見出し画像

【再放送・断章】父性

【前回】

「これは最終警告だ!」
メガホンで歪められた音が野太く響く。
「直ちに武装を解除せよ! 子供だろうと容赦はしない!」

サラは鼻で笑うと、拳銃を左手に握り替え、私の側頭部に銃口を構えた。
「こいつが見えねぇのか!」
「やめろッ、話が違うだろ!」
私は祈る気持ちでサラを見上げた。
サラは半ば蔑むような顔で私を見下ろす。
「抵抗を続けるなら貴様を射殺する! 射殺許可は出ているぞ!」
有無を言わせぬ宣告が下される。

私の前に立ち塞がるように、サラが足を踏み出した。
少女の顔が、私を振り返る。
「あのさ、ヤマダ。生まれ変わっても、私をちゃんと見つけてね」
「何を考えてる!? 早く武器を捨てろ、殺されるぞ!」
あどけない微笑が私を見据えた。己の顎に突きつける銃口。

――――――――――

少女のハイジャック犯の話題は、巷をセンセーショナルで席巻した。
私は警察で聴取を受けたが、被害者の立場で結論づけられる。
その裏に、公安警察の後押しがあったことは想像に難くない。
あの狂騒の夜、露と消えた数多ものギャングたち。
目出し帽を被った殺し屋は永遠に謎のまま、真相は闇に葬られた。

私は竜ヶ島中央警察署の留置場から釈放され、正面玄関の外に歩み出る。
ビルの谷間越しに、昼下がりの太陽が私を照りつけた。
ドアから続く石段を三歩ほど下った時、背後から声が呼び止めた。
「納得いかねえ。おれはまだ、手前をシロだとは思っちゃいねえぜ」
振り返ると、フカミズとムコウジマの二人組。

「教えてください。ヤマダさん、貴方にとってあの娘は何だったんです?」
厳しい目つきで私を見つめ、ムコウジマが静かに問うた。
フカミズは上着のポッケに両手を突っ込み、その姿を冷ややかに一瞥した。
「十代の子供ですよ。お宅が知る、その他全てのそれと同じようにね」
それ以外の答えなど無かった。

警察署の前の通りに、空冷エンジンの粗野な音色が響き渡る。
それは懐かしい音色だった。
そうだ、次の車を探さねばならなかったのだ……今直ぐにでも。
石段を降りる私の眼前に、赤いキューベルワーゲンが横付けされた。
運転席でスーツ姿のタカミネ・フジエが微笑む。
私は背後の刑事を恨めしく一瞥した。

――――――――――

「今回の事件で、被害者として自叙伝をお書きになるのはどうかしら?」
「そういう商魂たくましい話は、私抜きで好きにやって頂きたい」
私はキューベルの後部座席に揺られ、フジエの誘いを素気無く断った。
「当事者として何かお話になっておきたいことはあるかしら?」
「取材ってワケか。いい根性だよ」

私は溜め息まじりに肩を竦め、暫く沈黙を続けた。
「一つ言えることは、私はどうしようもなく無力な中年男だってことだ」
流れ続ける車窓を憂鬱に眺めた。
路面電車の軌道敷を横目に、片側三車線の道路は続く。
「加害者の少女と、一時的な共同生活を行っていたことに対しては?」
「愚かだったに違いない」

「警察に通報することは、いつでもできたはずだけれど?」
私は双眸を細め、低く唸った。
「……夢を見ていたんだ」
「何ですって?」
「男やもめが長く続けば、人恋しさが過ぎて目が眩むこともある」
「ストックホルム症候群? 違うわね、少女を恋人のように思っていた?」
「家族だ。恋人じゃなく娘だよ」

――――――――――

「こう言っては何だけれど、理解に苦しむわね」
私はフジエと共に、石橋のたもとの緑地を歩く。
眼下の三面側溝には湾曲する川流れ、二級河川・縣川。
「自分の命を奪うかもしれない人間が側に居て、恐怖は感じなかったの?」
どうにもやり辛い質問ばかりで、私は頭を振った。
「それでも孤独よりはマシさ」

川岸の草地にはイーゼルとパラソル。
遠くからでも感じ取れる、ビディの燃える独特の香り。
縫い目の緩いシャツを纏った、ボサボサ頭の絵描き。
私の頭に、電光めいた衝撃が迸る。
それは殆ど痛みと同義だった。
やめろ、そちらには行きたくない。
私はフジエと共に歩き続ける。
男は気だるそうに紫煙を吐く。

パラソルの前で足を止めた私を、フジエが追い越して振り返る。
「……おや、これはいつかの旦那」
男は私を振り返ると、例のとぼけた犬のような表情で私を見据えた。
「今日はどうにも顔色が悪いね。いや、前もそんな顔だったかな」
私の瞳から一筋の滴が流れる。
「ところで、あのお嬢さんはどちらだい?」

【再放送・断章】父性 おわり


【解説】

自身の過去作を読み返す地獄のような作業の中、これはと特に気に入った、会心の出来と自負しているフッテージをピックあプして再放送します。
これは以降も不定期にやるかもしれないし、やらないかもしれません。

From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!

頂いた投げ銭は、世界中の奇妙アイテムの収集に使わせていただきます。 メールアドレス & PayPal 窓口 ⇒ slautercult@gmail.com Amazon 窓口 ⇒ https://bit.ly/2XXZdS7