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狩猟公式の果実 ~改男児ジュウゾウ~

焼け爛れた街角で、二人の少年が空を見上げていた。ボロを着た傷だらけの身体で、両目だけがギラリと輝いていた。瓦礫の散乱する都市には死傷者が溢れていた。小さな少年が拳を握り、隣に立つ大きな少年へと振り向いた。

「何だよこれ……何なんだよ……こんなの間違ってる、絶対おかしいだろ!」
「リュウちゃん」
「だってそうだろ! 俺たちが一体、何したって言うんだよ!」
「……僕たち、これからどうなるんだろう」

小さな少年が怒りに任せて拳を振るうのとは対照的に、大きな少年は黒煙の立ち昇る街路を見渡して、語尾を消え入りそうに窄ませて涙を溢れさせた。

「泣くな、キヨミ。身体はデケーくせに、名前も心も女みてえなヤツだな」
「泣きたくて泣いてるわけじゃない。リュウちゃんだって泣いてるよ……」
「うるせえ、うるせえ……」

しゃがみこんだ大きな少年に頭を突き合わせ、小さな少年もまた声を上げて嗚咽した。瓦礫の街の向こう、山の稜線から朝日が昇り、二人を照らした。

「これからどうすればいいんだろう、僕たち」
「チクショウ……街をぶっ壊したヤツら、俺は絶対に許さねえ!」
「どうするつもりなの?」
「決まってるだろ、やり返すんだよ! やられっ放しじゃ悔しいだろ!」
「怖いよ、リュウちゃん」
「戦うんだよ、爆弾を落としたヤツらと! 俺も戦う、キヨミも戦え!」
「そんなの無理だよ。戦ったって勝てっこないよ。僕は出来ないよ」
「何で決めんつけるんだ! 勝ち負けや出来る出来ないの問題じゃねえ!」
「戦うなんて怖いよ。死ぬかもしれないんだよ。僕は死ぬなんてヤダよ」
「戦わなくたって死ぬんだよ! 何もできずに死ぬなんて、俺は嫌だ!」
「そんなこと言われても、無理なものは無理だもん!」
「そうやっていつまでも泣いてろ、弱虫! 誰も助けちゃくれねえぞ!」

小さな少年が街路を示すと、大きな少年は声を震わせて頭を振った。

「頼むよ……一緒に戦うって言ってくれよ。俺たち、友達だろ?」
「そうだけど」
「一人は怖いけど、二人なら出来る。俺が守ってやる。キヨミも俺を守れ」
「本当に? 約束する?」
「男と男の約束だ。俺とキヨミ、二人で戦う。悪いヤツらをぶっ殺す!」

小さな少年の伸ばした手を、大きな少年がおずおずと握った。小さな少年の瞳は獣のような狂気の輝きを見て、大きな少年は恐れるように息を呑んだ。

――――――――――

時は20世紀末。極東のソドムの民は、神をも掴まんばかり栄華を極めていた泡沫景気から急転直下、夢破れて凋落の一途を辿る。経済は氷河期のように停滞し、先行きの見えぬまま疲弊する社会の行く末に悲観論が蔓延った。

国際社会は、冷戦崩壊の余波で混沌の只中。一触即発の国際情勢、一寸先は闇の社会情勢の中、日米安保の揺り篭に抱かれた彼らは、それでも辛うじて束の間の平和だけは謳歌していた。彼らは真の絶望を未だ知らなかった。

世紀末に恐怖の大王が現れ、アンゴルモアの大王を蘇らせる。胡乱な予言が終末論として盛んに喧伝されたのも、この頃だった。空から来たる大王とは何なのか。人々は思い思いの夢物語を語り、終末とやらを心待ちにした。

始まりの地はカフカスだった。巨大な貴族が倒れ、貧しき領民たちの手には大量の武器が残された。彼らは自由を謳い、闘争を始めた。初めは局地的な小競り合いだった。旧ソ連の核弾頭が軛を放たれ、地獄の釜が開かれた。

