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カミ様少女を殺陣祀れ!/20話

【目次】【1話】 / 前回⇒【19話】

S県、出雲。上り坂の鳥居前町を行き、丘に聳える黒い大鳥居を潜った先は森の細道。参道を抜け、広がる境内を進めば、荘厳な大社が姿を現す。
社殿へと至る参道の中途、下り坂を降りきった道の脇に広がる、瓢箪池。
木杭を並べて隔てた岸辺や、池の濁った水面に花は無い。花菖蒲も紫陽花も蓮もただ青々と葉を茂らせて、梅花咲く時節の寒さを黙々と凌いでいた。
池の傍らにポツンと佇む、銅板屋根の小さな東屋。長髪に長髭、白スーツの諏訪神が神妙な顔でベンチに座り、隣のベンチには黒い紋付き袴をまとった厳めしい顔のチョビ髭オヤジ・出雲大神……諏訪神の父神が座っていた。
二柱の神は東屋に座し、濁った水面に戯れる水鳥たちを眺める。互いに目は合わさず、押し黙り。親子水入らずと言うには些か緊迫の風情があった。
二柱の首元には、さなぎ型の鈴・鐸のミニチュアを括りつけたネックレスがぶら下がり、出雲大神は青銅の黄金色、諏訪神は鉄の銀色に輝いていた。


「大己貴命(おおなむちのみこと)――」
「父上、と呼びなさい」
諏訪神が言いかけ、出雲大神がぴしゃりと言い、二柱は互いに口を噤んだ。東屋の屋根に小鳥が降り立ち、甲高い囀りが会話の余白を満たした。
「ミカヅチの旦那、本当に大丈夫かな……我、気が気じゃないんだけど」
諏訪神は溜め息をつき、長髪をかき乱す。不安を口にするや否や、首飾りの鉄鐸がひとりでに揺れて着信ベルめいて響き、屋根の小鳥が飛び立った。
出雲大神が横目に見ると、何かを察した諏訪神が苛立ち、地団太を踏んだ。
「隠ちゃんの鉄輪、滅茶苦茶反応してるよもう! ミカヅチの旦那の仕業に決まってるよ! 隠ちゃんとこに喧嘩売りに行ったんだよ、絶対そう!」
「狼狽えるな。天津神には天津神の思し召しがあるのだ。我ら国津神どもが口を挟み、あまつさえ御意を疑うなど甚だ不遜……わかるな、ミナカタよ」
諏訪神が東屋を飛び出すと、出雲大神はベンチにもたれ、深く息をついた。

――――――――――

塩尽市南那井隠ヶ平。山麓の神社・隠多喜神社。山中の大破壊は山麓にまで轟音と振動を断続的にもたらし、山腹から立ち昇る土煙を遠目に窺わせた。
「ヤッバ何これ、地震土砂崩れ自然災害!? 早く逃げた方が良さげ!?」
瑞希は屋敷の庭で狼狽え、喚きながら変なステップを踊る。心は縁側に座り煙草の紫煙を燻らせながら、瑞希の醜態をのんびりと眺めていた。
「おせーんだよ今更。ここ崩れたら、全員巻き添えで死ぬだろ、どうせ」
「ヤダー私ヤダーもーん! みず姉この若さでまだ死にたくなーい!」
「ウワ……スッゴ、マジヤベこれ世紀の大スクープかも……ウヒャヒャヒャ」
往ったり来たりの奇怪ステップを踏む瑞希の横を、俯き加減の切子が双眸をぎらつかせて通り過ぎ、奇怪スマイルで高速独り言を呟いていた。
「つーかさぁ爺さん、聞きてぇんだけど……あの女、ノゾムの何なんだ」
心が欠伸交じりで発した問いに、その場の全員が動きを止めた。


