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カミ様少女を殺陣祀れ!/21話

【目次】【1話】 / 前回⇒【20話】

塩尽警察署、所長室。制服の腹を出っ張らせて窓辺に立ち、アナグマめいたとぼけ顔で景色を見渡す壮年男。署長の巾崎(ハバサキ)だ。眼下の近縁に並ぶ住宅街と、それを取り巻くように奥に広がる桔梗野のブドウ畑、そして遠方には、頂を白雪に染めた峻険なる山々が壁のように聳え立っていた。
巾崎は溜め息をつくと、アナグマのようにのっそりとした仕草で振り返る。
大窓から枯れた陽射しの差す所長室は、枯れた男たちが集っていた。
部屋中央の応接テーブル、革ソファにスーツの男が二人、制服の男が一人。
手前のソファに一人座る狸顔の壮年男は、皇宮警察・八重樫(ヤエガシ)。奥のソファの右側、猫顔に眼鏡の男は、警視庁公安部・來嶋(クルジマ)。來嶋の左隣に座る猿顔の中年男は、県警警備課公安部・甕(モタイ)。
そしてただ一人、ソファに座らず壁にもたれて佇み、白い狩衣を身にまとい糸目の狐顔で微笑む男は誰あろう、神社本庁特殊部隊・鬼頭(キトウ)。
巾崎はアナグマ顔で溜め息をこぼし、自分の在任中に起きた不運を呪った。


「お偉い様方が、このブドウ畑しかない寂れた塩尽の街に、一体何用で?」
「突然ですが巾崎署長、あなたは”神”を信じますか?」
制服の右肩の赤い飾り帯を揺らし、八重樫が狸顔で笑って問うた。
「は……私は神を信じてなどいませんがね、神の末裔たる天皇家が日本国を統治することに疑いを差し挟むほど、野暮ではないつもりですが」
「ハハハ、”統治”など! 些か右翼的ともとれる発言ですな。大日本帝国の御世ならばともかく、現代の天皇は国民の”象徴”に過ぎないのですから」
どこまでが本気か分からない八重樫の言葉に、甕がクスリと笑いを誘われて肩を揺らした。鬼頭が遠巻きに双眸を細め、來嶋が咳払いで注意を惹く。
「信じようが信じまいが、神は実在する。この塩尽署にも、神が姿を現したはずだ。一度ならず、二度までも……そうでしょう、巾崎署長」
來嶋の猫顔の奥で眼鏡が光り、巾崎は図星を突かれたように後退った。
「この街には神が居て、その背後には煽動者が居る。神を焚きつける悪が」


八重樫、來嶋、甕。三人の囲むテーブルに巾崎が歩み寄ると、甕がブリーフケースから『極秘』と赤字で記された茶封筒を取り出し、中身を開けた。
卓上にまろび出た機密文書には、白髪で皺深い初老の男の顔写真がクリップ留めされていた。街頭の隠し撮り写真……飄々とした笑みを浮かべる男。
「見たまえ、巾崎署長。通称、椿甚八(ツバキ・ジンパチ)。本名か否かは不明だ。70年代に新左翼から赤軍派へ転向。以後、北朝鮮、中国、旧ソ連に密出入国を繰り返し、軍事訓練を受けたとみられる。ヤツは国内外で多数の武装闘争事件に関与したパブリックエネミー……筋金入りのテロリストだ」
「確かな筋の情報から、椿がこの塩尽の街に潜伏していると聞いています」
來嶋の説明に甕が補足を入れると、來嶋もソファにもたれて深く頷いた。
「極左テロリスト……神とは水と油、逆立ちしても結びつきそうに――」
「暴力が振るえれば何でも良いのだ! 思想も、手段も、目的すらも!」
眉を顰める巾崎の言葉を遮って、來嶋が眼光鋭く、憎々しげに吐き捨てた。


「巾崎署長、静寂霽月(シジマノセイゲツ)という組織はご存知ですか」
「シジマノセイゲツ? 都市伝説、陰謀論、根も葉もない噂程度には……」
八重樫は狸顔で微笑みうんうんと頷いた。巾崎の反応を楽しむように。
「実在するのですよ、それが。連中こそ戦後日本がひた隠した最大の汚点」
「しかしこの椿という男、この塩尽の街で一体何を企んでいるのです?」
「ヤツは武器弾薬を神に持ち替えた。イデオロギーを跳躍し、人智の届かぬ純粋な力に信仰を鞍替えしたのだ。蘇った神が齎す未曾有の大破壊、それがヤツの望みだ。戦後日本の国体に対する挑戦、犠牲を厭わぬ拡大自殺だ」
「弾薬庫は開かれつつあるのですよ、巾崎署長。望む望まざるに関わらず」
「私にどうしろと? もはや事態は警察力でどうにかできる段階では――」
「そのために、我々がいるのです。天照大神の尖兵、神社本庁特殊部隊!」
良く通る声が歌うように朗々と響き、鬼頭が狩衣を閃かして歩み寄った。
「塩尽警察署の皆様方には傍観いただきたい。我々の下す、神の裁きをね」