後は野火となれ山火事となれ。戦の炎は世界各地に飛び火し、収拾不可能な規模に燃え広がった。いとも容易く、無秩序に、無慈悲に、正気を手放して打ち上げられた、無数のミサイルという花火が世界の空という空を焼いた。

極東のソドムの民も例外ではなかった。神の鉄槌のごとく怒りの炎が天から降り注ぎ、人々は絶望し成す術なく逃げ惑い、傍観者の罪に焼き払われた。

21世紀の幕開けとは、あの懐かしく目くるめく獣の時代の再到来であった。

――――――――――

20XX年、中京都。かつて愛知県名古屋市と呼ばれた街は、核攻撃で焼尽した東京都に代わって新たな首都となり、全国に先駆けて都市が復興していた。

明け方の街に降る物憂げな雨に打たれ、一台のバンが都市高速を駆ける。

暗い鉄の檻の中、軽装甲バンの荷室の内。左右の壁に向かい合わせで設えたベンチシートに並んで座った武装要員の中で、頭一つ飛び抜けて大柄な男が閉ざしていた両目を開き、猫目のごとく薄緑色の眼光で薄闇を照らした。

大柄な男が目から放つ人外の光が、彼と対面する位置に座った、飛び抜けて背の低い武装要員の輪郭を浮き上がらせる。拘束衣と飛行服を混ぜたような物々しい装具の上で、人形めいた白磁の美貌が瞼を細め、大男を見返した。

「任務の前にうたた寝か。相変わらず呑気な奴だな、13号」

冷酷な女王のごとく底冷えのする声色に、大男は欠伸して頷いた。彼もまた拘束衣とも飛行服ともつかぬ装具を身に着けていた。向き合う大男と美貌の二人はベルトで後ろ手に縛られ、拘束衣の手足とベンチシートとを物々しい錠前で強固に結束され、身じろぎする度にガチャガチャと音を立てた。

「そうみたい。ゆめをみてたよ。いつもとおなじ、いやなゆめだ」
「夢? 脳味噌が殆ど機械に置き換えられた、その空っぽのオツムでか?」
「たしかに、おれはのうなしだけど。12ごうはなまののうがあるもんね」

13号こと大男が図体に見合わぬ幼稚な口調で語ると、彼と対面する12号こと美貌の女は、物憂げな表情でセミロングの髪を揺らし、視線を逸らした。

「俺は脳味噌以外ほぼ全て、何もかも作り物だ。お前とは正反対さ、13号」
「おれのからだだって、きんにくとかはつくりものだけどね」
「改造人間実験体、12号と13号。無駄口を叩くな」

左右ベンチシートのそれぞれ中央に座る12号と13号、その周りを取り囲んで着座する武装要員の一人が、堪りかねて叱咤した。他の者はMP5短機関銃を胸の前に捧げ持ち、一様に押し黙っている。彼らは改造人間たちとは異なり防弾ベストやヘルメットで身を固め、黒い目出し帽で素顔を隠していた。

「言葉には気を付けろよ。お前らを皆殺しにするのは簡単だぜ。忘れるな」
「みなごろしなんて、しないよ。なかまじゃない」
「仲間だって? おめでたい頭だな、13号。人間を猛獣みたいに扱うヤツが仲間なワケないだろ。俺たちが反逆したら躊躇なく撃ち殺す……監視役だ」

12号が忌々しげに吐き捨て、13号が小首を傾げて武装要員たちを振り返る。彼らは13号の直視を避けるように、無言で視線を逸らした。それが答えだ。

「それより、脳無しのお前が夢だって。どんな夢を見るっていうんだ」
「めちゃくちゃになったまちで、ふたりのおとこのこがはなしてるゆめ」

13号の答えに、12号の嘲うような表情が真顔に戻り、彼女は息を吐いた。

「……そいつらが何を話していたか、覚えてるか?」
「だいたいおぼえてるよ。いつもおなじゆめ、みてるから。たとえば……」
「いや、わかった。もういい」

13号が詳しい話をしようとすると、12号は首を振って黙らせた。

「ゆめってさ、あたまがきおくをせいりするときにみるんだってね。おれはのうがほとんどからっぽだけど、ゆめをみる。これって、からだのどこかがおぼえてたきおくかな。あたまいがいにも、きおくってあるとおもう?」
「さあな……科学というよりは、哲学的な問いだ」

