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辺獄いいとこ戦争日和 #風景画杯

先ず、永久の白夜があった。土埃の舞う、荒涼たる無辺の原野。死者たちは母なる大地から出でて、吹き荒ぶ空っ風の中で立ち尽くし、途方に暮れる。

荒野の只中には、コロシアムを思わせる円形の巨大な、余りにも巨大な壁が天を衝き聳え立っていた。一見すると手頃な競技場(スタジアム)のようで近づけば手頃な山のように大きい、縮尺と距離間の狂う重厚長大な構造物。

壁に閉ざされたその内側は、微睡むような霧が揺蕩うすり鉢状の過密都市。

僕たちはかつて、あの世で死んだ。

ゆえにこの世で何度も死んで、また黄泉還(よみがえ)る。

そうして土から這い出した僕たちは、性懲りもなくここに舞い戻るだろう。

ただいま辺獄。この世の果ての城下町。丘陵の盆地、石畳の坂道、石積みや煉瓦造りの建物と、木造バラックとが複雑怪奇に絡まり合った八百八町。

死者たちは人類皆兄弟、ここに集って仲良く家族喧嘩(ころしあい)。

城塞都市『隣保町(リンボ・シティ)』には終わることも始まることも無い今日が続き続け、弛緩した日々に銃声が轟き、今日も誰かが殺される。

隣保町、すり鉢都市の下層は、新参者とはぐれ者と狂人の集まる暗黒街。

永晝餐廳(パーペチュアル・デイズ・レストラン)は、本格レストランほど堅苦しくはないが、味良し量良し値段良し。中層や上層でブイブイ言わせるファストフードやチェーン店を、実力とコスパで殴る庶民派の実力派だ。

内装は木張りで落ち着いた雰囲気、座るのは決まって2階の特等席。猥雑な通りを見下ろす窓際の席、円卓には満漢全席。もっとも、僕は一口たりとも食べないのだが。あの世で死んで自由な魂だけの漂魄(ゴースト)となった僕たちに、食事は元より不要なのだ。僕の手元には、雪のように透き通った白酒(ホワイト・スピリッツ)のボトル。労働からも倫理からも解放された辺獄の隣保町には昼も夜も無く、永遠の今日を飲み放題の酔い放題だ。

僕の目の前、円卓を挟んだ反対側には、黒ドレス姿で長髪の女性の姿をした銃姫(ガンドール)が澄まし顔(レスティング・ビッチ・フェイス)で座りフォークとナイフで排骨(スペアリブ)を切り分けていた。タレと香辛料が良く染みた旨そうな肉の原料は、僕たちと同じ漂魄だ。辺獄で食事を楽しむ死者たちの多くは、それを知ってなお暴走する食欲を抑えられないだろう。

重要なことは、生前の倫理感からの解放と、死してなお留まることを知らぬ欲求の限り無い昂りだ。獄卒(ウォッチャー)どももそれに付け込むのだ。

窓の外で銃声が響く。店内で食事と歓談を楽しむ漂魄たちも、彼らの連れた武姫たちも、僕の目の前にいるサパーさんも当然、気にも留めない。誰もが慣れっこなのだ。僕はグラスに満たされた『雪少女(スネグーラチカ)』を景気よく呷って路上を眺め、かぎろへる狭霧に乱反射する閃光へ乾杯した。

ガチャリと食器を叩きつける音、対面でこぼされる深い溜め息。振り向くとサパーさんが上目遣いで僕を睨み、鼻を摘まんで平手を振るっていた。

「その工場排水の吐き気がする臭いを私に近づけないで。食欲が失せるわ」
「これは失礼。魂に響いたようだね、蒸留酒(スピリット)だけに」
「全然うまくないけど」

サパーさんは不愉快そうに言って目を背け、赤黒い『紫月季花』を満たしたワイングラスを手に取り、グイッと飲み干した。僕から見ればワインという体裁を取り繕ったその赤い液体の方が、死体の搾り汁みたいで嫌だけどね。

「ワインがキリストの血だとは良く言ったもんだね」

もっとも、キリスト教は辺獄の存在を公式には否定しているわけで、ならば僕やサパーさんが居るこの世界は、どの宗教で言うどんな世界なのかという問題はあるけど。何にせよ世界はそこにあり、そこに実在する住民は世界や自分たちの宗教的立ち位置、その意義といった論議には関心が無いようだ。

「何か言った?」
「何も」

まあ、僕だってそれほど興味があるわけじゃないさ。好きな酒を飲みながらへらへら笑って酔っ払って、気に入った女の子と一緒に居られるなら死活はそれで充分だ。もっとも僕が女の子だと思っているヤツの実態は、ジジイやオッサンの魂を混ぜ合わせたコラージュなんだろうが、その前提を踏まえて付き合えばいいだけの話だ。死後の世界に堕ちたら堕ちたなりの楽しみ方を考えればいいし、そこに旨い酒があればなおいい。辺獄も意外と悪くない。