火山の噴火めいた空震が数度轟き、山腹からまた一筋の土煙が棚引いた。
丑寅は居間の炬燵で、麗奈とは反対側に座り、湯飲みから茶を啜る。麗奈は山の騒乱など全く気にも留めておらず、寝転がってスマホを弄っていた。
「ヒャヒャヒャ。ノゾムが言うには、元は人でなかったらしいですじゃ」
「人じゃねーなら何なんだよ。つか爺さんも良く知んねーんじゃねえの?」
「ヒャヒャ、鋭いな。あのお方は、ノゾムが山から連れて戻った。山の崖の中にある、隠多喜神社の奥宮からな。あのお方とノゾムが初めて相まみえた時のことを、ノゾムは詳しく語りませなんだ。その実体、鬼か蛇か……」
「まぁどーでもいいけど、それってつまり『神様』ってことでいいのか?」
「もしそう呼ぶのが相応しいなら。ワシらは荒神様と呼んでおりますじゃ」
「ちょちょちょココちゃん! あんた冷静にお話してる場合じゃ――」
「あ、そ。つまり『女』じゃねーってことな。それで全部スッキリした」
意外な返答に丑寅が訝り、瑞希と切子と麗奈が、心に視線を向けた。

――――――――――

隠ヶ平山中。斜面を登り、藪を漕ぎ、岩を飛び、沢を越え、応酬が続く。
「カッハッハッハァ、どうしたどうしたァ! 本気でかかって来い!」
鹿島神とカミが交錯する度に枝葉や土砂が吹き荒れ、密林の通り道は戦車に踏みしだかれたがごとく、圧し折れた木々や砕けた石が散乱していた。
鹿島神を追うカミの五体には力が漲り、四肢と首に科せられた鉄輪を内から引き千切らんばかり、湯気立つ裸体に筋肉が張り詰めていた。
「弱い弱い弱い! 温い温い温い! そうれ、もういっちょおおおうッ!」
藪を薙ぎ倒して駆け寄り、カミが力任せに叩きつける手刀足刀を、鹿島神は羽箒のように軽々といなし、懐に踏み込んで腰に両腕を回す。
カミは舌打ち力むも、成す術なく投げられて斜面と並行にカッ飛び、背後の木々を薙ぎ倒しながら転がった。舞い上がる土煙に紛れ、臨が木立の頭上を飛び回っては、カミと入れ替わりで鹿島神の背後を取って挑みかかる。
鹿島神は奇襲を易々と悟り、空中の臨を喉輪で投げ、巨木に叩きつけた。


頭蓋骨が、脊椎が、腰椎が立て続けに砕け、巨木が鮮血を浴び打ち震えた。
「いい加減に悟りやがれェ、土蜘蛛ども! お前らじゃ俺には勝てねぇ! さっさと諦めて、潔く殺されるんだな! グッハハハハァ!」
「「「我ら山の民……我らカミの子……我らは屈さぬ……我らは死なぬ」」」
「アァ?」
哄笑する鹿島神の耳に、無数のざわめきが重なり合うような声が聞こえた。
巨木にめり込んだ血塗れの人型が、破断と再生を繰り返しながら強引な力で身体を引き剥がしていく。鹿島神は双眸を細めて鼻を鳴らした。
「化ァけ物めェ、何故くたばりやがらん……手前は特に気に入らねェ……」
よろよろと歩み出た臨に、鹿島神は歩み寄って拳を弓なりに大きく引いた。
「人の分際で神とやり合おうなど、お粗末過ぎて反吐が出るぜエエエッ!」
超音速の拳が空を裂き、巨木に衝突! 根元に亀裂が走り、幹が傾いだ!


