賽の目が出る ひとつ、進む 踏み出した足は土を踏まない 空を切って、そこにおちる そこは明るく、暖かい 摂氏二十三度の停滞 誰かがガラスの蓋を被せてくる 蓋の裏には「一回休み」の文字 歩いてきた道程を忘れるほどに ただ休むだけの一回 歩き方を損なうほどに ここは明るく、暖かい それでも、その蓋を押し上げようとするのは 温かいだけじゃ、お腹が空くから。
それは梅雨の晴れ間のこと。 数日ぶりの快晴に目を細め、慣れない熱に肌を焼く往路。 通りのまばらな人影に、混じり合った浴衣が映える。 あちこちに貼られたポスターは今夜の祭を誇示している。 わたしたちは、日陰を歩いてスーパーマーケットに向かった。 自動ドアの先で、空調と葉物野菜の匂いを吸い込む。 夕食の素材と夕飯の惣菜を半々に選び取る。 会計はわたしの役割。 袋詰めはあなたの役割。 祭囃子がマンションの向こうから聞こえる。 浮足立った人々とすれ違う。 彼らは、特別な今日を過ご
わたしは白い綿毛のように 風に乗って流されていく。 わたしの希望はどこか遠く 安住の地に降り立つことだけ。 わたしは、人並みでいい。 多くは望まないから、普遍的な幸せが欲しい。 わたしを流す潮流よ どうか、ありきたりな人生をください。 こんなささやかな願いであれば 労せずとも、叶うだろうと。 わたしはあわれな藻屑のように 白い波にかき回される。 そうしてわたしは道端に棄てられた。 轍の中途に、打ち捨てられた。 「幸福には、相応の対価がいるのだ」と そう告げたあなたは涼しい
「くらべこし 振分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして 誰が上ぐべき」 先生は返歌をゆっくりと詠み上げると、ちいさく息を漏らして破顔した。 「伊勢物語『筒井筒』は今っぽく言うと、幼馴染同士の恋のお話なんです。互いに恥じらって疎遠になっていた幼馴染同士が、それぞれ背丈の伸びた程度と、髪の伸びた程度によって逢えなかった時間の長さと切なさを表現していてー」 先生は、ニ年目の新人教師だ。僕のクラスでは現国を担当している。キリンのように大きく、優しげな目元。大人びた色の紅を引いた口。