泣き虫ジョッシュと惨劇の館/4
【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/04: SURVIVORS】
《ある女性の回想・モノローグ》
その時の光景は、目を閉じればいつだって、現実の事のように思い出せる。
7歳だった私は、いつもと同じスーパーマーケットを歩いていた。
母さんはショッピングカートを押して、私は妹の手を引いて、歩いていた。
妹は、アイスが食べたいって愚図って、しまいには大暴れして泣き出した。
私はお姉さんらしく妹を叱ったら、妹は走ってどこかに行っちゃった。
そう、丁度その時だった……店中に、ズドンって大きな音が響いたのは。
頭のおかしな男が、店のあちこちで銃を乱射して……いっぱい人が死んだ。
何年も後に知ったけど、犯人の男は退役軍人で、終身刑になったらしい。
刑務所で何年服役したって、死んだ人間は二度と戻らない……私の妹も!
あの時ちゃんと、妹を掴まえていれば。人殺しが憎い! 殺したいほどに!
ジョッシュの側頭部に食い込む、水平二連式ショットガンの銃口。
右手に握ったジッポーの灯火が、小刻みに震えながら頭上に掲げられる。
ジョッシュが左手で抜いたデリンジャー拳銃を、何者かの手が引っ手繰る!
CLICK! CLICK! 両引きのトリガーが、殆ど同時に撃針を放つ!
舌打ちと共に、突きつけられるデリンジャー拳銃!
CLICK! CLICK! ジョッシュの頭を目掛け、殺意のこもった空撃ち!
ジョッシュの背筋に戦慄走る! 唐突に向けられた、謂われなき殺意!
「クソッ! クソックソックソッ! 使えない奴ッ!」
女の声が激しく毒づき、デリンジャー拳銃を苛立たしげに投げ打つ!
「だから言ったじゃないか……銃は弾切れだ、ってさ」
ジョッシュは安堵し、鋼鉄のジッポーで声の方向を照らした!
「……うるさい、動くな! こっちを見るな! ああッ……畜生ッ!」
オイルライターの灯りが照らすは――またしても、女!
胡乱な三白眼! ウェーブがかった赤毛で、勝気なそばかす顔!
女の右手が灯りを拒むように、彼女自身の顔を覆い隠す!
「私を見たな、クソ野郎! こうなったら……ぶっ殺してやるッ!」
女の左手が懐に伸び、上着のポケットから何かを取り出した!
リボルバーだ! ニッケル鍍金が銀色に輝く、短銃身の6連発銃!
灯火の向こうで、冷たい大口径の銃口がジョッシュを睨む!
カチリ。女の指が閃き、シリンダーが回転! シリンダーには実弾!
「おい、おい、おい嘘だろ……マジかよッ!?」
隠し玉にジョッシュ狼狽! 慌てふためき、脊髄反射でジッポー消火!
――パチッ。病室が暗闇に呑まれ、ジョッシュは半ベソで駆け出す!
BLAM! 黒色火薬の硝煙が噴き出し、火花と共に弾頭が飛び出す!
「ウワ―――――ッ!? 何で撃つんだ! 人殺し!」
ジョッシュ絶叫! 逃げ惑う靴先が、デリンジャー拳銃を蹴り飛ばす!
「黙れ! 人殺しは手前だ! ぶっ殺してやる、この近親相姦野郎!」
BLAM! BLAM! 視界ゼロの暗黒空間で、殺意剥き出しの盲撃ち!
ジョッシュは壁に激突して転倒! デリンジャー拳銃の上に倒れる!
彼は痛みに呻きながら身を伏せ、弾が当たらないことを必死に願った!
「クソッよく見えないッ! 居るなら出てこい卑怯者! くたばれ!」
BLAM! 迸る発砲炎! 鉛弾頭が壁で跳ね返り、ベッドに突き刺さる!
「ウゥ――ッ! 次から次に何だよ、どうして僕がこんな目に!」
ジョッシュはデリンジャー拳銃を手繰り寄せ、震えながら握りしめる。
最悪! ようやく出会った第一生存者は、明らかに気が触れている!
「ハァ――ッ、ハァ――ッ……クソ野郎、どこに消えやがった!?」
銃声が止んだ。ジョッシュは身を起こし、縋るように壁際を手探る。
穴が……壁の穴が無い! 部屋の反対側まで来てしまったのだ!
「GROWWWWW……GROWWWWW……」
ガタッ、ガタガタッ……ドンドン、ドンドンドン!
騒ぎを聞きつけた怪物たちが、病室の入り口に殺到して扉を叩く!
(何てこった……反対側まで行かなきゃいけないのか!?)
