泣き虫ジョッシュと惨劇の館/2

【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/02: QUEEN IN LOVE】

《ある女性の回想・モノローグ》
愛しの我が家を包む炎。家具も天井も壁も燃え落ち、今は見る影もない。
私は丸裸で、毛先の焦げ始めた長い髪を引きずり、床を這いつくばる。
数フィート先に横たわるのは、丸裸で弄ばれ、力尽きた妹の亡骸。
父さんは私たちの目の前で切り刻まれて、ガソリンをかけて燃やされた。
「ベトナム人は死ね! ベトナム人を助けるアメリカ人も死ね!」
覆面を被ってレイプする男たちの、恐ろしい罵倒の声が耳から離れない。
私はもう動かない妹を抱きしめ、迫りくる炎に死の恐怖を掻き立てられた。
これが私の最期? どうして私たちがこんな目に遭わなくちゃいけないの?
炎が刻一刻と迫り、素肌を焼き焦がす。私は痛みに身悶え、泣き叫ぶ。
苦しい……熱くて、息ができない……嫌だ、嫌だ、死にたくない……。
神様……生まれ変わったら、普通の暮らしが……普通の幸せが欲しい……。
ああ……幸せに……幸せに、なりたい……幸せな、家族……。

「おいジョッシュ! ジュース買って来い!」
「泣き虫ジョッシュ! お前を見てると苛つくんだよ!」
「弱虫ジョッシュ! 一発殴らせろ! 逃げても無駄だぞ!」
「おかまのジョッシュ! お前はどうしようもない意気地なしだな!」
「男らしくしろ、ジョッシュ! そんな調子じゃご先祖様に笑われるぞ!」
「――泣き虫ジョッシュ。お前はどうして、軍人にならなかったんだ?」

ジョッシュジョッシュジョッシュジョッシュ……「うるさい、黙れ!」
ジョッシュジョッシュジョッシュジョッシュ……「こっちを見るな!」
ジョッシュジョッシュジョッシュジョッシュ……「僕を放っといてくれ!」
ジョッシュジョッシュジョッシュジョッシュ……「黙れエエエエエッ!
……ビビィ―――――ッ!!!!!
「――ハッ!?」

ジョッシュは走馬灯めいた悪夢から目覚めると、周囲を見渡した。
その時すでに、女の姿は車内に無かった。
紫煙の残り香。密造酒の空きボトル。助手席に遺されたデリンジャー。
ハイウェイから落下した自動車。エンジンは……かからない。
ジョッシュはスモーキンジョーの紙巻きに火を点し、激しく噎せる。
デリンジャー拳銃を取り上げると、起きた撃鉄を慎重にデコックした。


デリンジャー拳銃……レミントン モデル95 "ダブル・デリンジャー"。
口径:.41ショート/装弾数:2発/上下二連式・シングルアクション。
掌に収まる小型銃。19世紀末に製造された骨董品で、威力は無いに等しい。


「参ったな……行くしかないってのか……明日も仕事だってのに……」
ジョッシュは震える手で、デリンジャー拳銃の薬室を開放した。
薬室に2発、小指の先ほどの.41口径リムファイア実包が、装填されていた。
「僕は、こんなものにビビり上がっていたのか……」
ジョッシュは自分の情けなさに、ほとほと嫌気がさして頭を振った。
それでも銃は銃だ。脳幹や心臓に弾が届けば、いとも容易く人は死ぬ。

ジョッシュはデリンジャー拳銃を握り締め、渋い表情で車を降りた。
「やっぱ、戻る時……車のバッテリーが上がってたら、困るもんな」
車のエンジンキーをポケットに納めると、躊躇いがちにライトを消す。
そして、都市から隔絶された荒野のハイウェイは、暗闇に閉ざされた。
頭上の空は雲一つない。月明かりと星明かりは微かで、頼りない。
……荒野の只中に黒い輪郭を浮かべる、巨大な構造物の廃墟。

そもそもここは、現実世界なのだろうか、とジョッシュは考えた。
現実の自分は、自動車事故でとっくに命を落として……。
数か月後、炎天下の車内でミイラになった、哀れな姿が発見されるのだ。「やめろ……よすんだ、ジョッシュ。余計なことを考えるな!」
ジョッシュはがくがくと膝を震わせ、自分を強いて歩き出した。
一面の暗闇に広がる、土と瓦礫。点々と生える雑草を踏みしめる。


