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ES-335Export、これぞmust-buy

 かつて楽器屋店員だった頃、知人や友人、そう親しくない相手を含めてもいいが、かなりの確率で訊ねられたのが

絶対買っておくべきギターってどれ?


という問いだった。
 数えきれない商品に囲まれ、さらに新発売の告知が次々と舞い込む楽器店で勤務していた頃にはそう簡単に答えられなかったものだが、そこから離れて十年ほど経った現在であればある程度まともに回答できるようになった。

 今回はそんな、must-buyな価値のあるギターとしてギブソン(Gibson)のES-335Export(以下335EX)を採りあげたい。

 先に、ES-335をはじめとするギブソン製品やそのオーナー、ユーザーを貶める意志は無いことをここにお断りしておく。
 とはいえ会社組織としてのギブソン社には思うところがあるので、どうしても書き方が辛辣になる。ギブソンのことを悪しざまに言われることに我慢ならないというファンの皆様はここから引き返して他の方の記事をお読みいただければと思う。





 ギブソンES-335が世に出たのは1958年とされているが、それから現在に至るまで一度も生産が途絶えたことが無い。
 しかも、一枚板を加工して製造するソリッドボディ構造ではなく、カーブのかかった板をボディの表裏ともに配し、センターブロックなる補強材を仕込んで仕上げるセミアコースティック(semi-acoustic、以下Semi-A)構造を用いて造り上げられているのだから考えてみれば凄いことである。

 とはいえ、ギブソンにとってもSemi-Aの加工にかかるコストは決して軽いものだったわけではないようで、時代が下るにつれ細部の加工精度が落ちていくのはオールドギターに少し詳しい方であればご存じかと思う。
 

 たとえば60年代中盤あたりまでのブリッジピックアップのキャビティは外部に貫通しておらず、配線を通す穴がドリルで開けてあるだけなのだが、

 後には配線ケーブルどころかポット(pot、ポテンシオメーター)が余裕で通るぐらい大きく貫通するようになった。

 理屈でいえばセンターブロックはネックジョイント部からボディ底面までしっかり、みっちりと仕込まれているほうがギター全体の剛性が上がり、弦振動をしっかり受け止めることで骨太かつ厚みのあるトーンを生み出す。

 しかし、Semi-Aの回路周りの修理や改造を手がけたことがある者なら痛いぐらい分かることなのだが、ブリッジピックアップからポットが通せるくらい大きく貫通しているほうが作業が圧倒的に楽なのである。この点に関してだけは私はギブソンを責める気にはなれない。

 他にもボディ表のfの字のサウンドホールが大きくなっていったり、ボディのアーチが低くなだらかになっていったりと、主に製造者側の都合によりES-335を含むギブソンのSemi-Aは、言い方は良くないが木工芸品としての価値を削り落とすような仕様変更を繰り返してきた。

 70年代中盤からギブソンは製造拠点をミシガン州カラマズーからテネシー州ナッシュヴィルに移していき、1984年からはナッシュヴィル工場が全面稼働を開始する。

 この時期のナッシュヴィル製、まず例外なく重い
 たしかにES-335をはじめSemi-Aは大柄ではあるが、それにしても驚くぐらい重量がある。
 80年代中盤はそれまでの親会社ECLとそれが設立したノーリンコープ(NORLIN Corp.)から離れて再び独立する過渡期にあたり、おそらくギターファクトリーとしてのギブソンにもあまり余裕が無かったのではと想像される。
 特に木材の選定基準は量産のペース維持や製造原価に大きく影響するところであり、軽く良質な材だけを厳選してギターを製造するのが当時のギブソンには困難だったのであろう。

 そのような苦難の時期を乗り越えたギブソンは2000年、新たな生産拠点をテネシー州メンフィスに設立する。

 そして、USAからみて「輸出(export)」にあたる日本市場に投入されたのが335EXだった。


 ここまでは良かったのである。当時は楽器屋店員だった私も、さすがギブソン、と素直に脱帽したものだ。

 ところが、2010年代に近づくにつれギブソンのなかでの、
ソリッドボディ=ナッシュヴィル
アーチドトップ=メンフィス
という役割分担があいまいになっていく。
 1993年に設立されたカスタム、アーツ&ヒストリック・ディヴィジョン、いわゆるカスタムショップにおけるヴィンテージギターのリイシュー(reissue、復刻再生産)、ヒストリックコレクション・シリーズにおけるSemi-Aはなぜかナッシュヴィル工場で製造される。
 一方のメンフィスもソリッドボディのなかでレスポール・カスタムだけ製造を担当している。たしかに製品の質は素晴らしいものがあったが価格が一気に跳ね上がってしまった。

 もっといえばこの時期にナッシュヴィルとメンフィスから相次いでリリースされたSemi-Aのダウンサイジングモデル、ES-339やCS-336についても思うところがあるのだが、あまりにも長くなってしまうので別の機会に採りあげたい。

 現在の中古市場で流通しているギブソンの2000年以降のSemi-Aの多くは製造年や製造拠点(ナッシュヴィルかメンフィスか)を明示していないものが多いのはこの無軌道な運営方針がいまだに影を落としているからだ。決して楽器店がリサーチを怠っているわけではなく、この当時のギブソンのせいなのである。 

