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【再放送・断章】リフレイン

【前回】

ボルボ“アマゾン”122Sの助手席で、私はぼんやりと車窓を眺めた。
「聞いていいか?」
「無駄だ。どこを探しても、出てきやしない!」
サコンジは殆どエスパーめいて、見透かしたように私の問いを答える。
「だからガキは嫌だと言ったんだ。責任なんか取らんぞ、貴様の所為だ!」
私は無言の溜め息で応えた。

そうなんだ。
全ては私の所為だったんだ。
あの夜、車で通りを流していなければ。
あの子供を車に乗せていなければ。
子供を連れて街を歩かなければ。
あの店に入らなければ。
ギャングなんか、殺して回らなければ……。
全て、全て……全てだ!
私は奥歯を噛み締め、舌打ちした。
どうして上手く行かないんだ!

サコンジと私を乗せたアマゾンは、“本社”までの道程を淡々と消化する。
病院、臨海部、ベッドタウン――オフィス街を目指して。
ラジオから流れるのは、昨日の惨劇を伝える生々しく重苦しいニュース。
警邏中の警官が、路上で二人射殺された。
その場に居合わせたというだけの理由で。
私は瞼を閉ざした。

「クソだな」
サコンジは今の気分を端的に言い表した。
「死んじまったものは、逆立ちしたって生き返らん。運が悪かったんだ」
「どうした? 私を責めろよ。好きに詰ればいいさ」
「そういうことじゃ――」
路上に轟く銃声!
覚束ない足取りで路上に歩み出る人影。
片手にはM39拳銃! 警察の制式採用銃だ!

その人影は小く、か細かった。
私は我が目を疑い、それが幻であるよう願った。
「――オイッ、あのガキ!」
確認するようにサコンジが私を一瞥する。
人影は車道に立ちはだかり、拳銃の銃口が我々の車を狙った。
「止まれエエエ――ッ!」
狂乱する叫び声の主は……嗚呼、見間違えようもない。
あいつはサラだ!

「ちょっ、ヤマダッ、おまっ、どうすんだ――」
サコンジは露骨に慌てふためいた。
回避と減速で咄嗟に逡巡し、事もあろうにブレーキを踏んでしまった!
アマゾンはプスプスと情けない音を立て、サラの目前で停止する。
「馬鹿野郎、何で止まった!」
それじゃあ、丸っきり私の間違いの二の舞じゃないか!

白昼の市街は、発砲騒ぎに騒然として、路上を無数の人間が逃げ惑う。
サラは狂気に駆られた顔つきで、運転席のサコンジに拳銃を突きつけた。
「開けろ――ッ!」
私は全てが振り出しに戻ったことを悟った。
何もかもがあの夜の再現だった。
彼女は何も変わっていなかった。
束の間、垣間見た夢は泡沫の定め。

サコンジが緊迫の表情でドアロックを開くと、サラが後部座席に滑り込む。
「さっさと出せ!」
サコンジが舌打ちしてエンジンを再始動させ、車を走り出させた。
私は拳を握り締め、奥歯を強く噛み締めて鼻頭をひくつかせた。
「何でだ……何でだよッ!」
何もかも全部、始末がついたはずだろ! お前の為に!

「うっせえんだよぉッ!」
サラが泡を食って、私の後頭部に銃口を構えた。
今にも衝動的にぶっ放しそうなほどに、拳銃を握り締める。
それは奇妙な心地良ささえ覚える既視感。
危うい過去の反復。
私は頭がイカれてしまったのだろうか。
それともサラの頭がイカれているのだろうか。
ああ……多分どっちもだ。

――――――――――

私は何を期待していたのだろう?
妻に、娘に……そして私自身に。
否応無しに後戻りできない時間は、私の意識を強制的に現実へ引き戻す。
サコンジの運転する、ボルボ“アマゾン”122Sの車内へと。
運転席にはサコンジ、助手席には私、後部座席には拳銃を握ったサラ。
全てがあの日の逆張りめいた光景だ。

どうしようもない無力感が、私の全身を虚脱感で骨抜きにする。
追われた。逃げた。襲撃され、逃れた。
それから殺し、殺し、殺した。
……何の為に?
全てが上手く行くと信じ込んで、場当たり的に動いてきた結末がこれだ。
現実は常に、私の予期せぬ方向へと展開する。
狂乱した子供が拳銃を握り、牙を剥く。

高回転でブン回るエンジン音と対照的に、車内は静まり返っている。
カーラジオのニュースが、昨晩の惨劇を他人事めいて淡々と語っていた。
我々にとっては最早、他人事ではない。
三者が無言の内に張りつめる緊張感。
破滅に向かって一直線にひた走るジェットコースター。
終着点など誰一人として知らない。

【再放送・断章】リフレイン  おわり

【次回】

【解説】

自身の過去作を読み返す地獄のような作業の中、これはと特に気に入った、会心の出来と自負しているフッテージをピックあプして再放送します。
これは以降も不定期にやるかもしれないし、やらないかもしれません。

From: slaughtercult
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