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カミ様少女を殺陣祀れ!/23話

【目次】【1話】 / 前回⇒【22話】

塩尽修學館高校、2年2組の教室に入り、教卓に面する最前列を通り過ぎるとクラスメートたちが僕を見て、ひそひそ話をするのが聞こえてきた。
僕は何となく居心地の悪さを感じ、鞄を抱え直して窓際の自分の席に急ぐ。
右隣りの席に座って、本を読むショートカットの女子生徒が顔を上げた。
「おはよう、ジンジくん」
「おはよう、トドロキさん」
彼女は等々力三月(トドロキ・ヤヨイ)。ボクサー志望で、毎朝晩に10kmの走り込みを欠かさないという。細いけど華奢じゃなく、体つきは筋肉質だ。鋭い目つきに意志の強さが現れていて、喧嘩したら一瞬で負けると思う。
「病気、良くなったの」
「多分ね」
トドロキさんはそれきり視線を外して、具志堅用高の自伝を読み進めた。
僕は自分の席に座ると、何だかまだ狐に摘ままれた気分で深く背伸びした。

――――――――――

改めて授業を受けると、ぼんやりとした違和感が急に現実感を伴ってきた。
ノートに書いた覚えの無い文字。筆跡から見て、僕が書いたのは間違いないはずなのだけれど。先生の話、教科書の進行ペース、どれもちぐはぐだ。
黒板に並ぶアルファベットは、エジプトの楔形文字のよう。僕は英語の話はサッパリだ。中学2年の時に塩尽のハロウィン祭りで、刺青だらけのゴツイ白人男2人組に英語で話しかけられ、何も言えずに逃げたことを思い出す。
彼らは今どこで何をしているのだろうなどと考えていたら、学習机の足元にコロリと何かが転がってきた……消しゴムだ。手を伸ばして拾い上げる。
トドロキさんに差し出したら、彼女は首を振って僕の後ろを指差した。僕が振り返ると、小動物みたいな男子生徒・尺地匠司(シャクチ・ショウジ)がこの世の終わりみたいな顔で僕を見ていた。別に取って食いやしないけど。
「はい、これ」
僕が消しゴムを渡すと、シャクチくんはもごもご呟いて素早く奪い去った。


暗号を解読するような授業が終わり、僕はげんなりして席を立った。先生に名指しされ英文を朗読すれば、余りの発音の下手さに失笑が沸く。やっぱり英語は苦手だと思いつつ、何気なしに視線を感じて背後を振り返った。
後ろの席のタケイくんが腕組みして僕をじっと睨んでいた。振り返った僕と視線が合うと、タケイくんは不機嫌そうに視線を逸らして頬杖を突いた。
「みんな酷いね。別に笑うことないのに」
トドロキさんがスマホを取り出し、僕をチラと横目に見て呟く。
「まあ、下手なのは事実だから。僕は英語を使う仕事とか無理だろうなァ」
「ふうん。ジンジくんって、何になりたいの?」
「えっ、そんな急に聞かれても……良く分かんないや」
「私たち、もう直ぐ3年生だよ。夢とか、無いの? 将来とか進路とか……」
「夢とか将来を追うより、僕は今の生活を続けるので精一杯だよ」
急に脇腹を刺されたような衝撃。僕は問いから逃げるように教室を出た。


2階の共同トイレ。手洗い場の前で頭髪を整え、誰とやるとかやらないとかふざけ話を交わす不良たちを横目に、小便器に立ってジッパーを下ろした。
トドロキさんの問いを頭で反芻し、迷いを小水と一緒に便器へ流す。左隣に圧を感じた。タケイくんだ。相変わらず不機嫌な様子で隣の便器に立った。
「お前、昼休みにちょっと面貸せ。いいな」
何それ怖い。果し合いの約束か何かかな? 体育館裏でタイマンの決闘?
「う、うん……わかったよ」
タケイくんは僕よりも早く用を足し終えると、溜め息をついて歩き去った。