12号は冷たい美貌を戸惑うように苦笑させ、シートに深くもたれた。

「12ごうっておれよりあたまいいから、わかるとおもったんだけどな」
「難しい話だ。いつものお前らしくないぞ、13号」
「おれ、あたまわるいけど。じつはいろいろかんがえてたりするんだ」
「余り物事を深く考え過ぎるな、13号。いつも言っているが、お前の仲間は俺だけだ。改造人間の仲間は同じ改造人間だけ。俺とお前が力を合わせれば倒せない敵はない。俺とお前は二人で一つの鏡映し、無敵の暴力装置だ」
「12ごうはあたまいいね。いってること、はんぶんもわからないよ」
「分からなくたっていいさ、13号。俺の言うことを信じろ。俺以外のヤツが言うことは信じるな。俺はいつでもお前の仲間だ。今までも、これからも」
「直に到着だ。いい加減に口を慎まないか」
「だとよ。今回もしっかり頼むぜ、相棒」

荒れた路面をガタガタと踏み渡り、隣り合う武装要員たちと押し合いながら揺れ動く軽装甲バンが、ゆっくりと動きを止めた。武装要員が立ち上がる。

「現着。実験体の拘束解除許可を要請――実験体の拘束解除許可を確認」
「実験体の拘束解除許可を確認!」
「改造人間実験体、12号および13号、身体拘束解除せよ!」
「実験体12号および13号、身体拘束解除!」
「改造人間実験体、12号および13号、武器弾薬を装着せよ!」
「実験体12号および13号、武器弾薬装着!」

12号と13号、改造人間と呼ばれた二人の拘束衣と、ベンチシートとを繋げる無骨な錠前が開けられ、自由となった二人の上半身にタクティカルベストが着せられて、最後に武装要員たちの手から、二人に銃器が手渡された。

「またひとごろしか。きがめいるな」

13号に手渡された連発銃は、ライフルと呼ぶには余りに小さく、短機関銃と呼ぶには巨大だった。7.62mm×51口径、HK51特殊銃。アサルトライフルのバレルを短縮化、ストックすら外して徹底的に小型化した強力な銃だ。

「深く考え過ぎだ。やるべきことは常にシンプルさ。的に撃ちまくるだけ」
「にんげんはまとじゃないよ、12ごう。みんないきてる。わりきれないよ」
「お前は殺しをやるにはナイーブ過ぎるぜ、13号。お前が割り切れなくとも任務は任務、やるしかないんだ。俺たち改造人間が首輪付きである以上な」

12号は冷たく鋭い刃物のような声で諭し、二挺のMP5K短機関銃にそれぞれ50連発ドラムマガジンを装着。高価なタングステン弾芯の9mm×19徹甲弾を装填した。彼女は強力な小型ライフルではなく、短機関銃を好んで用いる。

「不法滞在の外国人が、立ち退きの警告を無視して居座っている。ヤツらは武装していて、説得に来た役人や警官を容赦なく射殺し、吊るし上げにした血も涙もない悪党どもだ。連中のバックには東アジア人民解放戦線、つまり市民融和党、要するに大陸のヤツらがついてる。情報部の報告では中国製の強化外骨格が持ち込まれた可能性がある。充分注意の上、現場を制圧しろ」

要するに、生身の人間では太刀打ちできない重武装を保持した、武装集団の根城に強襲(カチコミ)をかけて、連中を全滅させろ。ブリーフィングとも言えない雑然極まる説明を聞かされて、12号が美貌の双眸をギラつかせた。