「死ねーッ! 高みの見物してるいけ好かねえチンカス野郎どもーッ!」
「獄票(かね)おいてけやーッ! ついでに命(たま)もなあーッ!」
「あびゃびゃーッ! 殺人(ころし)、殺人、楽しーッ!」

ほら、楽しくなってきた。銃姫を抱えた三人組が、二階フロアに乱射だ。

「この犬みたいにキャンキャンうるさい銃声(なきごえ)、5.56mmね」
「サパーさん。僕、ちょっと死んだフリしてるから付き合ってね」
「腰抜け」
「誉め言葉かな」

他の卓でも「ウワーッ」とか「ギャーッ」とか「やられたーッ」とか言ってバタバタと客が倒れている。マジで舐めてるわけだが、撃ち殺されたフリで満足する無差別乱射野郎(トリガーハッピー)は意外と多く、割と通用する手段なんだなこれが。隣保町の死活も長くなれば、こういう連中をあしらうロールプレイの一つも覚えるというものだ。通用しない連中も当然いるが。

「オラオラーッ!」
「死ね死ねーッ!」
「ひゃひゃひゃーッ!」

今日のヤツらはちょっとしつこいな。銃姫を撃ちまくったら弾(エサ)代も馬鹿にならないはずだけど、どこに行っても一定数居るんだよな、こういう損得勘定のできない馬鹿どもが。畑送りは疲れるんだから加減しろっての。

「この大根役者。死体は動かないものでしょう」

サパーさんは何食わぬ顔で排骨をモリモリ食べ進めつつ、僕を嘲笑うようにそう言った。実のところ彼女の顔は見えないが、きっと鼻持ちならない面で宣っているに違いないのだ。彼女のそういったところが僕は嫌いではない。

「また死んだフリだぞ!」
「どいつもこいつも腰抜けどもめ!」
「ひゃひゃーッ! その連れ回してる武姫はお飾りかっての!」

あ、サパーさんが切れた。また食器をテーブルに叩きつけ、ブーツの爪先で僕の向う脛を蹴って合図する。彼女は侮辱されるのが何よりも大嫌いだ。

「ひゅー、こんなとこにゃ似合わねえマブ!」
「ひゃひゃ、きっと安っぽいAKなんかじゃないぞ!」
「何だクソオタク、俺のAKを馬鹿にしてんのかブチ殺すぞ!」
「おう、中々いい面構えの銃姫じゃねえか! 俺の物(オンナ)になれ!」
「何だとクソジジイ、先に声かけたのは俺だろ、俺の物だぞ!」
「お、お前たちより俺の方が、この子を上手く使える!」
「モヤシは黙ってろ! 今度また調子に乗りやがったら本気で殺すぞ!」

ベシャリとガラスが潰れる音。今度はワイングラスを握り潰したかな。

「お取込み中のところ悪いけど、そいつ死んだフリしてるわよ」
「「「エッ」」」

ばらすなよ。僕は半身を上げると、陽キャとガテン系オヤジとオタク野郎の三連星の前でライターの火を点けて、口に含んだ『雪少女』を吹きかけた。

「「「火吹き竜(ドラコ)!?」」」

ああ、そうだよ。良く知ってるじゃないか。噴霧した70度の白酒は瞬く間に火炎放射となって猛烈に噴出し、自己主張の強いガテン系オヤジと陽キャの顔面をローストした。前に出過ぎなんだよ馬鹿が。目ん玉まで焼けたかな?

「「ウオーッ!?」」
「レディ!」

僕が片手を差し出す頃には、サパーさんも片手を差し出し、お互い手に手を握り終えてる。阿吽の呼吸で、いちいち相手の顔を見たりなんかしない。

「て、手前ーッ!」

黒ドレスの鼻持ちならない銃姫が銃化し、漆黒のレシーバーと重銃身を持つ7.62mm口径アサルトライフルへ。シグザウアー 751・SAPR(サパー)だ。

「遅ぇよッ!」

オタク野郎がゴテゴテに改造したM4カービンを構えるより早くサパーさんの銃口を向け、銃床を折り畳んだまま両手持ちでフルオートで撃ちまくる。

「「「ウオオオーッ!?」」」

急所とか撃つと思った? 残念、太腿(あし)でした! 横薙ぎにバララとばら撒き、手始めに全員の足を手際良く身体切断(ひきちぎる)。痛覚とか即死に耐性のある漂魄と戦う場合、初撃は部位破壊するのがお勧めだ。一度身体が損傷したら、畑送りになって黄泉還るまで二度と治らないからね。

「ウワーッ!?」
「足が、足がーッ!?」
「こんな卑怯な戦い方が許されるかーッ!」
「勝てば官軍なんだよ馬鹿が。殺仕合(けんか)に卑怯もクソもあるかい」

僕はそう吐き捨てながら白酒のボトルを取って口に含み、瓶に残った白酒を小便みたいに三連星へと撒き散らす。今からお前らに何をするか分かるか?