もはや待ったなし! 生き延びるためには、危険を冒して進むしかない!
ジョッシュは片手で涙を拭うと、埃塗れの床を匍匐前進する!
(頼む……じっとしてろよ。僕を見つけないでくれ、頼む……ッ!)
水平二連ショットガンが身体に触れるが、悠長に拾っている暇はない!
ガシャリ! ショットガンが転げて、盛大な金属音を立てた!
「クソッ、そこだな! 隠れても無駄だ、ぶっ殺してやるッ!」
ジョッシュは立ち上がり、状況判断で駆け出そうと試みた!
(勇気を出せよジョッシュ! こんな所でくたばってたまるか!)
遁走! 足を踏み出し1歩、2歩、3歩——そして正面衝突!
「痛ッ、何するッ――ひゃあああああッ!?」
「ウワ―――――ッ!?」
BLAM! 天井に喰い込む銃弾! 二人はもつれ、絡まりながら転倒!
ジョッシュは勢い前のめり、赤毛の女に抱きつき、強かに押し倒す!
「ヤメロ――ッ! うがッ!? がぁッ、あ゛ぁッ……」
女は後頭部を床に打ちつけ、激痛に呻く! 手からリボルバーが離れた!
ジョッシュは眼前で閃く銀色の物体を、掴み取るなり飛び起きた!
「痛ッ……この、このクソ野郎! あれッ……銃が無い、銃が無いッ!?」
赤毛の女は床を手探り、青褪めるとヒステリックに喚き立てた!
ジョッシュ、遮二無二走る! またしても壁に激突し、転倒!
ビリビリッ! 鉄筋に上着が引っ掛かり、盛大に引き裂かれる!
「ヤダ――ッ! 返せ、返せ――ッ! 銃、私の銃なんだ――ッ!」
背後からは、哀願めいた女の絶叫! ジョッシュは歯を食いしばって無視!
壁を手探ると、尖ったコンクリートで指が切れる! 隣室と繋がる穴だ!
叫びは次第に、啜り泣きに変わる! ジョッシュは穴に身を投じた!
床板に頭から突っ伏し、ジョッシュは顎を強打! 意識が飛びかける!
「ウワ――ッ! 死にたくない――ッ! 銃を返してよ――ッ!」
穴の向こうから聞こえる、涙交じりの凄惨な叫び声!
「ウゥッ……ゆ、許してくれ! 先に撃ったのは、君なんだからな!」
ジョッシュは歯を噛み鳴らし、自分に言い聞かせるように呟く。
既に5発も無駄撃ちされた、銀色のリボルバーを握り締めて。
リボルバー……マーウィン・ハルバート ”ポケット・アーミー” 第三世代。
口径:.44-40 WCF/装弾数:6発/シングルアクション式・ゲート装填。
シリンダー軸で銃身を90°回すことで、銃身ごとシリンダーが脱着可能。
――カキン、シュボッ。ジョッシュはライターを点火し、前進!
泣き叫ぶ声を意識から締め出し、自分が生き残ることのみを考える!
この時彼は自覚していなかったが、彼に眠る本能が目覚めかけていたのだ!
それは彼のDNAに刻み込まれた、生命の危機に抗う、いわば戦士の本能!
戦士の血族に生まれ、戦士として生きることを宿命づけられた、血の因縁!
彼が忌み嫌い、心の奥に封印していた本能が目覚め、彼に道標を示す!
ジョッシュは膝を震わせながら、リボルバーを片手に扉を開く!
「GROWWWWW……GROWWWWW……」
ドンドンドンッ! ドンドンドンッ! ドガンッ、ドガンッ、ドガンッ!
暗闇の向こうで今まさに、『怪物』たちが隣室をこじ開けようとしている!
ジョッシュは怪物たちに銃口を向けつつ、慎重に背後を確認した。
ドンッ……音が止まった。暗闇の廊下を、不穏な静寂が支配した。
――ジョッシュに向けられる視線。それも1体や2体ではない。
「GROWWWWW……」
ジッポーの灯火が閃き――パチンッ、蓋が閉ざされた。が……無駄ッ!
「GROWWWWW……GROWWWWW……」
緩慢な動きで迫りくる怪物たち! 銃を強奪し、一人で逃げた罰か!