席に戻ると、トドロキさんの席の周りに女子が数人集まり、不穏な空気だ。
席に座ったトドロキさんと、隣に立つのはカマさん。二人は幼馴染だとかで仲が良い。向かい合う数人の女子は、確かテニス部のグループだったかな。
話の輪の中心は、すらりとした女子・武捨彩花(ムシャ・サヤカ)。いつも女子グループの中心で馬鹿を言っているような子だ。何人か取り巻きたちも周りに引き連れて、トドロキさん・カマさんと険悪に話し込んでいる。
「カマさんさ、タケイくんに付きまとうの止めてくんない? 迷惑でしょ」
「付きまとってなんかないよ。ムシャさん、その言い方は酷くない?」
「つーかムシャさん、トモのこと好きでしょ。ハッキリそう言ったら?」
「うっぜぇな、オメーには言ってねぇよ。ゴリラは黙ってろ!」
「ハァンもっぺん言ってみろ、ゴリラのパンチ、顔面に食らわしてやんぞ」
僕は平静を装って自分の席に歩み寄る。僕の椅子に座っていたムシャさんが立ち上がり、僕を見てせせら笑うと、取り巻きたちを引き連れ席に戻った。

――――――――――

4時限目は道徳の授業。担任の太った中年男・丸山教諭が、プリントを席の最前列に配って回る。プリントには『同和問題で考える差別と人権』という見出しが極太文字で踊っていた。県内で過去に発生した、ご近所トラブルが差別発言と暴力にエスカレートし、警察沙汰になった事件が記されていた。
僕は自分のプリントを一枚取り分けると、振り返ってシャクチくんに紙束を差し出した。シャクチくんはプリントを見た瞬間に目を見開き、僕をチラと見て後ろの席にプリントを渡すと、強張った表情で震えて顔を俯かせた。


10年ほど前の話だ。Aさんの家の向かいに引っ越してきたBさんは、近所の住民に暴言を吐くトラブルメーカーだった。引っ越して1年後にはAさんへも嫌がらせが始まり、数年後には大っぴらに部落差別発言をするようになる。

Bさんの差別発言は執拗で、通行人に対して「あの家は(差別用語)だ」と叫んだり、自分の孫(当時小学生)にも差別発言をさせるなど悪質を極め、Aさんは警察・法務局・市役所等に相談したが、事態は放置され続けた。
その後、『私(Aさん)は部落出身者です』と「告白」する怪文書が地域にばら撒かれたが、市の対応はAさんに文書の回収を指示するだけだった。

事件から1年後、Aさんは解放同盟に相談して助言を受け、地方裁判所によりBさんへ『差別発言禁止の仮処分申し立て』が下るが、Bさんは黙ったままでAさんにつきまとうなど差別行動を改めず、裁判所の仮処分から2か月後にはBさんの差別発言を録画しようとしたAさんを、Bさんが足で蹴った上、腕を掴んで引き倒すなどの暴行を加え、逮捕されるという刑事事件に発展した。


胸糞悪い話だ。実話だというのだからタチが悪い。丸山先生の朗読を聞いて僕が居たたまれない気分でいると、背後で啜り笑いが起こった。それも一人じゃない。馬鹿にするような癇に障るせせら笑いが、そこここから響いた。
笑い事じゃないだろう、と僕が頭にきて振り返ろうとすると――
「オーイ、小林ィ! なんだァその4本指はァ!?」
男子生徒の素っ頓狂な大声。スポーツ万能で成績優秀で、いつも声がデカイ2年2組の仕切り役、眼鏡の学級委員長、祢津龍太(ネツ・リョウタ)だ。
「4本指は『ヨツ』と言って部落民を差別するヂェスチャーなんだぞォ! せんせぇーい! 小林が尺地に4つ指を差してサ・ベ・ツしていまーす!」
僕はネツくんの言い方に、何かもやもやするものを感じた。そんなに大声で呼ばわることは、プリントで紹介されたBさんの行動と一緒じゃないか?
先生が慌てふためく中、更に信じがたいことにクラスの方々から啜り笑いが挙がった。僕は訳が分からず、頭が真っ白になって言葉を失った。


魔女裁判みたいに不穏な空気を、机と椅子がかち合う金属音が切り裂いた。
僕の真後ろに座る、シャクチくんじゃない。そのもっとずっと後ろだ。
「うるせんだよ手前らァ! クソミソ笑いやがって、それでも人間か!?」
「……トモ」
僕の隣で、真顔のトドロキさんが肩越しに振り返って、一言呟いた。
「十代、二十代も家系を遡りゃあよ、俺たちゃみんなドン百姓の身分が精々だろうが!? チョーリが何だ、ドン百姓がそんなに偉いか、クソが!」
「タケイくん! 土百姓とか長吏とか、そういう差別用語を使っては――」
「俺より先に言うべき野郎がいるんじゃねえのか、先生! 寄ってたかって弱い者苛めしやがって、胸糞悪ィ! こんな授業やってられっか!」
怒鳴り声が教室を揺るがし、タケイくんは荒っぽく教室を出て行った。
一拍間を置いて、シャクチくんも席を立つと、俯いたまま教室を出て行く。
教室の興奮は一気に醒め、僕は居心地悪さを感じたまま昼休みを待った。