「腐った三国人どもめ、難民も不良外人もまとめて皆殺しにしてやるよ」「むずかしいことはわからないけど、またぜんいんころすの?」

13号は60センチほどのHK51特殊銃を拳銃のように軽々と扱い、マガジンを装填してコッキングレバーを引きながら、うんざりした様子で頭を振った。

「撃つべき者、撃たざるべき者の区別は不可能に近い。最前線で戦っているお前たちが一番分かっているはずだぞ。無力に見える女子供が撃ってきたり自爆したりは日常茶飯事だ。手加減しようと考えたら命取りになりかねん」

武装要員は慎重に言葉を選びつつ、13号に噛んで含めるように説明した。

「情け無用だ、13号。全部あいつらのせいだ。街も、俺たちも、何もかも」
「ほんとうにそうなのかな?」

疑問を口にした13号を、12号が二挺銃を手にして睨んだ。二人を取り囲んだ武装要員たちも、13号を見ていた。不穏な静けさの中で瞳が輝いていた。

「難しいことを考えるな、13号。空っぽの頭で考えても、答えは出ないぞ」
「そうだけど……わかったよ」

13号は何か言いたげに口を開いて頭を振り、溜め息と共に頷いて見せた。

「改造人間実験体、12号および13号。両名は現刻より武装集団に占拠された名南労働福祉センターを強襲、実力行使でこれを制圧せよ! 作戦開始!」
「実験体12号および13号、作戦開始!」

――――――――――

軽装甲バンの最後尾、観音開きのドアが開かれ、川沿いの小路に武装要員が続々と降り立つ。白鳥庭園の外れ、垣根沿いの道に沿って流れる堀川を挟み対岸には、バリケード封鎖された名南労働福祉センター。此岸と彼岸を遮る堀川にかかる御陵橋の中程には、廃材で築かれたバラック小屋じみて即席の検問所が睨みを利かせ、常駐する都市ゲリラが橋を事実上封鎖していた。

御陵橋のみならず、労働福祉センターとその周囲、熱田神宮の目と鼻の先の閑静な住宅街の一角で、周囲の道路の重要な交差点がバリケード封鎖により寸断されていた。最初はデモ活動と甘く見ていた警察も、近づく機動隊への激しい銃撃、説得に当たったセンター職員や斥候の警察特殊部隊員に対する拷問殺害と吊るし上げ、センター南の間近に建つ西宮中学校の女学生数名を誘拐した疑惑と、様々の異常事態を見せつけられ、事態への認識を改めた。

都市ゲリラの制圧下にある名南労働福祉センターと周辺道路、その外側から包囲する中京都警視庁機動隊と、協同する各道府県警察の機動隊。二重円を描く防衛線の内側で、体制と反体制の両武装勢力が銃口を向け合っていた。

「大学の動きに用心しろ。学生の一部がデモ隊のシンパとして、堀川越えの物資搬入を支援しているとの情報がある。突入作戦の騒ぎを過激なヤツらが聞きつけて、妨害に来る可能性も排除し切れん。射殺せんよう留意しろ!」
「がくせいがセンターのなかにいたら、どうするの?」

指示を飛ばす隊長格の武装要員に、突入に備える13号が横合いから問うた。

「13号、お前は深く考える必要はない。センターの中に居る者は全て敵だ」

隊長の前に立つ13号と、少し後ろで手持ち無沙汰にする12号、彼らの周囲で武装要員たちが忙しなく動き、防弾盾を先頭で構える二列横隊の突撃陣形が構築される。バリケードを突破して御陵橋を確保、センターに到達するまで改造人間二名の被弾を最小限に抑え、突入を支援するのが彼らの役目だ。