「ウワ―――――ッ! こっちに来るな――ッ! 何でこうなるんだよ!」
それからジョッシュは、どこをどう逃げたかさえも覚えていなかった。
ともかく、廃病院のどこかのロッカーに隠れ忍び、震えて涙を流していた。
「ウ……ウゥッ。何でだ……何なんだ、どうして上手くいかないんだ……」
赤毛の女は無事だったろうか。ショットガンは女の手中にあることだろう。
空の銃と引き換えに手に入れたのは、1発だけ弾の装填された銃。
ブラックベリーを確認する。電波はやはり圏外。時刻は0時の少し前。
「僕はとんだ大馬鹿だ……どうして、車内で助けを待たなかったんだ?」
この地区一体が、強力な電波封鎖環境下にあることを、彼はまだ知らない。
監視カメラとジャミング装置に守られ、強固に閉ざされた廃病院。
恐るべき陰謀の一端に、彼は人知れず足を踏み入れていたのだ。
「母さん……父さん……僕もう、ダメかもしれないよ……」
ジョッシュは絶望し、リボルバーの撃鉄を震える指でコックする。
「ウ……ウッ、ウウッ……か、怪物や、気違いに殺されるより、マシさ……」
3.25インチ銃身が彼の喉元に喰い込み、引き金が……弾かれる!
勇気の使い道を間違っている! しかし、錯乱した決意は揺るぎ無し!
CLICK! しかして、最後の一発は……放たれない!
「……ン? 待てよ……不発かな? こんな時に!」
カチリ――CLICK! カチリ――CLICK! カチリ――CLICK!
無駄、無駄……無駄ッ! 何度撃っても空撃ち! 弾が出る気配は皆無!
ジョッシュの脳裏に蘇ったのは、幼き日に祖父から聞いた講釈!
「そうか……昔の銃は、暴発を防ぐために5発しか装填しないんだ!」
あなや! 遠い昔、銃に弾を込めた何者かが、彼の命を救った!
「って納得してる場合か! なんてこった……自殺もできないなんて!」
それは同時に、自害よりも惨たらしい死の可能性をも、彼に強いた!
ジョッシュは我に返ると、不意に馬鹿馬鹿しさが沸き上がってきた。
「こうなりゃヤケだ。来るなら来い……せめて一発、ぶん殴ってやる!」
彼はリボルバーの銃身を握り、弾切れの銃を棍棒めいて構えた。
バーズヘッド・グリップの底に突き出す、鉤爪めいた禍々しい突起物!
通称”スカル・クラッシャー”、銃を鈍器としても使った時代の遺物だ。
ジョッシュは覚悟を決め、錆びついたロッカーの戸を押し開ける!
無人のロッカールーム。ジョッシュは周囲に、油断なく視線を巡らした。
暗闇に目が慣れ、何となしに物が見えるようになってきた。
ライターの灯りを多用するのは厳禁だ。怪物も人も呼び寄せてしまう。
彼は息を殺し、銃を逆さに握りしめ、猫めいて足音を殺した。
……何か聞こえる。断続的で微かな、風の流れるような音。
「壁が破れてるのか? 外に出られるかも……ここ、何階かな……?」
コの字型、蛸壺めいて奥に伸びる、ロッカールームの最奥。
そこにあったものは……ベンチに寝そべり、眠りこける大男。
錯覚! 彼の発する大きないびきを、風の音と勘違いしていたのだ!
(せ、生存者……狂ってない? こいつは、とんだ大博打だぞ……)
ジョッシュが慎重に歩み寄ると、アルコールの臭いが鼻を衝いた。
ブラックベリーを取り出すと、一瞬だけ大男をライトで照らす。
日に焼けた褐色肌。角ばった顔立ち。黒とも褐色ともつかない髪色。
身にまとった群青色のスーツが張り詰めた、頑強な体躯。
悠長に惰眠を貪るのは、ネイティブ・アメリカンの大男だった。
「や、やぁ……誰かさん。眠ってるのかな?」
リボルバーを両手に握り、至近距離まで歩み寄るジョッシュ。
不意に男が目を開き、動いた! 巨体は呆気に取られるほど素早い!
八角形の銃口が顎を捉える! ウィンチェスターの切り詰め銃だ!
「銃を捨てろ」
カチリ。大男は酒臭い息と共に、切り詰め銃の撃鉄を引き起こした。
ジョッシュは冷や汗と共に頷き、リボルバーを大人しく放った。
「ああ、それでいい……畜生、酒が足りねぇな……ゲッホ、ゲッホ!」
大男が咳き込む! ジョッシュは咄嗟に、懐のデリンジャーを手探った!
カチリ。弾切れのデリンジャー拳銃が銃口を向け、撃鉄を上げる!
「舐めてんのか? 暗闇で見たって小せえ。そんなんじゃ人も殺せねぇぞ」
「そんなもん……撃たれてみるまでは、分からないぞッ……!」
CLICK! CLICK! 同時に落ちる、2つの撃鉄——どちらも空撃ち!
