなく、ベルデンの膨大なカタログの中から、ケーブルのソムリエともいおうか、耳の良いヒトが選んで買い付け、線材として用いているにすぎないのである。


 そのうち、今度はクライオジェニック加工なるものを施されたポットやジャック、スイッチがパッケージパーツとして発売された。

 原理については他のサイトか何かで調べてもらえればと思うが、楽器屋店員そして修理調整担当者にとって困ったことに、クライオジェニック加工されたパーツといわれても外見は全く見分けが付かないのである。

 このような声が少なくなかったのだろう、ラベル代わりのごく小さなシールを貼った商品も出回ったようだが、金色に輝いているわけでもない、ごく普通の見た目なのに価格となると一気に跳ね上がるのだから、本音を言えばなんだか気味が悪かった。


 さらに、配線ケーブルながらOFC銅を芯線に採用した製品まで登場した。

 これは自分で購入して実際に使ったことがあるのでよく覚えている、プロヴィデンス(Providence)のFW800だった。

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  他にも、ウェスタンエレクトリック社の50~60年代のハイスペックな配線ケーブルのデッドストックが見つかっただの、いやこちらは軍規格だの、実に多様な商品が発売されたものだ。



 2020年代の現在、もし私がギタリストからの依頼で回路周りをアップグレードすることになれば、まずは回路内のノイズシールディング(防ノイズ)加工を施すことを提案する。

 これは導電塗料という、電気を通す成分を含んだ塗料をコントロールキャビティやピックアップキャビティに塗布し、さらにそれをアース(マイナス)に配線することでノイズを減らす加工である。

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 フェンダーのジャズマスターではこのようなブラス(真鍮)の、キャビティ内に配する枠を採用していたが、原理は全く同じである。画像をよく見ていただくと黒い配線ケーブルがハンダ付けしてあるが、これはアースに接続されている。

 このノイズシールディングにより、エレクトリックギターにとってのノイズの多くを占める電磁波がキャビティ内に襲来しても音声信号への影響は最小限で済む。

 具体的にいえばギターをアンプに繋ぎ、弦から手を離したときにアンプから聞こえる「チー」「ジー」というノイズが減る。

 これにより、特に歪ませた際に耳につく「ジャー」「ピキー」というノイズも軽減できる。

 ただし、導電塗料による塗装膜は電気信号にとっては抵抗として作用する。極言すれば、ノイズシールディングは高音域の劣化を招くのである。

 私が配線ケーブルおよびハンダの交換とノイズシールディングをセットにして提案する理由のひとつがここにある。ノイズシールディングだけだと、ギタリストによっては高音域のヌケが悪くなったと感じることがある。

 これが、回路周りのアップグレードとの合わせ技により「相殺」されることで高音域のこもり感が解消される。

 それと、アップグレードにより高音域の信号ロスが減ると、相対的にノイズの聴こえ方も大きくなる。エフェクトをふくむ外部機材でノイズを減らすスキルがあるギタリストならともかく、改造の効果を確かなものにするにはノイズ対策も併せてとるのが理想的である。

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 幸い導電塗料についてはフリーダム・ギター・リサーチから少量のパッケージパーツとして販売されているので入手は簡単だ。


 次に、アンプから出てくる音の、低音から高音までのバランスがガラリと変わるが、それでも大丈夫か、覚悟はできているか、と念押しする。

 もちろん改造前のハナシなのでギタリストは困惑するだろうが、私なら依然の投稿で登場してもらったMXRのプロ・ウーヴェンケーブルを使ってアンプに繋いで弾いてもらう。ギタリストが普段使っているケーブルとプロ・ウーヴェンとで繰り返し何度か弾いてもらい、音色がどのように変化するのかの予測を立てる。

 そのうえで、はい、こういう変化であれば問題ありません、という回答をもらって初めて作業に取りかかることができる。


 使用する部材を全て任せてもらえるのであれば、ハンダは和光のSR-4NCuを使う。

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 これはまぁ、以前に入手したぶんを使い切れておらず手元に残っているというのもあるが、音質改善を念頭に使うには申し分ないハンダである。

 ただ、使ってみて分かったが、ハンダごての温度が低いときれいに仕上がらない。DIY感覚で手軽に使えるハンダではないことをお伝えしておく。


 配線ケーブルは電材店で探すことにする。先のFW-800があれば使いたいのだが、もう何年も前に販売が終了しているのである。

 それに、電気的に優れているOFC銅の配線ケーブルでも、依頼主であるギタリストの嗜好には合わないかもしれない。そうなれば入手可能な配線ケーブルで、スペックを確かめつつ最良と思われるものを探し出すことになる。

