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カミ様少女を殺陣祀れ!/12話

【目次】【1話】 / 前回⇒【11話】

取れ立て新鮮な生き血と生モツの臭いは、筆舌に尽くしがたいものがある。
ましてや、自宅の玄関でそれを全身に浴びれば感動も一入(ひとしお)。
僕は固いモルタルの土間にうつ伏せで倒れ、呼吸と一緒に血を飲んで噎せ、屠殺業者は身体に血の臭いが染みつくらしい、そんな話を思い出した。
ついてないよ。中華屋で毎日働いているせいで、ただでさえ身体に脂臭さが染み着いてるってのに、他人の生き血まで被ってりゃあ世話ないな。

僕は咳き込みながら仰向けに転がり、何か柔らかい物に乗り上げた。
違和感。赤塗れの世界を手探ると、生暖かくてぬめぬめして柔らかい物体に指がズボッとめり込んだ。目の焦点が合った僕は、思わずげんなりした。
僕がクッション代わりにした物はどう見ても黒スーツの下半身であったし、僕が指を突っ込んだ物はどう見ても、生き血の滴るハラワタであった。

――――――――――

僕と荒神様と尊師。大男刑事、中年刑事、七三眼鏡刑事。玄関の外に並んで向かい合う僕たちは、世界で一番楽しくない3on3の花一匁(いちもんめ)。
「事故……だな」
中年刑事・米窪(ヨネクボ)さんがタバコに火を点け、無表情で呟いた。
「んなわけないでしょどう見たってこいつが殺ったに決まってンだらぁ!」
「まー落ち着けよ、足助(アスケ)」
喚き散らす七三眼鏡刑事を、ラガーマンみたいに大きな刑事が窘めた。
「言ってることは一理あるが、どうやってこいつを逮捕するんだ。そもそも誰が縄をかける? お前か? 俺か? この前の二の舞は御免だぞ!」
大男刑事がうんざりした様子で言うと、米窪刑事が煙を吐いて肩を竦めた。
「百歩譲って連行はできても、調書はどうする。凶器はねえ、殺害の証拠もねえ。それ以前に”ヤツ”には戸籍がねえ。素手で人間をバラす怪物だなんて与太話で検察が動くか? こいつを一体どうやって裁判にかける気だ?」

七三眼鏡刑事・足助さんが苛立たしく地団太を踏み、尊師を指差した。
「大体、そっちの白服、テメーだよテメー! テメーは何で居るんだよ!」
「我は神だからね。余所者が無辜の民を害さぬよう機転を利かせたまでさ」
尊師が七色の後光を放ち、長髪を靡かせると場の空気が盛り下がった。
「実際助かるぜ。何人”変死体”で挙げても、悪党ならまだしも割り切れる」
「じゃあ何か! ”この女”が何十人何百人殺そうが、無罪放免お咎めなしで全くの野放しってことか! それが俺たち刑事のすることですかい!?」
米窪刑事の言葉に足助刑事が激昂し、今にも暴れ出さんばかりに怒鳴った。
「だーかーらー落ち着けって足助! 何もそこまで言ってねぇだろ!」
「言ってんじゃねえかよォ牛尼(ウシアマ)ァ! クッソ放せコラッ!」
「オメー足助! 先輩を呼び捨てにするたァ、いい度胸だなッ!」
大男刑事・牛尼さんが、足助刑事に裸締め(チョーク)を極めつつ叫んだ。

「言ってるさ」
米窪刑事の言葉に牛尼刑事は腕の力を緩め、足助刑事が崩れ落ちた。
「他に方法がねえんだ。実際どうする。裁判で死刑にするか? どうやって殺す。戦車で撃ったって死にそうにねえ。核弾頭でもあれば話は別だがな」
米窪刑事は何度かぷかぷかと煙草を吹かし、足元に投げ捨て踏み消した。
「この憎きカワイコチャンが神だろうが怪物だろうが、俺には関わりねえ。どの道、人智を超えた化物は人の法では裁けねえ。それが結論だ。だろ?」
米窪刑事が薄汚れたコートの懐を手探り、ウィスキーのボトルを取り出して荒神様に見せつけるように揺らすと、悪い笑みを浮かべて放り投げた。
「理の中を捌くのが警察の仕事だ。理の外のことなんざ俺の知ったことか」
荒神様は鼻を鳴らし、受け取った酒瓶の栓を抜いて、ラッパ飲みした。
まるで動物園の飼育員だな。堂に入った所作、年季の入った話術で、自分のペースに乗せている。僕は米窪刑事の手際の良さ、準備の良さに感心した。

