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『不適切にも程がある』という昭和的価値観のプロパガンダ(3話までの感想)

ネットフリックスが配信が始まった『不適切にも程がある』について、3話まで視聴していろいろ思うところがあったので、まとめてみる。

どんな作品か

中学校の教師である主人公が、ある日突然30年後の未来にタイムスリップする方法を見つけてしまう。この主人公が、30年後の社会でパワハラ問題に首を突っ込んでみたり、意中の人に出会ったり、企業で働くことになったりしつつ、30年後の社会について「物申していく」作品だ。

まあ主人公の娘やその娘に恋をしてしまった令和時代から来た青年、その母親(フェミニストの社会学者という設定)との関係なのどサイドプロットはあるのだが、本質的には昭和親父の目線で令和社会の「奇妙な」点を切っていく、という点にある。

ふてほどは公平に現代社会を批判する作品?

さてこの作品、一見昭和と現代の二つの社会を比較して、あくまで公平な立場から現代社会の一面を批判しているように思える(少なくとも、感想を見ているとそう感じる人も多いようだ)。例えば、以下のような点は「配慮」があるように思える。

  • 「現代を生きる社会学者でフェミニストの女性」(サカエ)が主要キャラクターとなっており、彼女の視点から昭和についてコメントする場面もそこそこある

  • ケツバットをはじめ学校での理不尽な体罰、セクハラ発言など昭和の負の側面を描いている

こうした側面があるので、一見この作品は昭和の視点から現代社会を描くことで、それぞれの時代の良い側面と負の側面を描こうとしているのだ、と思うかもしれない。公式サイトの作品紹介にもこうある。
「時代とともに変わっていいこと、変えずに守るべきことを見つめ直す。」

しかし実際には、3話までのふてほどは、昭和的価値観の生み出した負の側面をなかったことにして、その良い側面ばかり強調して美化する点で、「昭和的価値観のプロパガンダ」作品であり、批判的に見なければ危険だ。

「ふてほど」を昭和プロパガンダにする二つの問題点

ふてほどには大きく二つの問題がある。
 1. 昭和の当然問題視されるべき行動・価値観が、負の側面を薄めて描くことで、まるで良い面しかなかったかのように描かれている
 2. 「令和的」価値観を持つキャラクターや行動が、すべてネガティブに描かれている
①と②はどちらもプロパガンダの特徴だ。

まず、①について。

残業の禁止など働き方改革の描き方

2話に、残業禁止など働き方改革のあり方を揶揄する場面がある。明らかに視聴者に敵意を抱かせる若年世代の男性が、残業禁止の必要性を訴えたあと主人公がそれを蹴散らすような言動で「正論」めいたことを言う。

だが、働き方改革の実施は元を正せば特に90年代から表出してきた、電通高橋まつりさんの死に代表されるような上司・企業側のプレッシャーが生み出す過労死、パワハラ、セクハラによる精神病や自死の数々の事案が積み重なった結果だ。

ひづみや課題が残されているのは間違いないが、過労死などの問題を生み出した「当事者世代」である昭和を代表する主人公に、「働き方くらい自分で決めさせろ」とスカッと正論を言わせた気になってしまうのは無責任以外の何ものでもない。

パワハラの描き方

1話でパワハラが問題になっているシーン。たしかに馬鹿げた事例だが、果たしてこんな事例が実際に存在するのだろうか?なぜ、深刻なパワハラに悩む社員を描かなかったのだろうか。極端な例を挙げてパワハラ対策そのものを揶揄する描き方であり、悪意しか感じない。

セクハラまがいの行動をとるズッキーと、「実はいい人」

3話の話。チョメチョメしちゃうぞという番組で、ズッキーという司会が登場する。この人物、最初は番組内で出演者のスカートの下をくぐったり、初対面で女性の尻を触るなど、セクハラおやじとして描かれる。

しかし後半では、倒れた純子を助ける「実は紳士なおじさん」と描き、視聴者の好感を得ることを狙っている。しかしこうした、普段はいい人なんだから「多少の」悪事は許してあげよう、という態度こそが、森喜朗や麻生太郎からジャニー喜多川まで、権力者の横暴を許容することにつながってきたのではないだろうか。

②について。例えばサカエは、過保護の親バカで、極めて表面的な人物として描かれている(社会学者の描き方としては、リアリティに欠ける)。1話や2話で出てくる社員たちは規則に従うばかりの人物だったり、一方的に親権をとりあげて北欧に移住しようとしたりするし、プロデューサーの山本はコンプラに配慮するばかり。

現代人側では秋津や渚、キヨシは視聴者が共感しやすいキャラクターとして描かれるが、彼らは「現代」の価値観に疑問を持ち昭和的価値観に好意を寄せ始めている。

このように、ふてほどは昭和的価値観を持つ人物たちを、当時の問題点を覆い隠して過度に好意的に描き、現代の価値観を持つ人物たちを悪意を持って描いている。

おわりに

以上見てきたように、ふてほどは一見気軽に視聴できるコメディの皮を被った、昭和的価値観のプロパガンダ作品だ。現代社会にはもちろんさまざまな課題が存在するし、さまざまな面で息苦しさを感じるのは私も同じだ。しかし、こうした問題は昭和懐古で解決できる問題ではないのではないか。

この作品が提示するような雑な懐古主義に惑わされて平成以降に勝ち得た労働・人権問題の進歩を無駄にせず、真摯に課題に向き合って一歩一歩進んでいこう。

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