臨は瞬間的に巨木を駆け上り、3連続宙返りを決めて鹿島神の背後に着地!
「もうよい、ノゾム! 下がりおれ! 貴様には荷の重い相手じゃ!」
破滅的な音と共に、巨木が倒壊しつつある中で、カミの声が遠く響く!
「だとよ、犬ッコロ。まだやる気かい、エェッ!?」
鹿島神が振り返って拳を握ると、操り人形めいて立った臨が首を傾げた。
「「「……森に入れば木がごとく……川に入れば水がごとく……」」」
それから、一人と一柱は交錯した。臨の足刀を鹿島神が受け、鹿島神が手を伸ばせば臨はひらりと躱す。躱しざまに臨が手刀を振るい、鹿島神の頭髪を数本散らし、捕らえようと伸びる鹿島神の腕を身体を捻って避け――
早く! 早く! 早く! もっと早く! ミニマルな高速組手! 鹿島神が舌打つ! 空飛ぶ蠅を掴む正確さで手繰り、捉える寸前、臨は身体の軌道を強引に逸らし躱す! 躱す! 躱す! 掴めない! 動きが読まれている!
虚空を鉋掛けするような風切り音と共に、鹿島神の頭髪がはらはらと舞う!
が、鹿島神の五体は依然として無傷! 未だ有効打は与えられていない!


「グルアアアッ! 鬱陶しいカトンボめえええッ! 捻り潰したらァッ!」
数度のバック転で飛び離れた臨を睨み、鹿島神は凄めば残像を曳いて加速!
削岩機めいた正拳突き! 風にそよぐ枝葉めいて上体を僅かに逸らし回避!
鉞めいた裏拳! 飛び立つ鳥めいて俊敏に地を蹴り、前方宙返り回避!
臨は鹿島神の頭上に軽々飛び上がれば、勢いを乗せて左手手刀! 鹿島神はこれを片手で難なく受け、臨の左腕は反動で断裂破壊! だが本当の目的はそれでは無い! 臨は断裂した左腕で宙に踏み止まり、右手で鋭く突いた!
蝶めいて軽やかで、蜂めいて鋭い! 人差し指と中指を束ねた二本貫手!
「……ッ!?」
バネ仕掛けめいて高速射出されたそれは、危機を察して逸らされた鹿島神の顔面の、こめかみに浅い切り傷を走らせ――霧めいて神の血が舞い散る!
臨の貫手の先端で、糸束めいて何かが光った。髪だ。意外ッ、それは髪ッ!
鹿島神との数度の交錯で、毟った髪を指先に束ね、刃先として用いたのだ!


臨は鹿島神の額を踏み、後方宙返りを繰り返し、背後の斜面に着地した!
鹿島神は上体を揺らがせると、額の切り傷を指でなぞった。僅かではあるが確かにこの身が傷ついた証拠! 鹿島神は狼狽し、驚愕に目を見開いた!
「ウッ、ウッ、ウッ……グルオオオオォォォンッ!」
そして憤怒! 神の咆哮! ミサイルよりも早い低空タックルで臨に突撃!
臨は避ける間もなく、土砂崩れに押し流されるように斜面を滑り落ちた!
「ノゾムーッ!」
駆けつけたカミが、斜面の上から見下ろし叫ぶ! しかし、一足遅し!
カミの頭上、完全に断裂した巨木が唸りを上げて降り注ぎ、土煙を上げる!
鹿島神、剛腕で臨を掴んだままジェット推進めいて高速移動! 進行方向の木々を薙ぎ倒し、臨の身体に無数の枝葉を突き刺しながら藪を越える!
森の終わり! 遥か向こうに聳える断崖! 谷地だ! 手前に転がる巨岩!
怒れる神は鉄砲めいて両腕を突き出し、掴んだ臨を巨岩へと突き入れた!


