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夢で終わらせない。(フラワーエッセンスを作るということ。)2
(前回の記事はこちらから)
岡山入りした日、蓮華畠に足を踏み入れて、
「明日、フラワーエッセンスを作りたい」と思った途端、蓮華たちから、ふわっと(実際はふわっとより強めの感じなのだが表現出来ない)エネルギーがハートの中心を震わせて、
何故か急に涙が出た。
涙の意味はわからない。
悲しいとか何かを思い出したとかじゃない、どちらかといえば感動に近い。
自分で意図して無かっただけに、その体験は「ここで作って良いよ」という蓮華からのお返事に思えた。
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次の日、
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雲ひとつない空。
エッセンスを作るのには四元素(火、土、風、水)は必須条件。
火は太陽の熱、光。
フラワーエッセンスは午前中に作るので、8時半頃に蓮華の所へ行き、挨拶をしてから(神社に入るときみたいに)花たちに改めて出逢う。
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花は朝露に濡れて輝いていた。
花の朝露って!もうそれはフラワーエッセンスやん!
と思いながら、花を見渡す。
昨日見た感じと違うのは、花がまだ微睡んでいる感じ。
それでも見渡すと、呼んでいる子たちが所々に点在しているように思う。
これは秋の彼岸花の時と同じ。
呼ばれる場所に行き摘ませていただく。
ひとつひとつ湧き水の入ったガラスボールに入れていく。
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場所を決めて大地に置く。
その側にシートを敷いて、座る。
日差しはどんどん強くなっていく。
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日傘をさして、
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ずっとずっとエッセンスの側に居ながら、咲いている蓮華と水に浮かぶ蓮華を見ていた。
(そうそう、その前に、この土地と蓮華と、自然と、自分に繋がるコーニングを開いた。これはペレランドラの手法なのでここでは詳しく書かないが(以前ペレランドラのフラワーエッセンスを学んでいた事がある)エッセンスをつくる前に開き、終了時に閉じる事をした。)
ずっと花たちを見ていると、太陽の光で朝露が乾いて、花たちがぐんぐん起き上がってくるのがわかる。
朝露の時とまた様子が違うのが見て取れる。
凄い。
ボールの中の花たちも輝いてる。
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とても集中していた。
日傘をさして座って花と居る。
ただそれだけ。
視線は蓮華の花に。
花のひとつひとつ全て愛おしく感じる。
1時間くらい経った頃、花と同期したような気がした。
わたしが花に近くなったのか、花が私を迎えいれてくれたのか。
そうしたら、今は無い命のこと、父や母、義父や義母、少し早くこの世から去って行った何人かの友だちたちの事を思い出していた。
例えば母親、義母に関しては、生前はいろいろあった。
が、
蓮華の中に居ると、全てが愛おしく感じる。
過去のアレコレが溶けていくというか、命というもの!の、愛おしさ。今、生きている私たち、もういない人たち、全ての人が命の炎を精一杯燃やしているんだ!と思ったんだよ。
その命のひとつひとつが、蓮華の花々と重なって燃えているように見える。命が天に向かって輝いている。
ちっぽけな命など無い。
全ての命が大切なのだと感じたとき、涙が流れた。
それは、前日に蓮華畠に足を踏み入れたときに感じたものと同質のものだった。
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蓮華が私に語ってくれた(ように感じた)言葉をスケッチブックに書き留めた。
続く。
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