「や、ヤメローッ!」

一人まともに目が見えるオタク野郎が叫ぶが、僕は構わず火を噴いた。

「元気か、諸君? 元気なのは大事だぞ!」
「「「ウオオオーッ!」」」

三人の服に炎が燃え移り、もはや銃撃戦どころではなく、いい感じに無様に叫んで転げ回る。今一つ火の勢いが弱いな。ちょっと酒が足りなかったか。

「いつまで遊んでるつもり? 早く止めを刺しなさい」

サパーさんが鉄砲の姿のまま喋った。ここはそういう世界だから突っ込みはナシの方向で。多分ドン引きしてると思うが、三下プレイは止められない。

「マム、イエスマム。じゃあ諸君、元気でなーッ!」

燃えさしみたいに燻りながら転げ回るヤツらに、サパーさんを銃床を畳んだ状態のまま雑に連射して、上体の脊髄や顔面の辺りを念入りに壊しておく。

「あんた、もっとちゃんと狙って撃ち殺しなさいよ!」
「酔っ払ってるから手元が覚束ないのさ」
「ふざけないで!」
「それよりサパーさん、食べ過ぎじゃない? いつもよりちょっと重いよ」
「ハァーッ!? 何ですって今お前なんつった!?」

そろそろ死んだかな。銃姫は実際の鉄砲とは違って、再装填(リロード)が必要ないから、ついつい撃ち過ぎる。その分また飯を食わせなきゃならん。

オタクの持ってるM4と、陽キャの抱えたM4みたいなAK、ガテン系オヤジの手に握られた未来銃(フィッシュガン)。三挺の銃姫が鉄砲から人間の姿に変わって二本の足で立つと、ドン引きした眼差しで僕を見てくる。ヤツらの本体は武器なのか、それとも人間の方なのか。それは誰にも分からない。

「ウワ……」
「キモ……」
「マジ……」

パツキンに白い肌のスラブ三姉妹、モードファッションがM4、ミリタリーとスポーツの折衷がAK、ストリート系のショートパンツが未来銃ってとこか。

「ただの二言でこんなに僕を傷つけられるなんて、キミたち天才かな?」
「何をじろじろ見ているのかしら、5.56mmの腐れ蛆虫ども。消えなさい」

サパーさんもまた相変わらず口が悪い。銃姫(どうぞく)にも遠慮なしだ。

「そういうの差別って言うんだもーん! 5.56mm差別はんたーい!」
「大体、あんただってファミリーの原型は5.56mmじゃない!」
「7.62mmなんてデブのトロカス! これ常識だから!」

三人娘が舌を出すと、サパーさんがダブルファックサインを突き付けた。

「裁判の時間よ。判決は死刑。では処刑(ころ)しましょう」
「銃姫(おんなのこ)を殺すのは気が進まないけどねぇ」
「ハァーン文句あんのか? ガタガタ抜かす脳味噌はこれか? これか?」
「ちょちょちょサパーさん止めて、当たってる、当たってるから!」
「うっさいわね当ててんのよ!」

サパーさんが僕の側頭部を腕で挟みヘッドロック。痛覚が無いのが幸いだ。

「ウワー気違いだ!」
「気違いがうつる!」
「バーカバーカ!」
「お尻ペンペン!」
「あっかんべー!」
「この腐れ×××!」

三馬鹿たちは好き放題に喚くと、足音を響かせて一目散に逃げ出した。

「死刑死刑死刑! 死刑死刑死刑死刑死刑! この阿婆擦れビッチども!」

サパーさんが僕の頭を挟んだまま全力疾走して、螺旋階段を駆け下りる。

「クソッ、どこに消えたあいつら! ××××ヒイヒイ言わせてやるわ!」

レストランの出入口まで力任せに引きずられ、僕は頭を抱えて立ち上がる。

「まあ落ち着きなよサパーさん。ヤツらもとっくに逃げた後だって」
「「「ところがどっこい、やられたらやり返すよ!」」」
「あらッ!?」
「どこだビッチどもッ!?」

僕めがけて殺到する三挺の銃口炎(マズルフラッシュ)と、5.56mm弾。

「あわわうわらばぐぎゃあ」

手足がぼとぼとと千切れ落ち、首が垂れ下がってその場に崩れ落ちた。

「ゴメン、やられちゃった。でも深追いしたのはサパーさんのミスだよね」

僕はサパーさんに生首を拾い上げられて目を合わせると、彼女は歯軋りして片手で額を押さえ、深く深く溜め息をついた。近頃の因果応報は光の速さで巡ってくるようだが、よくもまあ新しい契約相手を素早く見つけたものだ。

「く、く、悔しいーッ!」

おいでませ辺獄。僕たちは死後の世界でもこの調子で、元気にやってます。


【辺獄いいとこ戦争日和 おわり】


From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!

この物語は 白蔵主様の #風景画杯 に参加しております。

何とか期限をブッチせずに間に合ったぞ。よく頑張った私。クッソどうでもいいですが、白酒が飲んでみたいんですよね。この物語がビビッと来た方は欲しいものリストの金門高粱酒を奢ってくださると幸せになります。何ならスタルカでもルースキースタンダルトでもいいよ。人の金で酒が飲みたい。

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