地面に深く食い込んだ巨岩が悲鳴を上げ、星型の亀裂が走って、臨の五体が断裂しながら、岩石の中にめり込んでいく! 鹿島神は天を仰ぎ咆哮!
「ガアアアッ! 土蜘蛛の、人の分際でこの建御雷に手傷をおおおォッ!」
怒りはそれで収まらぬ! 鹿島神は岩石を、いや地響きを聴いて振り返る!
斜面の上から、何かが土煙を上げて迫る! 何か巨大な物体が落ちて来る!
「くたばれえええッ!」
巨木だ! 断裂した巨木が破城槌めいて、鹿島神を目がけ一直線に降下! 幹上にはカミ! その姿あたかも、馬上槍を携え軍馬に騎乗した中世騎士!
「スゥゥゥッ……グルオオオォォォンッ!」
鹿島神は避けぬ! 深く腰を落とし、深く息を吸い、咆哮して黄金の右拳!
カミが巨木を飛び降り、斜面に着地! 巨木は鹿島神に直撃コースを描く!
鹿島神の全身で稲妻が弾け、突き出した拳が巨木を……八つに割り開く!
巨大な薪のように割られた巨木の残骸が、巨岩を避けて谷底に滑り落ちる!


鹿島神は顔面に血管を浮かべ、憤怒の入り混じった凄絶な笑みを浮かべる!
臨をめり込ませた巨岩を振り返り、両腕を回すと、渾身の力で引き抜いた!
「ぶち殺したらあああァァァッ!」
投擲! プレハブ小屋サイズの巌を、巨木のお返しとばかりカミに放った!
カミもまた恐れず、一直線に斜面を駆け下り、迫り来る岩石に跳躍!
岩肌に飛び乗り、駆け上がって掴むと、前進と跳躍の勢いを乗せて回転!
巨岩が、宙で、回った! 推力変換! 鹿島神を目がけ、逆さに投げ返す!
鹿島神が、勢いそのままに自分へと迫る巨岩を、正面から受け止めた!
自分との力比べ! 黒革のツナギの下で筋肉が漲り、斜面を滑り落ちる!
顔面紅潮! 力む両腕! 杭めいて踏ん張る足が、地面を掘り起こす!
あわや谷底へ転げ落ちる寸前、ピタリと静止! そこにカミが迫り来る!
鹿島神が岩を諸手に突進し、カミが拳を握って迎え撃つ! そして衝突!
神とカミの挟撃を受け、巨岩の全面に亀裂が走り――弾け飛んだ!


谷地を背にし、斜面に対峙する神とカミ。見上げる鹿島神、見下ろすカミ。
「グルルルルゥゥゥ……薄汚い化け物めェェェ……貴様ァ、なぜ人に神の力を与えたァ……神の眷属ゥ、それは選ばれし民にのみ許されし特権だァッ!」
「うぬには分からぬ! 所詮は土地を持たぬ流浪民の、うぬらにはなァ!」
砕き散った岩石の狭間より、千切れた人体が再生しながら這い上がる。
「グガガガガァァァッ……許さぬ……許されぬ……土蜘蛛どもごときにィッ!」
カミは目を凝らし、そして気づいた。怒気を放ち、犬歯を剥いて残忍に笑う鹿島神、そのこめかみに、擦り傷のように微かな傷が走っていることを。
「フン……」
カミが笑うと、鹿島神は笑みをかき消して双眸を見開いた。全身から稲妻を弾けさせ、本気でこの土蜘蛛たちを殺そうと、殺気を帯びて踏み出した。
その時、頭上で燦々と照り輝く太陽が、ギロリと睨むように陽光を強めた。
大気が一瞬で乾き切り、鹿島神の一歩先を強烈なレーザー光線が焼尽した。


「チッ……天照大神(ババア)めッ! 止めんじゃ、ねえよッ!」
土も、雑草も、岩も……全てが乾き切った崖に、空っ風が吹き荒んだ。
眩い太陽光線が指向性を帯びて、拷問のように鹿島神へピンポイント照射!
「グゥッ!? このッ、クッソババアッ……!」
「「「……やめよ……もうよい……建御雷よ……勝敗は既に決している……」」」
厳かな圧力を帯びた女声が、有無を言わさぬ調子で鹿島神へと天下る!
「なぜ止めるッ! 古今東西、逆らう土蜘蛛は皆殺しの掟だろうッ!」
「「「……大己貴命の嘆願である……息子の友を……助命せよとの……」」」
目を焼き切らんばかりの陽光に、鹿島神は根負けして俯き、膝を折った!
「友、だとッ! ふざけたことを、ミナカタッ! 親父の脛ッ齧りめッ!」
「「「……争いをやめよ……よいか……三度は言わんぞ……」」」
低く太い女声が降り注ぎ、鹿島神の脳髄を揺らすと、陽光が収まった。