――――――――――

「あ~ッ!? この札束、表と裏の一枚目以外偽ガネじゃない! これも、これも全部ぜーんぶ! 悔しい~あの貧乏無価値ゴミクソヤクザ~ッ!」
ナナエさんが見せ金の表裏の1万円札を抜いて卓袱台に並べ、残った札束は畳に放り捨てると、子供のように喚いて転げ回った。
「借金取りの車からお金を盗んだお母さんが言える台詞じゃないけどね」
「ほっほ。侠気ちゅーと大層じゃが、ヤクザも色々と大変なんじゃの!」
血塗れの服とエプロンを洗濯機にかけ、風呂で血を洗い落とし、放心状態でそれを見ていた僕は、盛り上がるやり取りに段々と腹が立ってきた。
「ちょっと待て。僕はその借金取りたちにボコボコにされたんだよ、それも借金こさえた誰かさんの身代わりにね。詫びの一言も何も無いのかよ!」
卓袱台を握り拳で打ち据えると、じりじりと指が痛みで疼いた。

みんなが一瞬だけ僕を見た。神妙な顔つきをして、直ぐに目を逸らした。
爺ちゃんもナナエさんもレイナさんも尊師も荒神様も。いや、荒神様だけは割とどうでも良さそうな顔だったが、荒神様だから仕方なかった。
「ああそうかい! 疫病神もクソ家族も知らんわ! もう勝手にしろ!」
僕はキレた。何だか全てが茶番じみていて、何かもが馬鹿馬鹿しく思えた。
「あーそれ私のお金! お母さんに今すぐ返しなさい、ノゾムげぼおッ!」
卓袱台の金を掴んで懐に突っ込むと、血相を変えて喚き散らすナナエさんを目がけて卓袱台を蹴り飛ばした。
「結局最後まで金かよ、金カネかね! 僕はお前のATMじゃないんだよ!」
捨て台詞を吐いて踵を返し、居間から玄関に歩み出て顔を顰める。
玄関はフレッシュと血と臓物が大量に飛び散ったままだった。否、今はもう到底フレッシュとは呼べず、赤黒い流体は腐った異臭を放ち始めていた。
僕はスニーカーで血の池を渡り、ジャージ一丁で玄関を飛び出した。

借金取りのBMWが撤去された庭には、まだ部品の破片が所々散乱していた。
どこか遠くへ行きたい。どこでもいい。この家から今すぐ離れたい。
僕は自転車を暫く探して、仕事場に置き忘れてきたことを思い出した。
玄関の前には、白馬のように光り輝く大型バイク。後先考えずに跨って走り出せば、どこか遠い所へ僕を運んでくれるだろうか。
僕は手を伸ばしかけ、カウルの曲線を指でなぞって頭を振った。原付バイクならともかく、免許も持ってない人間が、こんなの操縦できるわけがない。
僕は魅惑的な輝くバイクから指を遠ざけると、惨めな気分で歩き出した。

宿場町へと下る一本道。駅まで続く、徒歩では恐ろしく遠い道のり。
夜の闇は暗く、ジャージの上から吹き付ける風は冷たい。
それでも、僕は歩いた。闇に眼が慣れ、黒い空に星が見え始めた。
何でこんなことになっちまったのか。僕は歩きながらそればかり考えた。
思えば徹頭徹尾、不可抗力に足元を掬われ続ける人生だった。
父さんが死んだのも、婆ちゃんが死んだのも。母さんが蒸発したのも、借金こさえた上に種違いの妹を連れて出戻ったのも。神様たちが現れたのも。
これからどうなる。一体僕にどうしろっていうんだ。僕は高校を卒業して、家業の神社を継いで、細々と食い繋ぐそれだけの人生で良かったのに。
吹き抜ける寒風に木々の梢が揺れ、暗闇の森のあわいにさざめきが満ちた。
足元、細道の崖下で遠く水音が響いた。やがて南那井川に注ぐ流れだ。
星明かりの道程は気が遠くなるほど長く、例えようもないほど孤独だった。