 そして2018年には倒産である。
 メンフィス工場は閉鎖の憂き目にあい、Semi-Aは現在ナッシュヴィル工場での生産に切り替わっている。
 もっとも、これによりカスタムショップとレギュラー(量産)モデルで生産拠点が違うというねじれ状態(?)が解消されたのは喜ぶべきことなのかもしれない。




 改めて今回採り上げる335EXはメンフィス工場ではあるがカスタムショップ扱いではなくレギュラーモデル、つまり量産品である。


 50年代を意識したドットと60年代風のブロックの2モデルが用意されていたが、驚いたことにドットは50年代風のファットなネック形状を再現していた。
 手が小さいアジア人の市場である日本をターゲットにした製品であればネックグリップは細いほうが好まれるのだが、335EXではスリムネックのブロックだけではなくファットネックのドットをあえて市場に投入し、本家ギブソンの伝統のSemi-Aトーンの復権を狙ったのである。

 これはメンフィスがもともとはアーチトップの生産に特化した工場としてスタートを切ったことが大きい。
 実際、この頃からSemi-Aだけでなくギブソンアーチトップのハイエンドクラス、L-5やスーパー400、さらには(数は少ないが)バードランド(Byrdland)まで生産されるようになったのを憶えている。

 また、メンフィス工場での製造は原点回帰ともいうべきクラシカルな手法にのっとったものだったという。
 60年代頃までの主流だったニカワに近い性質の接着剤の採用や木部加工の工程の見直し等、良い音がするギターを組み上げるために手間ひまをかけるという、かつてのギブソンの美質を取り戻すことに重点を置いていたようだ。

 335EXはその伝統を継承し、色濃く体現したSemi-Aだといえる。
 特にドットを初めて弾くギタリストは噂にたがわないファットなネックグリップに多少なりとも当惑することだろう。アンプを通さない「生」の音を聴いても、なんか妙に丸っこくて、もっさりしているような…と感じるかもしれない。
 ところがアンプに繋いで鳴らすと、生鳴りで丸っこく感じられた低~中音域は巻弦の強力な振動であり、もっさりした感触はボディ内部で弦振動が幾重にも増幅された響きであることに気づく。
 ピックアップは57クラシックであり、出力もそれほど大きくなければ尖った特性も無いが、ネックやボディが生み出す鳴りをきっちり拾って信号に変換する。
 重すぎず硬すぎず、十分すぎるくらいの厚みと太さ、粘りを備えたギブソンSemiーAの王道のサウンドであり、これを苦手だというギタリストに私はまだ出会ったことが無い。


 思い返せば335EXが登場した2000年代初頭はギブソンだけでなくフェンダーやリッケンバッカー、グレッチ、マーティンなどもヴィンテージリイシューを相次いでリリースしていた時期だった。
 数年前にカスタムショップを設立し、レスポール系モデルの高い品質が評価されていたギブソンにとっては、レギュラーモデルへのテコ入れは必須だったのであろう。335EXの他に、レスポール・スタンダードもファットな50sネックとスリムテーパーの60sネックの二本立てで展開する。

 ピックアップにはバーストバッカー1&同2、ヴィンテージスタイルのクルーソンタイプのマシンヘッド、もちろん重量調整のウェイトリリーフ(ボディ中空加工)は無しという王道の50年代後期~60年代初期のレスポールに寄せたスペックだった。
 (ウェイトリリーフが大々的に導入されるのは2008年以降である)





 335EXと同等かそれ以上の加工コストを費やして製造されるギブソンSemi-Aといえば、現在はカスタムショップ製品のみである。当然、価格はかなりのものになる。
 だからといって他ブランドのSemi-Aに目を向けても、メンフィス製ギブソンに比肩できるだけのトーンを備えたギターはそう簡単に見つからない。これは私の楽器屋店員時代の経験からも断言できる。

 フェンダーのストラトキャスターやテレキャスター、ギブソンならレスポールやSGの系統であれば優秀な他社製品を探し出すのもそれほど困難ではない。
 だが、不思議なことにSemi-Aだけは別である。ギブソン製と他ブランドのあいだには越えられない一線がいまだに厳然とひかれているのをことあるごとに実感させられるのだ。

 もし、縁あって335EXを入手できるチャンスが到来したのなら、給料日までの数日間をお粥とチキ○ラー○ンで耐えしのぐぐらいの覚悟で‐ようは多少の無茶をしてでも購入したほうが、いや、この場合は購入しておいたほうがよい
 3年-いや、1年でも弾き続けていれば335EXの生み出すトーンが、身体に伝わるヴァイブレイションが本物であることを痛感出来るはずである。

 同時に、コレクターズアイテムとしてではなく音を出す道具としてギターを手にし、説得力あるサウンドを聴き手に届けることを願うシリアスなギタリストであれば335EXの真価を存分に発揮できると思っている。
 現在の中古市場の高止まりは辛いところだが、それも元をただせばギブソンの経営方針のせいであり、335EXのギターとしての根源的な価値は非常に高いと私は考えている。

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