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シロツメクサ |5|

リンはきのこ屋根のベンチに座った。

じっとりと湿っているベンチに腰をおろし水色の折り畳み傘を軽く畳んだ。

見渡すと公園には遊具と言えるものはほんのわずかで、登って降りるだけの鉄製の滑り台と二台のブランコがあるだけだった。

リンは靴を脱いだ。濡れた靴下と素足の間をすーすーと風が通りすぎた。

鞄のなかには、さっき駅前のコンビニで買ったチョコレートがあった。その細長い箱は入れ子式になっていて、内側のケースを引き出しみたいにスライドさせて中を取り出すと、ペカペカと輝くピンク色のホイル紙に包まれたチョコレートが列になって収まっていた。リンはそのうちのひとつをつまみあげ、折り目のひとつひとつを確認するように丁寧にその包み紙を広げた。

ゆっくりと口へ運ばれたチョコレートは上半分がビターで下半分が酸味のあるストロベリー味だった。口に入れたまま息を吸い込む。甘さが口と鼻の奥に広がった。

少しずつ口の中でチョコレートが溶けてゆくその感覚を感じながら、リンは公園の向こうにあるグラウンドに目を向けた。

広大なグラウンドには小高い丘があり、目の前はサッカー場になっていた。ぼんやりと光の筋が見え遠くの空が明るくなってきているのが分かった。

リンは制服のスカートの一番上のホックを外し、背中を丸めながら息を吐き出した。この一年半ほどでリンの体重は劇的に増加していた。170センチある身長に体重はすでに80キロを超えようとしていて入学当初から履いていたスカートに無理やり体を押し込んでいたが、さすがに座っていると息苦しかった。もちろん太りたくなんて無い。だが太らないようにするよりも、食べ続けることを辞めることの方がはるかに困難で不可能だった。

毎日学校から帰る途中のスーパーで家族の食事の材料と一緒に大量のスナック菓子や菓子パンを買い込む。そして買ってきたモノを絶えず頬張り続け、それをコーラや炭酸で流し込みながら台所に立ち、夕食の支度をする。作った食事を食べ終えると、今度は食器を洗いながら、勉強をしながら、風呂に入って眠る直前まで手当たり次第にお菓子やアイスやジュース、食べられるものなら何でも口に運ぶ。
時々、風呂の脱衣所でリンは裸になった自分の姿を鏡に映して、眺めた。唖然としたような、キョトンとしたような、あなたは誰?とでも言いたげな表情をした17才の大きな女の子。スカートの締め付けが腰の不自然な位置にくびれを作っている。腕を頭の上で組み、もはや顔の大きさをはるかに上回るほど太くなった二の腕の太さを確認する。分かってはいても愕然とする。そして両胸をくっつけて谷間を作り、持ち上げてみる。そうしてみると子供じみていた体がいつのまにか女性らしく変わっているようにも見えた。鏡に顔を近づける。まじまじと見ると明らかになる顔の吹き出物。産毛。隈。どうせ誰も見てやしない。

しげしげと眺めれば眺めるほど、変わってゆく体が自分のものでないような、鏡に映った姿が自分のものだとは素直に信じられない気持ちでいっぱいになった。誰かの着ぐるみみたいなこの体。

リンはチョコレートをもうひとつ、口に入れた。ミルクティーのボトルの蓋を開け、まだ半分くらいチョコレートが残っている口の中に流し込んだ。

#小説 #短編 #シロツメクサ #公園 #体

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