兄のジェームズは、小さい頃からホラー映画が好きだった。
映画を見る時は、必ずジョッシュを隣に座らせ、怖がる様を楽しむのだ。
TEXAS CHAINSAW MASSACRE、THE EVIL DEAD、FRIDAY THE 13TH……。
映画の中で惨たらしく人が殺される様を見て、ジョッシュは震え上がった。
その隣でジェームズはポップコーンを食べ、作り話だと笑うのだった。
人が傷つけられて死ぬのを見て、どうして楽しむことができるのだろう?

1マイルほど歩いただろうか。ジョッシュは今や、廃屋の足元に居た。
建物を見上げると、遠くで見ていたよりずっと大きい。
それは鉄筋コンクリート4~5階建てほどの、直方体の建造物。
敷地の周囲に巡らした鉄柵と有刺鉄線、窓は板で目張りされている。
「サナトリウム(結核療養所)? それともアサイラム(精神病院)?」
やはり、ホラー映画の定番である廃病院を、想像してしまう外見だ。

ガチャッ、ギギィ―――――ッ。
重厚な観音扉が、ジョッシュの眼前で独りでに開け放たれる。
「な、な、何だッ!? 自動ドア!? こんな古い建物に、まさか!」
ジョッシュは大根役者めいて、デリンジャー拳銃をへなちょこに構えた。
……小さな銃と、彼の情けないオーラが、相乗効果で弱そうに見せた。
怯えるジョッシュの一挙手一投足を、監視カメラが静かに見つめていた。


たっぷり1分ほど逡巡し、ジョッシュは廃墟の中に足を踏み入れる。
ギギィ―――――ッ、ガッ、チャン。
ジョッシュの背後で扉が閉ざされ、室内は完全なる闇に包まれた。
ガタッガタッガタッ! ドンドンドンッ! ドンドンドンッ!
ア――――――ッ!? クソッ開かない、こうなると思ってたよ!
狼狽したジョッシュは背後を振り返り、ドアを叩いて喚き散らす!

「ウゥッ……何でこんな目に遭うんだ……僕が何をしたっていうんだ……」
ジョッシュは泣きべそをかきながら、懐のジッポーを取り出した。
「タバコ……いや違う、コレだ! ますます映画みたいになってきたな……」
――カキンッ、シュボッ。
オイルライターのか細い灯りが、廃屋のエントランスホールを照らした。
朽ちかけたベンチ、剥げ落ちたコンクリート、鉄筋が剥き出した壁面。

「あ、あのーッ!? こんばんわー! 誰か、誰か居ませんかーッ!?」
ジョッシュは銅像に歩み寄り、銘盤を平手でなぞり、埃に噎せ返った。
「イリノイ州立……退役軍人病院? こんな建物あったかな……?」
古めかしい銅像は、厳めしい顔に眼帯を巻き、右手で敬礼をしていた。
「……やあ、元気? できれば昼間に会いたかったもんだね、うん」
ジョッシュは敬礼を返し、銅像の肩を気安く叩いて、怖さを紛らわせる。


カツッ、コツッ、カツッ、コツッ……。
コンクリートを打つ足音が反響し、ジョッシュは反射的に銃を構えた。
「だ、誰ッ!?」
ヒュー、ヒュー……カタカタカタッ、カタカタカタッ……。
応答は無い。人の気配も無い。ジッポーの炎が揺れ、ただ風の音が響いた。
ジョッシュの背筋に寒気が這い上がり、歯がカチカチと噛み鳴らされる。

トットットッ……キュ――ッ! タタタタタッ……ギニャア――ッ!
物陰からネズミが飛び出し、逃げ惑う! その背後から追い縋る野良猫!
ンア―――――ッ!!!!!
ジェット戦闘機の爆音もかくや、腸の底から迸るジョッシュの絶叫!
ジッポーの灯りの向こうで、野良猫が驚いた表情で咄嗟に立ち止まる!
「何だ、猫か!? 驚かせるんじゃない、あっち行けよホラ!」