「配置完了!」
「よし。これより名南労働福祉センター奪還作戦を決行する。行動開始!」

正体不明の集団が降車展開する一部始終を、御陵橋上の検問所からのんびり見物していた都市ゲリラたちが、追い払おうと銃を手にした次の瞬間。

「火力支援用意!」
「火力支援用意ヨシ!」
「目標、御陵橋上の検問所。集中射撃で吹き飛ばせ!」
「40mm榴弾発射!」

防弾盾の横合いから突き出されたHK69擲弾銃が、40mm榴弾を次々と噴いて橋の袂から中央の検問所に投射する。数回の炸裂が廃材を薙ぎ払った。

「突撃! ゴーゴーゴー!」

盾持ちを先頭に、MP5短機関銃を携えた二列横隊の武装要員が、一致団結の足並みで御陵橋を素早く前進する。検問所の残骸に埋もれた生存者、対岸の労働福祉センターや、道路上に潜伏する都市ゲリラたちが、各々の手にする5.56mm口径のAKやM4アサルトライフルを滅茶苦茶に撃ちまくって来た。

「怯むな! 進めーッ!」

防弾盾で正面からの銃撃を防ぎつつ、武装要員たちの構えるMP5も負けじと火を噴き、タングステン弾芯の9mm徹甲弾を堀川越しに撃ち返す。道路上に屯する都市ゲリラとの交戦距離は遠い所で70~80m、近い所では50m以内と短機関銃の有効射程内。光学サイトで補正された弾道の一撃は正確無比!

「火力支援用意!」
「火力支援用意ヨシ!」
「目標、センター入口のバリケード。集中射撃せよ!」
「40mm榴弾発射!」

武装要員はバラックの検問所を瞬く間に制圧し、御陵橋の対岸まで到達して四方八方からの銃撃を盾で弾きつつ、センター入口に築かれたバリケードに40mm榴弾を投射。銃を手に待機する都市ゲリラごと四分五裂せしめる。

「総員、手榴弾用意! 目標、センター入口! 安全ピンを抜け、投擲!」

都市ゲリラはセンターの二階窓から激しく撃ちつつ、突撃部隊が正面切って大勢で飛び出してくる。そこに、一個分隊の手榴弾が転がり込んだ。

爆発、爆発、そして爆発! 破片手榴弾がセンター前の道路に爆風と破片を機関銃のごとく撒き散らして面制圧、都市ゲリラたちを血肉に変える!

「悪いが、我々が突き合えるのはここまでだ。12号、13号、突撃!」
「仕事の時間だ、行くぜ相棒!」
「うん……」

12号と13号が姿勢を低め、御陵橋の階段を駆け下りて労働福祉センターへと一直線に侵攻。橋を占拠する武装要員たちが、周辺に展開する都市ゲリラへ銃撃して、人員の移動を妨害する。人肉と廃材と車両がごちゃ混ぜになったバリケードの残骸を、12号と13号が踏み越えてセンター敷地に歩み入った。

「敵だ! 入ってくるぞー!」

二人の改造人間、その人間を超越する昆虫じみた素早い足が、開け放たれた労働福祉センターの玄関の中へと吸い込まれていく。抵抗する都市ゲリラはセンター職員や居合わせた一般人を肉の盾にして前進し、銃を構えた。

「がいこくじんじゃない! にほんじんばかりじゃないか!」
「だから何だ! センターの中に居るヤツは敵だ! 全員ブチ殺せ!」

先行する12号が二挺銃を構えて哄笑し、立ち塞がる民間人ごと都市ゲリラに銃弾の雨を浴びせた。随行する13号は奥歯を噛んで、特殊銃を両手で構えて押し寄せる人波を慎重に見定め、可能な限り都市ゲリラだけを撃っていく。

銃撃、血みどろ、阿鼻叫喚。二人だけの強襲部隊がセンター内の武装集団を押し返し、ライフルや拳銃を携えたゲリラ、鉄パイプや角材を持つデモ隊を一切の区別なく、片っ端から銃撃して射殺する。肉の盾が意味を成さないと理解した都市ゲリラは狂乱に駆られ、徐々に集団の統制が乱れ始めた。