――――――――――

4時限目のチャイムが鳴っても、二人は戻ってこなかった。後席から戻ったプリントを束にして先生に返すと、僕は机に上身を預けて沈思した。
僕の遠い先祖は山の民、狩猟採集民族の野蛮人・タキ一族。ヤマト民族との同化を拒み、戦に敗れて散逸した『まつろわぬ民』だ。差別に喘ぐ部落民とどれほどの違いがあるだろう。僕にはどうしても他人事に思えないのだ。
伝承は伝承だ。僕が真実にタキの血を引く者だという保証はない。それでも平家の落人然り、民族とは、人とは”そういったもの”では無いのだろうか。
タケイくんの言葉じゃないが、十代、二十代と家系を遡って、僕らの血筋にまつろわぬ者が含まれないなんてことを、一体誰が保証できるんだ?
「どうしてみんな他人事なんだ……」
「仕方ないよ。他人事だからね、実際」
「僕には他人事じゃないよ。僕の……うちの一族の先祖は土蜘蛛だからね」
僕の隣で冷淡に答えたトドロキさんが、僕の言葉を訝って横目に見た。


昼休みの習慣でそのまま眠りかけ、僕はタケイくんの話を思い出した。
「そうだ、タケイくんが呼んでたんだった。行かなきゃ」
「……トモが?」
「うん」
「もしかして、朝のこと?」
鋭いな。立ち上がった僕は、トドロキさんの言葉を聞いて固まった。
「そ、その話を一体どこで……」
「ユイカから聞いたよ。まあ、クラスでも他に見た子が噂してたけどね」
僕は思わず顔に血が上り、トドロキさんから目を逸らして歩き出す。
「トモさぁ。ガラ悪いけど、根は悪いヤツじゃないから。よろしくね」
「根が悪い人じゃなかったら、不良って言われないんじゃあないかな……」
僕の返答にトドロキさんが微笑むと、2組の引き戸が慌ただしく開かれた。
「いたわねノゾム! よっ、本日のMVP! そんなことより大事件よ!」


日本人形みたいなパッツン髪、三白眼がギラリと光る女子……キリコだ。
「あいつ、ジンジくんの彼女?」
トドロキさんが溜め息と一緒に吐いた低い声に、僕は思わず振り向く。
「違うよ!? キリちゃんは小学からの幼馴染で……」
「キリちゃん言うな!」
顔面に突き出されるキリコの拳。僕は反射的に、顔に手を翳して庇った。
僕の人差し指にキリコの拳が触れ、メキ、と音が鳴って動きが止まる。
「あひィ」
「じ、ジンジくん……な、あんた今、手、速過ぎ……」
「ンどーうしたんですかぁ! 大丈夫ですかァフルハタさァん!」
トドロキさんが驚いた声に耳を傾ける間もなく、新手が現れた。
強烈な天然パーマの髪に整髪料をてらてら光らせた、気取り屋な男子生徒。征矢野鷹丸(ソヤノ・タカマル)。1組の報道部員で、キリコの相棒だ。


マズい、このままでは身動きが取れなくなる。痛みに悶えるキリコを前に、僕は状況判断して後ろを振り返り、教室の後部ドアへと走った。
「は、話はまだ終わってないのよノゾム! タカマル! 捕まえろ!」
「はいはーい、喜んでェ! ハッハッハッハァ、ン待てェーい!」
三十六計逃げるに如かず、待てと言われて待つヤツがどこにいるか!
僕は唖然とするクラスメートの間を縫い、教室を飛び出して廊下を駆けた。
あんな犬みたいな変態に掴まってたまるか、逃げろ! 階段を一段飛ばしで飛び降り、途中で踏み外して体勢を崩しかけ、七段滑り落ちて着地!
「危ねぇッ!? 我ながらナイスバランス感覚!」
「……ンハッハッハッハッハッハァー!」
廊下に響く奇声! ちくしょうソヤノのヤツまだ追ってきやがる!
僕は校舎を飛び出し、正方形の中庭を遮二無二突っ走って駆け抜け、人目の少ない体育館裏を目指して一目散に突っ走った! 逃げろ逃げろ逃げろ!
僕は風になった気分で駆け抜けると、息を切らして体育館裏に歩み入った。



【カミ様少女を殺陣祀れ!/23話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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