カツッ、コツッ、カツッ、コツッ……ゆっくりと近づく足音。
「騒がしいわね、どうにも……また今夜も物盗り? それとも肝試し?」
ジョッシュは口から出かけた悲鳴を噛み殺し、気配のする方向を見遣った。
長い黒髪、イブニングドレス……腰だめに構えた、水平二連銃。
3フィートの距離で、ジョッシュと正対して立ち止まる。
女だ。声から察するに、恐らく若い。しかしその顔は翳り、窺えない。


「うっ、撃たないでッ!」
ジョッシュは生唾を飲み、半泣きでホールドアップして叫んだ。
「……誰なの?」
「ぼ、僕はジョッシュ! ジョシュア・ゴールドマン!」
「この場所は立入禁止の筈よ? どうやって入って来たのかしら?」
「げ、玄関からだよ! 勝手に開いて……と、閉じ込められたんだよッ!」

「顔を見せなさい、もっと良く」
ジョッシュは歯をガチガチ噛み鳴らし、ジッポーの炎を顔に近づけた。
女は悠然と歩み寄り、ジョッシュの胸にドスンと銃口を押しつけた。
(ショ、ショットガン……ぶっ放されたら、心臓がミンチだ……ッ!)
「声に出てるわよ、弱虫さん……そうね、あなたの身体で試してみる?」
ジョッシュは片手で口を押さえ、顔を恐怖に引き攣らせる。

ジッポーの炎越しに見える女の顔は、見覚えのある顔だった。
つい今しがた目にしたような顔であった。
東洋系の血が混じった顔の、左半分を覆うような火傷のケロイド痕。
「……あっ、熱ッ!?」
ジョッシュがジッポーを手放すと、過熱したジッポーの全体が燃え上がる。
床に叩きつけられた衝撃でリッド(蓋)が閉じ、周囲は暗闇に包まれた。


「アッしまった……祖父さんの、祖父さんの形見のライターがッ!?」
暗闇の恐怖よりも、遺品を落としたことに慌てふためくジョッシュ。
「ププッ、クスクスッ……かわいい人。安心したわ、悪い人じゃなさそう」
床を手探るジョッシュは、聞き覚えのある笑い声に手を止めた。
「さぁ、来て……私と一緒に(COME WITH ME)……怖がらないで」
女はジョッシュの肩を掴むと、見かけによらず強い力で引っ張った。

その瞬間、ジョッシュの手がジッポーに触れ、彼は咄嗟に拾い上げた。
「何、ちょっと!? あ、熱ッ……どうにも映画みたいに行かないな……」
ジョッシュは強引に手を引かれて歩きつつ、ジッポーをポケットに納める。
「フーフンフーフンフー、フーフーフンフーフフフー……」
女は『ローディーおばさんに言っといで』の鼻歌を口ずさみ、歩き続ける。
ジョッシュの背筋に、今夜何度目かの悪寒が這い上がった。

「ねぇジョッシュ。ガチョウはどうして死んじゃったのかしらね?」
階段を登り、廊下を歩く。暗闇の中で、壁の額縁を幾つも通り過ぎる。
「し、知らないよ……ただの民謡だ。理由は作詞者にしか分からないさ」
板張りから洩れる月明かりに照らされ、額縁の写真が微かに窺えた。
「頭を水に突っ込んで……もしかしたら、誰かに殺されたのかしらね?」
写真の中で肩を組む男たちは、戦場帰りの傷痍軍人だろうか。


女とジョッシュの歩く先、病室の一つと思しきドアから、零れる灯り。
部屋とジョッシュたちを挟んだ、廊下の只中に……『何か』がいた。
水の滴るような音。足を引きずるようにして歩く、黒く人型をした何か。
「アッ、アッ、アッ……ね、ねぇ、あれ……僕ら以外にも、人が……?」
立ち止まろうとするジョッシュ。女は舌打ちし、強い力で引っ張る。
「えぇ、そうねジョッシュ……家族よ。私たちの、家族……」

『何か』の数フィート手前で、不意に女が立ち止まり、手が離れる。
ジョッシュは咄嗟に反転し、逃げようとしたが、足が凍りついた。
――目が、合った。名状しがたき何か、見てはいけない『何か』と。
「そう……そうよ、家族……私たちの。でもあれは……出来損ないッ!
女がうわ言めいて呟きながら、水平二連銃を構え、引き金を絞った。
BLAM! BLAM! 発砲炎が迸り、散弾が『何か』の胸板を穿つ!

