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【再放送・断章】石畳と絵描きと少女

石橋の上に渡された軌道敷を、路面電車が駆け抜けていく。
「……あたい一人でだって、何とか出来たさ」
隣を歩くサラが、長い沈黙を破ってぽつりと呟いた。
私は無言で、サラの肩をぽんと叩いた。
石橋を渡った先には、川辺に沿って緑地が広がっていた。
木立の下で、男がパラソルを広げて絵を描いていた。

男が咥えたインディアン・ビディが、神秘的な紫煙の香りを漂わせていた。
大きなスケッチブックを抱え、鉛筆を慣れた手つきで走らせる。
傍らに飾られた鉛筆画は、この街の風景のスケッチだった。
「わー、すっげー」サラが立ち止まり、男の仕草に見入った。
「……ん?」男が視線に気づいて顔を上げた。

古びたロイド眼鏡がこちらを見つめた。
犬の顔を思わせる、とぼけた表情の中年だった。
「これはこれは」
絵描き男は我々の出で立ちを興味深そうに、隅々まで眺め回した。
「これは興味深い。特にそっちのボク」
「あたいは女だ!」と言って、サラがハッと口に両手をやった。
私は溜め息と共に肩を竦めた。

「んはっはっはっは! これは失礼! どうだいお嬢ちゃん。似顔絵でも」
「オッサン、似顔絵描くの?」
サラは男に訊ねながら、当たり前のようにビーチチェアへと腰掛けた。
『似顔絵描きます:1枚1000円』の看板。
「まぁネ」
男は少し得意そうに言って、スケッチブックの白紙を開いた。
「儲かるの?」

「儲からないネェ」
絵描き男は紫煙を吐くと、咥えたビディを灰皿に突き刺した。
「じゃあ何で?」「それ以上は失礼だぞ」
私が口を挟むと、サラは拗ねた表情で椅子の縁を掴み、胸を逸らした。
「いいんだ、儲からなくたって。おじさん、お金なら一杯持ってるから」
にやりと笑って、新しい鉛筆を手に取る。

「親戚からはサ、穀潰しだの何だのって散々だけど……」
口調はあくまでとぼけているが、筆は恐ろしく早い。早くて、かつ正確だ。
「でもサ、おじさんは人を楽しませる職業をこそしたいわけサ」
「ふーん、良く解んね」
サラは軍帽のつばを押さえ、午後の太陽を疎ましげに見上げた。
「いいねぇ、その姿勢」

「お嬢ちゃん、ひょっとしてモデルさんかな?」
私はさりげなく周囲を見回し、雑踏に目を光らせた。
「おだてたって無駄さ。女の客を見れば、誰にだってそう言ってんだろ?」
「中々手強いなァ……大人の女性だって喜んでくれるもんだけど」
「あたいだって、オッサンみたいな男は一杯相手してきたからね」

ぴたり。男の鉛筆を持つ手が一瞬止まり、また直ぐに描き始めた。
網目の緩いシャツの襟首から、素肌に刻まれた刺青がちらりと覗いた。
「青空は、嫌いかい?」
憂鬱そうに青空を見上げるサラを見るともなしに、男は訊ねた。
「良く解んね。あたい、ずっと家に引きこもってたから……」
フムンと男が唸った。

「オッサンは、青空って好き?」
男は笑って答えた。
「おじさんはどんな空だって大好きさ。この街で見上げる空なら何だって」
路面電車が軌道敷を走り去る。
「本当、良い街だよな。旦那もそう思わんかね?」
突然話を振られた私は、肩を竦める他無かった。
「この街がいたく気に入ってらっしゃるようだ」

「ボクはね。この街でこうやって絵を描いてる自分が、何より好きなんだ」
男が筆を止めた。
「……なんつって」
出来上がったスケッチ用紙をベリベリと千切ると、颯爽とサラに手渡す。
「うっひょー、これ、あたい!?」
私も絵を見遣って、驚いた。
半ば顔を逸らして、太陽を物憂げに見上げるサラの横顔。

それは写真以上の写真と言うに相応しい、陰影を巧みに織り交ぜた鉛筆画。
「大したもんだ」
私が金を手渡すと、男は帽子を抑える仕草で頭を下げた。
「まッ、仕事ですから」
一仕事終えた満足顔でビディを咥え、マッチで火を点した。
「ボクはいつもどこかで絵を描いてるんで、また見かけた時は声かけてネ」

【再放送・断章】石畳と絵描きと少女 おわり

【次回】

【解説】

自身の過去作を読み返す地獄のような作業の中、これはと特に気に入った、会心の出来と自負しているフッテージをピックあプして再放送します。
これは以降も不定期にやるかもしれないし、やらないかもしれません。

From: slaughtercult
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