対峙する二柱と一人の狭間を冷気が吹き抜け、乾いた空気を吹き飛ばした。
鹿島神は膝立ちから腰を起こし、興の削がれた顔でカミと臨を見遣る。
「下らん邪魔が入っちまったなァ」
「何の、宴はこれからだ。山を燃やし、谷を埋め、里を滅ぼし、地を均す。そんな糞のような戦を続けるか? 余は用意がある、覚悟がある……」
「そうしてえのは山々だが、生憎そうもいかなくなっちまったワケだぜ」
鹿島神は深く溜め息をついて目頭を揉み、力ない足取りで踏み出した。
臨は衣服が擦り切れ裸に近い姿で、カミを庇うように前方に立ち塞がった。
鹿島神は臨の眼前に立ちはだかると、ニヤリと笑って片手を閃かせた。
臨に喉輪を噛ませ、中空に吊り上げると、双眸を見開いて強く念じた。
上空の青空に忽ち黒雲が満ちて、迸る稲妻が薄闇に幾重も閃光を描き出す。
「だが、手前だけは放っておくわけにゃ、いかねぇなァッ!」
カミが介入する間もなく、鹿島神の吊り上げる臨めがけ、雷が――落ちた。


駆け出したカミの眼前、白龍めいた電光が臨の身体を貫き、火花を散らす。
「「「おおおオオオゴゴゴがががあああァァァッ!?」」」
幾重にも混淆したざわめきが断末魔を上げ、臨は雷に打たれて仰け反る。
巨木にも似た稲妻の一本鎗は、臨の背を貫き、心の臓を焼き、胸を抜けた。
全身が一瞬で炭化し、次いで烈しく燃え上がり、一瞬で人型の炭屑と化す。
「人は神にはなれねぇッ! 身の程知らずは鹿島神が調伏してくれる!」
「おのれ貴様あああァァァッ!」
瞬間的に距離を詰め、カミが繰り出した回し蹴りを鹿島神が受け止めた。
「グフフ。つまらん幕引きだったが、まぁまぁ面白い喧嘩だったぜェッ!」
鹿島神は悪戯っぽい笑みを浮かべると、一人と一柱とをハンマー投げめいて振り回し、カミと炭化した臨とを、谷底へと真っ逆様に投げ落とした。
「ゲーッハッハッハッハッハッハァ! さらばだ、土蜘蛛どもよォ!」
鹿島神は宙に胡坐をかくと、紫電を身にまとって山麓へと飛んで行った。

――――――――――

薄暗い谷底。流れる川の一部、岩盤の川底がクレーターめいて砕けて捲れ、水が溜まって淀みとなった場所に、一人と一柱の姿が浮かび上がった。
川岸には縦に八つ切りされた巨木の残骸が、縮尺の狂った薪のミニチュアを玩具に飽きた子供が散らかしたように、ごろごろと転がされていた。
「負けた……か」
全身黒焦げの臨を抱え、水面に浮かび上がったカミは、溜め息と共に呟く。
首の鉄輪に触れると、幾許か罅が入ったほかは、相も変わらぬしなやかさと力強さで、カミの力を拘束し続けており、枷が断たれることは無かった。
見上げれば、太陽は遠い。先刻、頭上で感じた超越者の神通力と、予想外の狼狽ぶりを見せた鹿島神の姿をカミは思い出し、頭を振って岸に上がる。
礫がちの岸辺に黒変した焼死体を横たえると、日焼けした肌が剥けるようにベリベリと、ややもすると香ばしい音を立てて、黒変が剥がれ落ちていく。
焦げの下より現れたのは、胸と背に稲妻の焼印を刻まれた、臨の姿だった。