――――――――――

気づけば僕は塩尽の街に居て、裏通りでゴミ溜めに頭を突っ込んでいた。
当ても無く街に繰り出し、チンピラに目を付けられたのが運の尽きだった。
疲れた足では数分と逃げられず、光の届かぬ路地裏で連中に囲まれた。後はしこたま蹴られ殴られ、有り金は小銭の一枚まで撒き上げられて終わり。
「何でだよ……」
僕は上手く動かせない口で、どもるように呟いた。全身が痛い。鏡を見ればきっと顔中が、漫画みたいに腫れ上がっていることだろう。
それはそれとして、有り金が無いという厳然たる事実は割と詰んでいた。
僕はゴミの饐えた臭いを吸い込んで咳き込み、己が軽率な行いを後悔した。
これじゃホテルに泊まることはおろか、ネットカフェにすら入れやしねえ。
家出して野宿からの凍死コンボ。笑っちゃうほど惨めで無様な死に様だ。
幸運は二度は訪れない。助ける神様は今度こそ現れない。当たり前だ。
もうどうでもいいや。名前も知らない誰かのまま、ここで死ぬのもいいか。

足音が近づいては遠ざかった。気持ち悪がる囁きや、嘲笑が聞こえた。
わざとらしくシャッター音を響かせ、写真を撮って通り過ぎるヤツ。
何発か小突き、馬鹿笑いして逃げるヤツ。僕は全部無視していた。
身体はすっかり冷え切って、指一本動かす気力すら無くなっていた。
また足音が停まった。僕の背後で行ったり来たりを繰り返していた。
「ヤバ。これ生きてんの、死んでんの。うわクサ、クッサ、クッセエ!」
「うるっせえな! 死んでんだから放っとけよ! どっか消えろ!」
僕は突っ伏したゴミ袋に叫んだ。自分でもビックリするぐらい大声が出た。
音が停まった。行ったか。僕は泣いた。余りの惨めさに涙がこぼれた。
「生きてんじゃん」
掠れるような声が言った。ややあって、へらへらと笑い声が響いた。
気配は消えなかった。視線を感じた。僕は苛ついて、軋む体を起こした。

暗くてよく見えないけど、誰かが立っていた。僕と同じくらいの背格好だ。
「うわちょ、寄るなし。お前マジきたねぇ、くせえんだって!」
誰かは僕を指差し、へらへらと不愉快な嘲笑を浴びせた。
「そりゃ臭いよ、見りゃ分かんだろ、ゴミ塗れなんだよ! 早く消えろ!」
「おめー泣いてんの? だっせえ。つかマジキモ、男が泣くなし」
「泣きたいんだよ! お前なんかに僕の気持ちが分かってたまるか!」
「は? 何で泣きたいの?」
「生きてるのがしんどいんだよ! バイト先でヤクザに殴られるし、家には疫病神がいるし、家出したらボコられて金パクられるし、もう散々だよ!」
僕はやけっぱちで怒鳴り散らすと、人影に踵を返して歩き出した。
「クソッ、何で上手くいかねんだよ!」
僕は吐き捨てて歩き出した。足音が僕の背後からついてきた。
僕はムキになって歩みを速めた。背後の足音も速くなって僕を追い続けた。

路上に光る街灯の下で、僕は足を止めて振り返った。
「いい加減にしろよ! お前何なんだよ、ついてくんなよ背後霊か!」
「ちょ、ギブ……マジ待って。意外と足早いな……ボコられてんのに」
背後では、アシンメトリーの銀髪の誰かが腰を折り、息を切らしていた。
そいつは呼吸を整えて上体をもたげ、ピアスだらけの顔で僕を見て笑った。
「ちょ、その顔はヤバ……いや、ゴメン。ちょっとからかい過ぎた」
女だった。僕より少し年上。不健康そうな顔色は、そういう化粧なのか。
パンク女は、戸惑った表情で髪をかき上げ、僕を見てもう一度笑った。
「ちょゴメン、もう笑わないから」
「別に笑われても構いませんよ。どうせ死ぬんだからね。さようなら」
「あのさ、あんた行くとこ無いんでしょ! ウチに来なよ、ね!」
パンク女が一歩踏み出し、僕に手を伸ばしかけて途中で止めた。
「いや、やっぱお前臭いわ……早いとこ風呂入れ、な?」


【カミ様少女を殺陣祀れ!/12話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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