腕立て100回チャレンジ

筋トレ、読書、勉強、自炊・・・
習慣にしようと思って意気込んだことは何度もあったけれども、どれも1ヶ月以上続くことはなかった。
でも、今回こそは、、、そう心に誓ったのは「毎日腕立て100回チャレンジ」

ことの発端は、数ヶ月前に股関節の怪我により運動を禁じられてしまったことに始まる。
そもそもサッカー・フットサル・スノーボードなどスポーツを生きがいにしてきた自分にとって、数ヶ月運動を禁じられた生活は、自分が自分でなくなってしまうようだった。明らかに生活をしていて興奮すること、テンションが上がることがなくなってしまった。
友達と話をしていても、仕事をしていても、映画や読書をしていても、、、普段であれば興奮や没入感を感じるような場面で全く正の感情が湧かなくなってしまった。
「これはまずい」そう思っていたところでYouTubeで1本の動画を見つけた。
中年の男性がワンパンマンチャレンジと称して、腕立て、腹筋、スクワット100回ずつとランニング10kmを1年間毎日継続するというもの。
私より年上の男性の体が、自重のトレーニングでどんどん変わっていく様に数ヶ月ぶりの興奮を覚えた。性的興奮ではない。その男性に自分を投影することによって自己実現欲求が急に芽生え始めてきたのだ。
怪我のせいで時間は有り余っている。その時間をワンパンマンチャレンジに使えば、、、自分にもバキバキの身体が手に入るのか。気分が落ち込んでいた自分にとって、久しぶりに自分に期待をした瞬間だった。

続かない運動のために5年前に買ったヨガマットを物置から引っ張り出して、絶対にしない筋トレのために2年前に買ったプロテインをキッチンの奥底から引っ張り出した。早速腕立て、腹筋、スクワット100回を完遂。数ヶ月味わってこなかった、筋肉を支配するパンプアップによる膨張感、痛みとも疼きとも言えない筋肉痛による体の奥底の違和感、筋トレによって上がった心拍数。「あ、これが本来の自分だ」怪我によって落ち込んだ精神が、上を向いているのを感じた。これを毎日続けられれば、怪我をする前の自分に戻ることができる。今までは続かなかったけど、この怪我を機に俺は生まれ変わるんだ。2年ぶりのプロテインと一緒に、筋トレを継続する決意を勢いよく飲み込んだ。

チャレンジ3日目。まずは下半身に異変を感じる。怪我をしたのは股関節なのだが、日常生活で歩いている中で、股関節に少しだけ痛みを感じるようになった。程度としては本当に微々たる痛み。度合いで言ったら、包丁でできた切り傷に絆創膏越しに触れてしまったくらいの些細な痛み。
だが、私は思った。
「スクワット100回はやりすぎなんじゃないのか?」
スクワットは1日お休みしよう。チャレンジから1週間も経たずに目標の下方修正。嫌な予感が漂う。

チャレンジ5日目。今度は肋骨に異変を感じる。腹筋をしている最中に、一番下の肋骨が動くような、外れるような症状を自覚した。チャレンジ6日目にもそれは続く。
「これはなんだ?」
腹筋中以外に症状は全くない。痛みもない。つまり、客観的にはそこまで重要視するようなことではないのだ。だが、私は思った。
「俺に腹筋は向いてないんじゃないのか?」
スクワットはメニューから外そう。バキバキの身体を目指すのではなく、バキバキの胸筋を目指そう。さらなる目標の下方修正、目指す理想像まで変わってしまっている。嫌な予感はさらに現実に近づいている。ちなみに、この時すでにスクワットはメニューから当然のように外れていた。

チャレンジから1週間、今度はさらなる課題が筆者を襲う。物事の継続力を奪う最大のイベント、これがあるから人間は物事を継続することが不可能になると言っても過言ではないイベント。
「飲み会」
しかもその日は昼から人の家に呼ばれての飲み会。朝飲み会に行く前に腕立てをすれば良いものの、家事をしなければならないと言い訳をしながら、悪魔のアイテムであるiPhoneに時間を吸い取られていたら出発の時間になっていた。まあ、昼から飲むのであれば夕方には家に到着するはず。そこから腕立てを100回するくらいの時間はある。夕方に本気を出せばいいんだ。余裕だ。
飲み会を終えて時刻は19時、自宅に到着。外は若干暑かったから身体が少し汗ばんでいる。まずはシャワーを浴びよう。
時刻は19時30分、アルコールのせいで8割しか働いていない頭、日中の外の日差しやシャワーによる熱エネルギー、そして何よりアルコールによる体力の消耗。身体は確実に副交感神経に支配されている。そうなると出現してくるのはもちろん眠気。
19時半にも関わらず、脳内を睡眠の2文字がどんどん支配してきている。でも、腕立てをしてから寝てもバチは当たらないだろう。これで腕立てをしなければ、明日からもやらなくなってしまう。とりあえず、ベッドに横になって考えよう。
時刻は11時。3時間半意識を失っていた。朦朧とした頭は当然のようにこの選択をする「1日くらいしょうがない」。これが、腕立て100回チャレンジの終幕であった。
チャレンジ開始から現在3週間経過。すでに前回腕立てを行ってから1週間が経っている。自分で言うのもなんだが、もうしばらくは、ヨガマットが押し入れから出てくることはないし、プロテインも無事に賞味期限を迎えるであろう。
元々、鬱々とした気持ちを払拭するために始めた100回チャレンジ。結局、1週間くらいしか続かなかった。
でも、今の私の気持ちは晴れ晴れしている。怪我であまりいけなかった飲み会に行けなかったからなのか、それとも数日の運動で精神面が安定したのか、それはわからない。
でも、一つだけ言えることがある。それは、精神面を上向かせること。その目標は達成したのである。つまり、私はチャレンジを継続できなかったわけではない。チャレンジから「卒業」したのだ。
チャレンジを達成した誇りを胸に、私は今日も赤提灯の元に向かっていく。

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