――――――――――

深山を、森を、鬱蒼と茂る藪の中を、ずっと歩き続けている気がした。
清らかな自然を、空を巡る星々を、僕を導く魂たちを、感じた気がした。
子供の頃にこじらせたインフルエンザみたいに、頭が熱くてどんよりする。
「あああ、めっちゃ怠い……今何時だっけ……てかヤバい絶対寝坊したッ!」
学校行かなきゃ! バイト! 頭に電光めいて思念が閃き、飛び起きた。
布団を跳ねのけたら僕は全裸で、僕の周りには人、人、人……。
「ホンギャアアアア゛ーッ!? な、何だあんたら! だ、だだだ誰!?」
知らない女の子が一杯! ていうか裸見られた! もうお婿に行けない!
「狼狽えるでない! ノゾムよ、余の顔を見忘れたか!」
八頭身黒髪ロング縦ロールの美少女が僕の前に! ていうかあんたが着てるそのコート、父さんのじゃん! そしてそれ以前にその見知った顔は――
「ウワアアア! 一之宮きざしがゲームの中からああやっぱこれまだ夢だ」
きざしちゃんに殴られて目の前が真っ赤になって、意識がブッ飛んだ。


「えっと、よく分からないけど、僕は君たちに会ったことがあるのかな?」
「あんた私とは会ったことあるでしょ!」
「いや、そりゃキリちゃんは分かるよ。何でここにいるのかはイデッ!」
日本人形チックな女子・古畑さんが顔を赤らめ、鉄拳が顎にめり込んだ。
「今度その名前で読んだら殺すっつったろ! このボケ!」
「ハァーッ……まあみず姉にゃ何が何だかサッパリだがねぇ。まぁともかく無事に戻ってきたってことで、大団円ってことねぇ、ねぇココちゃん?」
金髪ロングの太眉眼鏡お姉さんがうまくまとめてくれた。何か離れた場所で銀髪の人が背中向けて立ってるけど。何か後姿だけで怖いんだけど。
「なに黄昏てんのココちゃん! お前は猫か! 何か言いなさいよもう!」
金髪お姉さんが銀髪お姉さんを引っ張ってきた。何か睨まれてるし怖ェ。
「ハァ……また、部屋散らかしてっからな。キレーになんかしてやんねー」
僕が言葉の意味を問う前に、お姉さんは踵を返してすたすたと歩き出した。


「あれ? コン太が居ない。コン太、コーン太ー! どこ行っちゃったの」
さっきから、居間を知らない女の子がチョロチョロしてて落ち着かないな。
爺ちゃんから聞いたところでは、彼女は僕の腹違いの妹で、名前はレイナと言うらしいけれど……全く身に覚えがない……いや待てよ、妹ってつまり。
「おにーちゃーん! コン太、見なかったー?」
「いや……え? コンタ? ナニソレ、ペット? 犬か、猫か何か?」
「ちーがーう! コン太は狐だよ! ボワッて青白く光る、狐のコン太!」
「やめてよ、病み上がりでからかうのは。大体、狐は青白く光らんでしょ」
「光ったもん! 空から今に降って来たもん! みんなも見たもん!」
「たーだいまぁー。あー今日も一日しんどかったァ、レイナ慰めてェ……」
「あ、お母さん帰って来た。お母さーん、お兄ちゃん、帰って来たよー!」
居間にオバサンが歩み入って、嬉しそうに僕を見た。母さん。僕の母さん。そうだ、このアマよくも。僕は祖霊舎に走って、御神刀を引っ張り出した。


【カミ様少女を殺陣祀れ!/20話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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