――――――――――

塩尽市内、大衆食堂『桔梗屋』。油煙の舞う店内は夕暮れ時の盛況を呈し、ボックス席にもカウンター席にも老若男女が大勢で犇めいていた。
「はいよッ、山賊焼き定食、二人前お待ちィ!」
食堂最奥のボックス席に、揚げ鶏の定食が置かれて香ばしい香りを上げる。メインディッシュたる『山賊焼き』、キャベツを下敷きにした鶏の一枚肉は恐ろしく巨大で、豚カツ・牛カツに勝るとも劣らぬ食べ応えを予感させた。
「ありがとさん! へっへへ、旨そうだなぁおいハヤト! お前も食え!」
白髪に皺深い初老男が座敷の畳で胡坐をかき、満面の笑みで対面する青年に視線を向けた。青年は痩身にボサボサ頭の如才な風貌で、神経質な小心さを隠さず周囲をキョロキョロと、絶えず不安げに見回していた。
「お、おやっさん……何もこんな町のど真ん中の店に堂々と来なくたって」
「堂々としてるからバレねーんだ。キョロキョロしてりゃ逆効果だぞ」
初老男・椿甚八は、青年・越谷速人(コシガヤ・ハヤト)にそう嘯いた。


所在なげな速人を余所に、甚八は割り箸の一片を噛んで縦に割って開くと、短冊状に割かれた揚げ鶏を摘まんでかぶりつく。ニンニク醤油だれの染みた山賊焼きは香ばしく、甚八は年齢を感じさせない旺盛な食欲で咀嚼した。
「おいハヤト、いい加減に腹括れェ。冷めちまったら勿体ねぇぞ」
「わ、わかったよ……」
速人は弱々しく呟くと、汁椀の蓋を開いて味噌汁を啜り、沢庵と白飯を一口つまんでから山賊焼きに取り掛かる。そして二人は暫し無言で食べ進めた。
「おやっさん……」
「何だハヤト」
「き、金城さんたち……し、死んだかな……」
速人の箸が揚げ鶏を抓みかけ、箸先が震えてぼたりと取り落とした。甚八は沢庵を三切れ一気に口へ放り込み、味噌汁で流し込んで溜め息をこぼした。
「連絡が来ないってこたぁ、そういうこったろ。俺たちゃ運が良かった」
速人は無言で頷き、揚げ鶏を摘まんで口に放り込んだ。


混雑する店内に一人の男が歩み入り、甚八と速人の座敷へと歩み寄る。
「おい、邪魔するぜ」
黒マスクの男が二人に呼ばわると、甚八が一瞥して気さくに手を挙げた。
「おう来たか。遠路はるばるご苦労なこったな、今泉准尉。まあ座れや」
「今はもう中尉だ。人員不足ってヤツでな、昇進と言っても形だけさ」
MA-1ジャケットを羽織った男・今泉はブーツの紐を解いて座敷に上がる。速人が奥に詰めて場所を開けると、今泉はどっかりと畳に腰を下ろした。
「腹が減った、一個貰うぞ……わふわふわふ……フムン、悪くない味だ」
黒マスクを引き下げ、速人の皿から素手で揚げ鶏をかっさらっては無精髭の口に放り込む。速人は声も出せず、呆気に取られた顔でそれを見ていた。
「おーい! 済まねえ、定食をもう一つと、鶏のもつ煮を頼む!」
甚八が座敷からカウンターに声を張ると、煙草を咥える今泉に向き直った。
「報告を聞こう、椿軍曹。生き残ったのは貴官ら二人だけ、そうだな?」

――――――――――

日没の空が刻一刻と黒む塩尽の街路、赤いジムニーがのんびり家路を走る。
「みず姉、ちょっと便所」
「ココちゃん、あんたせめてトイレって言いなさいよ、女の子でしょもう」
「漏れる」
「やかましいわ小学生か! コンビニに寄ったげるから我慢してもう!」
空中を連なる電線、軌道敷を行きすぎる電車、その先に続く塩尽駅の駅舎を見下ろし、陸橋を駆け降りたジムニーが、道端のコンビニへ乗り入れた。
心が助手席の扉を開いて降りると、懐から何か青白い光が飛び出し、街中へ走り去っていくような残像が見えた。心は車内を振り返り、首を傾げる。
「早くトイレに行っトイレ、ココちゃん! ここで漏らさないでよ!」
「つかさぁみず姉、車の中から、何か飛び出したように見えたけど……」
「ちょッ怖ッ、何かって何よ怖ッ!? 幽霊連れて来た覚えはないよ!?」
心は駐車場を見渡して首を捻ると、尿意を思い出してコンビニへと歩んだ。