GROWWWWW!!!!!
断末魔めいた声を上げて『何か』が仰け反り、緩慢に仰向けで倒れる!
ガシャッ……カラン、コロンッ! シャカッ、シャカッ……ガチャン!
「出来損ないではいけないの……家族、私の家族はッ!」
女は慣れた手つきでリロードすると、銃口を『何か』に向ける!
BLAM! BLAM! ポイントブランクで追撃! 盛大に舞う血飛沫!


GROWWWWW!?
断末魔! 超自然の青い炎が『何か』を包み、その全貌を露わにする!
ウ……ウワ―――――ッ!? な、ななな何だこれッ!?
ガシャッ……カラン、コロンッ! 無造作に放り捨てられる空薬莢!
「さぁ、行きましょうジョッシュ。さぁ……来るのよッ!」
女は振り返ってジョッシュの肩を掴むと、途轍もない力で引っ張った!

ドバンッ! 女は息を荒げ、病室のドアを跳ね開ける!
蝋燭だ! ベッドの置かれた殺風景な病室を、蝋燭の灯りが埋め尽くす!
「ヒッ……ウワッ! あ、あのッ……ちょちょちょッ、待って……」
ジョッシュは殆ど発狂寸前で、女の手を振り払おうともがく!
ギギィ―――――ッ、ドバンッ! ガッチャコン!
女はジョッシュを部屋の奥に突き飛ばすと、ドアを叩きつけて施錠!

ジョッシュの狂気に飲まれかけた顔が、部屋の片隅に座る女を捉えた。
ボブカットの女が膝を抱えて座り、親指の爪を噛みながらこちらを見る。
「アッ、お前は……さっきの! た、助けて……君ッ!」
ロングヘアーの女がジョッシュに歩み寄り、引き攣った笑顔で両肩を掴む。
「さぁ……ジョッシュ。ベッドへ行きましょう……私たち、家族になるのよ
女は水平二連銃を放り捨てると、ジョッシュを病床へと押し遣った。


病室には、虫除けのシトロネラめいた甘ったるい香りが立ち込めていた。
女はジョッシュの抵抗を物ともせず、彼を朽ちかけた寝台に押し倒す。
「……姉様……」
「ええそうよ、シルヴィア……家族が増えるわ、嬉しいわね!」
「……家族……姉様の、家族……フ、フフ……私たち、幸せになれる?」
「ええ、勿論よ! さぁジョッシュ! 家族が何をするか、知ってる?

女はイブニングドレスを脱ぎ捨て、おぞましい身体を露わにする!
火傷だ! 全身を竜めいてのたうち、脚から顔まで至るケロイド痕だ!
壮絶! 全身の至る所に、パッチワークめいて施された縫合痕!
ジョッシュの顔から血が引き、下腹部が屹立する! 彼は童貞なのだ!
生々しい傷跡さえなければ、女は美しかった! 傷跡さえなければ!
「さあ、ジョッシュ! 私と愛を育みましょう(MAKE LOVE TO ME)!」

女はジョッシュの上に圧し掛かり、服を手荒く剥ぎ取っていく!
ジョッシュは悲鳴すら上げられず、部屋の片隅のシルヴィアを見遣った。
シルヴィアは虚ろな顔で親指の爪を噛み、無言で『行為』を眺めていた。
「ハァハァ……どう、ジョッシュ……怖い? 大丈夫よ、直ぐに良くなるわ」
女の手がジョッシュの肌を撫ぜた。冷たかった……まるで死体のように。
ジョッシュの下腹部が、女の下腹部に食い込み、滑らかに結合した。


"CRYBABY JOSH" in the slaughter house
CHAPTER/02: QUEEN IN LOVE
TO BE CONTINUED…

※おことわり※
この物語はフィクションであり、実在する地名、人名、商品名及び出来事、その他の一切は、実際のものとは関係がありません。

From: slaughtercult
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