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ギターには剛性が必要

38.27キログラム

 これはダダリオのセット弦EXL120の、6本全てを張ってレギュラーチューニングに合わせた際に発生するテンション‐物理的な「引っ張り」‐である。


 想像してみてほしい。エレクトリックギターの、ここではフェンダーギターのスケール(弦長)として定着した25 1/2インチ(647.7mm)の長さの木材を用意し、釘やらマシンヘッドやらを取り付けたうえでEXL120を張ってレギュラーチューニングに合わせる。

 この弦を張った木材を、温度や湿度が全く管理されていないマンションの一室に放置する。

 1年、いや、半年でもいいだろう、木材が弦の張力に負けて変形していないかを計測し、最も良好な状態を保った木材およびその持ち主に賞金を与える。

 そんなコンペティションが開催されるとして、皆さんだったらその木材をどうやって探し出すだろうか。近所のリサイクルショップで木製バットの状態の良さそうなものを見つくろうだろうか。ホームセンターにそこそこまともな木材売場があれば、メイプルはどこだ、ウォルナットは無いか、と眼を血走らせて探し回りまわり、店員さんを怯えさせるだろうか。



 妙なたとえ話ではあるが、私の伝えたいことはお分かりいただけると思う。剛性という、ギターには似つかわしくない語句をタイトルに置いたのも決してハッタリではなく、ギターの性能を左右する重要な要素のひとつだと思っているからである。

 オーナーが望むにしろ望まないにしろ、弦楽器である以上エレクトリックギターは音を出すために弦を張る。その弦の張力に、長期にわたって耐えられる木材を用いてギターは製造される。

 いや、正確には、製造されるのが原則である、とするべきだろう。

 かつて中古楽器店に勤務し修理調整を業務としていた私はこの、もともとの質が悪い木材を用いて製造されたせいで変形を起こし、まともに演奏できない状態になり果ててしまったギターを、もう嫌になるぐらい見てきた。



 改めて、剛性という言葉でギタリストが真っ先に連想するのはネックであろう。

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 このような図でネックの反りと、その対処法について調べたり、人に教えてもらったりしたこともすでにおありかと思うので、ここでは割愛する。

 ただし、重要なことなので書いておきたいが、ネックに仕込まれるトラスロッドはあくまで反りの修正が目的であり、ネックの補強としての働きを期待してはならない。弦の張力を受け止め、踏ん張って耐えているのはあくまでネックの木部である。

 信じていただけないかもしれないが、弦を緩めてトラスロッドを調整すれば真っすぐになるのに、弦を張るとたちどころに反ってしまうネック、そのようなネックを備えたギターも残念ながら存在するのである。トラスロッドが仕込まれているから何とかなるだろ、という甘い見込みは、特にオールドギターを選ぶ際には非常に危険なので注意してほしい。



 ではネック以外に剛性が求められるコンポーネント(構成要素)のことを想像できるだろうか。

 それはボディだ。見落とされがちなのだが、ボディもまた高い剛性が求められるのである。


 といっても、むやみやたらに重く硬い木を使った分厚いボディのギターこそが優れているというわけではない。ボディの構造、もっと正確にいえばピックアップのキャビティ、およびブリッジ周辺の木部加工のことである。

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 ジャズマスターのボディをよく観察すると、ネックジョイント部とふたつのピックアップキャビティが弦の真下に位置することに気づく。

 ここで、先ほどの架空のコンペティションを思い出してほしい。特に規定がないかぎり、わざわざ弦の真下の木材を掘り取るようなことは誰もしない。剛性が落ちるのは明白だからだ。

 これでお分かりだろう、たしかにソリッドボディ(一枚板)はもともと剛性が高いとはいえ、各種キャビティを設けることで弦の張力に対抗するための剛性が削り落とされているのである。


 先ほどの画像はジャズマスターだったが、これがストラトキャスターになると、純正搭載するシンクロナイズド・トレモロのスプリング及びブリッジ一体型の「イナーシャブロック」までボディ内に仕込むため

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 ボディを貫通するキャビティを設けている。

 大がかりなキャビティを設けるということはそれだけ多くの木部を削り取るわけであり、剛性に大きく影響する。


 そう聞いても、じゃオレ/ワタシのストラトのキャビティを埋めてもらおう、と修理店に駆け込むギタリストなどまずいないだろう。ストラトキャスターはあれだけのキャビティをボディにゴリゴリとあけられ、えらく重たいヴィブラートブリッジを仕込まれることであの音が出るという、奇跡のようなバランスのうえに生まれた神の子のごとき特別なギターなのである。

 とはいえ、俗にいう弁当箱ザグリが、剛性の確保という点では望ましくないことは容易に想像がつくだろう。

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 この画像ではないが、当のフェンダーがかつて80年代に”utility cavity”の名で導入していたのだから世話はない。各種のピックアップレイアウトに対応できる便利な(utility)キャビティとはあまりにも安直である。



 もうひとつ、これはピックガードの下ではないのですぐに分かる箇所だが、木部の削りすぎが剛性の低下を招く箇所がある。

 ブリッジだ。正確にはシンクロ及びロック式ヴィブラートブリッジの、マウントスクリューまたはスタッド付近の木部加工である。

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  スティーヴ・ヴァイがアイバニーズ製の自身のシグニチュアモデルに取り入れたブリッジ周囲の大幅なリセス加工「ライオンズクロウ」に影響されたのか、特にロック式ブリッジでは周辺の木部を大きく堀りとる加工が見受けられる。

 しかし、ブリッジユニットじたいは金属であってもそれを留め付けられ、荷重を受け止めるのはボディである。しかもアームによって音程を上下させる操作は弦の張力の急激かつ大幅な変動とイコールであり、ギター全体の剛性が落ちているとギターの音そのものが弱弱しく平べったいものになる。

 これはギターの実機を手にして注意深く観察し、さらに音を出すことで気づけることなので、試奏の際にチェックしてほしい。



 もし、現在のメインギターの音に飽き足らず、より厚みのある音、ヴァイタリティの感じられる音が鳴らせるギターに持ち替えたいと望むのであれば、しかも、数週間かそこらで手放したりせず、3年、5年、10年、それ以上弾き続けられる耐久性と説得力ある音を求めているのであれば、ギターの剛性という要素に眼を向けてほしい。

 しかも、それは使用する木材の品質、そしてその木材を高精度に組み上げる高い加工技術に負うところが大きいことを、ギタリストに改めて知ってほしいと思う。


 私はnote上では、○○のあのモデルがスゴイ、とか、××のギターはやめておけ、等のレビューは投稿しないことにしている。

 あとは、剛性の大切さに気付いたギタリストが、世の中に星の数ほどあるギターの中から最良の一台を見つけ出してくれることを願っている。誰か一人でもギター選びの手助けになれれば、それだけで私は幸せである。

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