――――――――――

青白く燃えるような燐光を放ち、超自然の狐が風のように早く街を駆ける。
街を抜け、ブドウ畑の農道を駆け、その足で目指すは、桔梗野稲荷神社。
日の落ちた境内に人気は無い。草木も眠る夜、神々と精霊の時間が訪れる。
社殿の軒下、日の当たらない暗闇から、ブドウのような紫紺の長髪を揺らし幽霊めいて姿を現す、ゴスロリ衣装の女あり。稲荷神、自称・玄蕃丞子だ。
丞子は人気がないことを慎重に確かめ、軒下の隙間から境内に這い出す。
「あーもう、何て惨めで無様なのかしら。一日中夜だったらいいのに……」
ワインボトルを片手に、丞子がクマだらけの顔で恨みがましく呟き、欠伸をこぼす。そして、連鳥居から境内へ駆けてくる青い鬼火に目を凝らした。
「ケーン!」
「その声はまさか、扇!? 扇ィッ! 帰って来たのねーッ!」
「ケーンッ!」
扇と呼ばれた狐が鳴き声で応え、丞子のゴスロリ衣装の胸へと飛び込んだ。


「フムフム。山奥の神社に飛び込んで、女の子に助けてもらった。フムフムそいつは良いヤツだ、それで? でっかい女? 髪がこうグルグルなってるおかしなヤツ? 素っ裸? 力が強くておっかない? そりゃ悪いヤツ!」
丞子は拝殿の屋根に座って月を眺めながら、帰還した鬼火狐・扇から見聞を伝え聞いていた。何か人の与り知らぬ、意思伝達方法があるらしかった。
「男の子? 山から戻ってきて? 人の姿だけど人じゃない? ただの人と匂いが違う? グルグル髪の素っ裸女と同じ臭いがした? それってつまりその女も人じゃないってこと? つまり……そいつが蘇った『神』ね!?」
狐から齎された情報により、丞子の脳内でピースが次々と嵌まっていった。丞子はボトルを一息で呷ると、銅板屋根で地団太を踏んで夜空に吠えた。
「クッソーお前かーッ! この塩尽の街の神様代表、玄蕃丞子を差し置いて一丁前に大物面する田舎神がぁーッ! 隠の神ィ!? そんなの見たことも聞いたことも無いわ! 許せん! これは私に対する宣戦布告よ!」


暗がりの境内に、朗々たる柏手……いや拍手が、囃し立てるように響いた。
「塩尽の神様代表! いやはや勇ましい実に天晴! 頼もしいお言葉だ!」
電子ランタンを携えた甚八が、及び腰の速人を引き連れて境内に現れた。
「帰りましょうよォ……これ絶対ヤバイっすよ、もう何か出そうだもん」
「うるせぇな、ビビんってんじゃねえよハヤト、お前男だろ!」
丞子は人の話し声に耳をそばだて、拝殿の屋根に臥せって闇に身を隠した。
「って、何であたしが隠れなきゃならないのよ腹立つッ! まあ、出た所でどうせ人間には見えっこないけど。誰もこの玄蕃丞子のことなんか興味」
丞子の独白を余所に、賽銭箱への投げ銭と振られる鈴緒が金属音を鳴らし、二人の柏手を打つ音が境内の静けさに吸い込まれていった。
「玄蕃ナンチャラって名前だったか神様よ。隠の神を目覚めさせたなぁ何を隠そう俺たちさ。何なら『神は蘇った』のビラ張って回ったのも俺たちだ」
「な、な、な……何ですってえええええ゛!」


丞子の絶叫が闇に轟き、彼女は甚八と速人の前にヒーロー着地を決めた。
「ホンギャアアア゛出たアアアアア゛ッ!?」
ランタンの電子光に翻るゴスロリ衣装と紫紺の長髪が照らし出され、速人がおどろおどろしい丞子の姿を指差し、失禁しそうな顔で絶叫し返した。
「出たって何よおおお゛! 幽霊じゃあるまいしもっと敬意を持ちなさいよ私は神様よか・み・さ・まァ! それよりあんたら、あのクソ舐めた張り紙ばら撒いた張本人ですって? よくもまあノコノコ出てこられたもんね!」
「そりゃもう。お稲荷様は戦神じゃねえってんで俺たちゃ遠慮しちまってたもんだが、塩尽の神様代表、隠の田舎神とは格が違うってんなら、是非ともそのご利益に与りたい、ご神徳にお縋り申してぇのが衆生の心でさぁ!」
「チッ、おだてられてるだけなのに、少し嬉しくなってる自分が悔しい!」
「一つ俺たちの戦いに助力いただけねえか! 天照をブッ潰す戦いに!」
恭しく跪いた甚八が、立て板に水の調子で告げた願いに、丞子は固まった。
「エッ、ハァッ? エッ……ハアアアァァァ―――――ッ!?」


【カミ様少女を殺陣祀れ!/21話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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