12号のMP5K短機関銃が、廊下の窓越しにオフィスを掃射すると、ゲリラと一般人との悲鳴がない交ぜになって荒れ狂った。外壁に面する窓から逃亡を試みる者も居た。13号がHK51特殊銃のマガジンを交換、再装填する。彼が意図的に撃ち漏らした一部の民間人が、センター入口へと駆けて行った。

「おっと、逃がさないぜ!」

12号の片手の短機関銃が、廊下を逃げ惑う人々の背中から銃撃! 断末魔を上げて人々が倒れ、廊下に血溜まりが広がる。立て続けに飛び出すゲリラをセミオート射撃で撃ち抜く13号の肩を、12号が不服そうな顔で小突いた。

「おい、手緩いぞ! センターの全員を射殺しろと命令されたはずだ!」
「そんなこといわれても!」
「まあ撃ち漏らしは外の連中が何とかするだろ……二階を制圧するぞ!」
「わかった!」

階段に向かう二人の頭上から、手摺越しにゲリラたちが死に物狂いで銃弾を撃ち返してくる。12号が手榴弾のポーチを示し、13号の肩を叩いた。

「制圧射撃で頭を下げさせるから、その隙にグレネードを投げ込め!」
「やってみる!」
「爆発したら突撃するぞ、覚悟を決めろ!」
「だいじょうぶ!」

12号が頷くと、壁から僅かに身を乗り出して状況を確認。再びゲリラたちがM4やAKで滅茶苦茶に撃って来る。彼女は壁際からMP5Kを突き出し、二階の手摺を縫うように横薙ぎのフルオート射撃を行うと、13号の肩を叩いた。

「今だ、手榴弾!」

手榴弾を逆手に握った13号が、安全ピンを抜いて階上へと投擲する。悲鳴が波打つように沸き上がり、そして爆発。12号が二挺銃のマガジンを交換して13号を一瞥し、頷いて駆け出した。二人は健脚で階段を駆け、ゲリラたちに対応する暇を与えず、二階を目指して駆け上がる。階段状に点在する死体をジグザグに躱し、踊り場を踏み越え、制圧射撃と共に階段を上る、上る。

折り畳み机や椅子を寄せ集めた即席のバリケードが、9mm弾と7.62mm弾の連射で紙細工のように撃ち抜かれ、その奥に潜む都市ゲリラやデモ隊たちに風穴を開けて地に転がす。12号と13号、二人が同時に蹴りを放ち、行く手を遮るバリケードを跳ね飛ばした。廊下に溢れる生き残りに銃弾が放たれる。

「おい、13号! 頭に撃たれてるぞ! 大丈夫か、お前!」

二挺銃にバナナマガジンを装填する12号が、13号の額に弧を描いて刻まれた擦過痕を見咎め、彼を肩で小突いた。13号は特殊銃を油断なく構え、廊下に飛び出したゲリラ数名を精密なセミオート銃撃で射殺、それから振り返って階段を上ろうとするゲリラを撃ち下ろして射殺し、12号へと鷹揚に頷いた。

「へいき。おれのあたま、からっぽだもん。つぶれたらまたなおせばいい」
「キ……13号……」
「いこう、12ごう。こんなしごと、はやくおわらせよう」

13号の片手が、何か言いかけた12号の肩を叩くと、12号は煤けた頬にかかるセミロングの髪を振るい、双眸を鋭く窄めて銃を構え直し、彼に頷いた。

二人の改造人間は、廊下の窓からオフィス内に銃撃を浴びせ、後に突入してゲリラやデモ隊たちを次々と血祭りに上げる。12号は敵も民間人も区別なく撃ちまくったが、13号は非武装のセンター職員や老人、セーラー服の学生を視認するとわざと撃ち漏らし、頭を下げるようにこっそりと片手で示した。