 この辺りのリサーチは本当に難しいし、ちょうど良い配線ケーブルが見つかる保証も無いのだが、ギタリストの理想に近い音のためなら多少の手間や苦労は惜しまないつもりだ。

 先に出てきたデッドストックやら軍規格やらはパスさせてもらう。

 ウイスキーじゃあるまいし、50~60年代の配線ケーブルが年月とともに音質が向上するなどまずないだろう。むしろ被膜やら線材が劣化しているかもしれないし、そうだったとしても誰も何も保証してくれないのだから、考えてみればひどい話だ。個人の趣味ならともかく、ひと様からおカネをいただいて行う加工に使うにはあまりにもリスキーではないか。

 軍規格にしても、高温や低温にさらされた際の断線や劣化が起きないことに主眼が置かれているはずであり、ギターはそこまで過酷な環境を耐えしのぶことはない。ハイスペックかもしれないが、求められる特性がギターとはかみ合わないのである。

 クライオジェニック加工されたパーツも、特に指定がない限りは使わない。

 私の耳がダメだと言われればそれまでなのだが、効果がほとんど感じ取れないのである。それに高額でもあり、どう考えても割が合わない。ハンダと配線ケーブルを替えた時点ですでに大幅な音質変化が見込めるのであり、このうえクライオジェニックものを使うことに確かなメリットが見いだせない。


 作業が完了したらギターを依頼主のギタリストに弾いてもらい、効果を実感してもらう。

 ノイズの減少もさることながら、反応の速さと低音のガッツのあるトーンにギタリストは驚くことだろう。ギタリストの多くが気づいていないが、特に低音にはオーヴァートーンつまり高次倍音が多く含まれており、ポジションや選択するピックアップによって微妙にその聴こえ方が変わる。

 これが音に厚みを加えるのはもちろん、歪ませたときに音に豊かな表情がつくようになる。右手のアタックの強弱や、極端に言えば弦をヒットする位置がネック寄りかブリッジ付近かでも変化を見せるようになる。

 また、高音域と地続きのようだったノイズが減少したことでプレーン弦の鳴りに太さと明瞭さが加わる。

 ただ、これが難しいところなのだが、高音域と低音域に活気が出たことで

ドンシャリ」な、中音域の厚みや色気が感じにくい音に変わってしまったと感じてしまうギタリストもいる。

 実際はちゃんと中音域も出ていることが、大きな音で弾いてみてもらうと分かるのだが、そうなると今度は今までのエフェクトペダルやアンプのセッティングを見直す必要に気づくのである。もちろんギターケーブルの特性にも気づかされることになり、場合によってはパッチケーブルも含めて総入れ替えである。

 さらに、メインとなる歪み系ペダルも替えることさえある。もっとも、ノイズが減ったことで、それまで「攻められなかった」‐追求できなかった強烈な歪みが鳴らせることを大半のギタリストは喜んでくれるのだが。


 ☆


 回路周りのアップグレードをお勧めできないケースについても公平を期すべく書いておく。

 まず、ヴィンテージギターのサウンドを求めているのであれば改造はしないほうがよい。このことについてはいつか別の記事にまとめる予定なのでここでは詳しくは触れないが、オールドギターのトーンは回路の信号ロスも構成要素のひとつになっているからだ。

 もうひとつ、自分の求める音があまりにもあやふやなギタリストは改造を見送ってほしい。エフェクトペダルやギターケーブルであれば気に入らなければケーブルを引っこ抜いてしまえばすむが、この改造はパーツの交換や塗料の塗布が伴うのであり、気に入らなかったときの原状復帰が大変なのである。

 よくわかんないけど良い音になってくれたらいいなぁ、という願望でしかないのならば、この改造は完全なギャンブルでしかない。止めたほうが賢明である。


 逆に、この改造のメリットが大きいケースを挙げておく。

 まず、高出力なピックアップを搭載したギター。特に80~90年代のジャクソンやアイバニーズ、クレイマー等の「スーパーストラト」(今では死語か)系は変化が大きく、2000年代以降のエクストリームなハイゲインディストーションを生み出すペダルやアンプと同等に張りあえるようになる。

 もうひとつはトラディショナルなギターを、弾き心地やプレイアビリティはそのまま、ノイズに強く明瞭なサウンド、タッチの強弱がはっきりと出るヴィヴィッドなタッチ、といった「モダン」なキャラクターに変えたいというケース。個人的にはテレキャスターが効果が大きいように思う。



 ギターの音質改善においてはピックアップに近い箇所ほど改善の効果が大きい。

 大げさな言い方をすればギターケーブルに5万円をかけるよりも、その半額でノイズシールディングと配線ケーブルの全交換を行ったほうが、特にノイズ軽減とクリアなサウンドの実現という点では効果的なのである。

 今回紹介した加工はべつにオカルトでも特殊技術でもない、楽器の修理業者であれば、ふうん、あぁそういうことね、とたちどころに理解できる平凡な‐別な言い方だとクラシック(古典的)な手法である。依頼を断られることはまず無いだろう。

 ギターの音に表情と厚み、何より自分のタッチに応じてすぐに音が鳴ってくれる反応の速さを求めるのであれば、手間と加工費を加味して検討してみてほしい。

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