大男はヒックと喉をしゃくらせ、大きな上背を起こした。
「チッ……少しビビっちまった。弱そうな声だから舐めてたが、やるな」
「座れよ、隣人(ネイバーズ)。大きな声は出すな、奴らが寄ってくる」
意外に冷静な声で男は言うと、懐から革巻きのフラスコを取り出した。
男の横に、ジョッシュが恐る恐る腰かける。男はフラスコの栓を捻った。
「あぁそうだ、全部飲んじまったんだったなぁ。クソッ」
男は残った一滴を下に垂らすと、苛立たし気にフラスコを放り捨てる。
「なぁ、タバコ持ってねぇか? って……吸うようなヤツじゃねぇか」
――カキン、シュボッ。ジョッシュは鋼鉄のジッポーを閃かせた。
懐からスモーキンジョーの紫箱を取り出し、男に差し出す。
「インディアンのタバコか……やれやれ、全く何の因果かねェ」
「アメリカン・スピリットの方が良かったかな?」
「悪くない。タスカローラ族はイロコイ連邦、俺と同じ故郷(くに)だ」
男とジョッシュは紙巻きを咥え、ジッポーの灯火で火を点した。
暗闇に立ち上る、二筋の紫煙。
「僕はジョッシュ。ジョシュア・ゴールドマン。ネイティブの旦那は?」
「インディアンと呼べ。偽善的な呼び名は好かん」
「心情は複雑なんだね。僕はユダヤ人だ、呼び名は気にしたことないけど」
「……俺はマクシミリアン・マウント・プレザント。マックスで結構」
大男は咳ばらいの後、大きな手でジョッシュに握手を求めた。
「インディアンに、ユダヤ人か……全く、しけた組み合わせだな」
マックスは切り詰め銃のレバーを動かし、空撃ちして肩を竦めた。
「気の触れた、赤毛の女の子もいたけどね。旦那の友達?」
「ふざけるな。銃で会話するような女を、友達にする趣味はねえよ」
苦笑するジョッシュ。リボルバーの銃身を右に振り出し、引き開けた。
カチン、チャキッ――カラコロカラコロッ。空薬莢が5つ、床に転がる。
「男が2人、銃が3挺……そして、弾薬は0発。凹むねぇ」
「旦那は強そうだから、素手でもあれを殴り殺せるかも」
「人間には程度ってもんがあるんだよ。思い上がりは死を招くぜ」
「インディアンの格言だね。旦那たちは狩猟民族だったの?」
「さぁな。昔はそうだったはずなんだが……今じゃ、飲んだくれだらけさ」
マックスはすっかり正気を取り戻した声で、おもむろに立ち上がった。
マックスは切り詰め銃を肩に預け、気怠そうに欠伸をこぼした。
「まぁ、こうして座ってても何も変わらんだろう。動いてみるか」
ロッカールームを押し開き、マックスが大股で歩み出た。
後ろから、リボルバーを逆さに握ったジョッシュが、恐る恐る歩み出る。
「おいジョッシュ。ビビっても始まらねぇ。警戒だけは怠るな」
「わ、分かってるよ……分かってるけどさ!」
「そうだ、聞いていいかな。旦那は、どうしてここに来たんだい?」
「まぁ、ちょっとした”取材”だよ。俺ァこう見えても記者の端くれでね」
「成る程、特ダネ探しに廃墟探検……それで、ミイラ取りがミイラに」
「言ってくれるな。そういうお前さんはどうなんだ、ジョッシュ」
「僕は……ヒッチハイカーを拾って、車でハイウェイから落っこちたんだ」
「ハハッ、災難だったな。こんな所、足を踏み入れるべきじゃなかったぜ」
二人は廊下を歩きながら、ささやくような声で言葉を交わし合う。
不意に前方を歩くマックスが片手を挙げ、ジョッシュの歩みを止めた。
「見ろ、ジョッシュ……監視カメラだ。気づいたか? あちこちにある」
マックスが銃で示した先、天井の片隅で、レンズが冷たい光を放っていた。
「嘘ッ!? 化け物の目ん球だと思ってた。監視って……一体誰が?」
「ここはヤバいぜ。得体の知れねえ……秘密施設の臭いがプンプンする」
【"CRYBABY JOSH" in the slaughter house】
【CHAPTER/04: SURVIVORS】
【TO BE CONTINUED…】
※おことわり※
この物語はフィクションであり、実在する地名、人名、商品名及び出来事、その他の一切は、実際のものとは関係がありません。
From: slaughtercult
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