「お前は敵に情けをかけ過ぎる、13号。俺にバレてないとでも思ったか?」
「う……ごめん……」
「まあいい、時間が無い。ともかく撃ってこない奴は後回しだ。行くぞ」

夥しい被弾でボロボロになった拘束衣で身を寄せ合い、12号と13号は前後に銃口を向けて敵襲を警戒しつつ、二階の最奥のオフィスへと歩みを進めた。

「来るなーッ!」

引き戸を、窓を突き破り、室内からのけたたましい銃撃。壁際で腰を沈めてやり過ごした二人が、窓越しに撃ち返して掃蕩。12号が割れ窓から手榴弾を投げ込み、発破と同時に突入しようと構えていた時。引き戸の隙間から中を覗き見た13号が目を見開いた。絶望したゲリラが手にしたリモコンに。

「こうなったら、お前たちみんな巻き添えだーッ!」
「じばくするきか!? まずい!」

呟きと同時に、13号は身を翻していた。片手でHK51を撃ちつつ、隣に立つ12号を庇って片手で突き飛ばす。手榴弾が爆ぜ、建物全体が爆轟に震えた。

「何のつもりだ、13号!」

改造人間の凄まじい腕力が、小柄な12号を軽々吹き飛ばした。13号が身体を丸めて銃を抱え、廊下を転げる。続け様の爆発が鉄筋コンクリートを裂く。

都市ゲリラの拠点が。労働福祉センターが。崩れる。都市ゲリラもデモ隊も逃げ遅れた人々も、12号も13号も、この場に居る全ての人間を巻き込んで。

「キヨミーッ!」

銃を放り出し手を伸ばす12号の叫びは、石塊の落ちる轟音にかき消された。

天高く舞い上がる土埃と、残された者を包む暗闇とが、全てを覆い隠した。

改造人間実験体12号および13号による、名南労働福祉センターの奪回作戦は都市ゲリラの自爆により、失敗という形で幕を閉じた。警察は一連の事態を武装集団の内部分裂からの凶行と結論付け、ゲリラの悪行を市井に訴えた。

改造人間を派遣した謎の武装集団が、公的記録に姿を現すことはなかった。

――――――――――

夜の闇に紛れ、大きな影が背中を丸めて、堀川の川辺を途方に暮れて歩く。

「12ごう……みんな……おれ、どうすればいいんだろう……」

幾つかの公園を通り過ぎ、堀川と新堀川がY字に交わる七里の渡しが間近に近づく。彼の通った公園にはなべてテントが乱れ立ち、戦乱で焼け出されたホームレスたちが今もなお、住居を得る当てもなく地の上で暮らしていた。

改造人間実験体13号は、HK51特殊銃を拘束衣に隠し、人目を避けるように建物や木陰に隠れて歩みを進めた。理由は分からないが、そうするべきだと彼は思った。薄汚れた川面の遠方から、病んだ潮風が微かに香る。この先はかつての名古屋港こと中京港に突き当たる。その先にあるのは伊勢湾だ。

七里の渡しを睥睨する熱田湊常夜灯が、今宵の行脚の終着点だった。夥しい先客で犇めき合う夜の公園を、13号は足音を殺して通過し、国道247号線の立体交差点に歩み出た。ガード下もまた、市場めいたテント群に占拠されて新参者の13号に居場所など無かった。疲れ果てた彼は、立体交差点から再び公園へと歩み戻り、行く当てもなくテント群を彷徨った挙句、ホームレスが寄り付かない波打ち際の、雨に濡れた階段に腰を下ろし、目を閉じた。

――――――――――

七里の渡しが朝焼けに染まる。13号は俄かに沸き立つ喧騒で目を覚ました。

脳のプログラムが彼に空腹を伝える。彼は脳の大部分と体の表層が機械だが内臓や脳の一部、神経系の大部分が生身なので、人間同様に食事を要する。

公園のテント群を過ぎ、道端に歩み出る。周囲には無数のバンが数珠繋ぎで停められ、今日の糧を求める日雇い労働者を、手配師が呼び止めていた。

「そこの兄ちゃん! 仕事はどうだい!」

威勢の良い女声が13号を呼ばわった。


【狩猟公式の果実 ~改男児ジュウゾウ~  序章 終わり】

From: slaughtercult
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