Dear Evan Hansenひとかじりしたりんごの中から ① 徒然駄弁り
ありきたりすぎるほどあっさりと思春期に差し掛かって、これまでの優等生ムーブを一気に無くした私は、他のティーンのように例に漏れず病み、黒歴史を量産し、残念なヤツとして教室のぎこちない空気の醸成に大きく寄与していた。14歳。思えば、思春期特有の病み、とまとめるには少々余る程度に人生を踏み外しかけた私にとって、毎日カーテンが橙の波長を受けて染め上げられることは、それすなわち絶望の封切りだったのである。おかげさまで学校が大っ嫌いで、窓枠の外をひたすら眺めて何かを夢想するか、前髪と腕の間の薄がりに自分を閉じ込めて眠るかの二択という大変不真面目な時間を過ごしていながら、どうにか学校にいく理由を自分に課さねばと、生徒会長になった。
と、自己紹介のごとく隠キャ全開の始まりだが、私は割とその日々に感謝している。笑い声全てが恐ろしく、人の話し声は全て遮断したいくせに、友達はいて欲しくて、元気でいたいのに何故か体は毎日重たくて、それでも元気に笑っていたかったあのキモチワルイ時期。そこで人よりほんの少し、弱さへの想像力が培われたのかもしれない。そんな私が16歳になるかどうかの頃であった、オフブロードウェイでの作品、Dear Evan Hansen が人生に飛び込んできた。当時はyoutubeでみて見ようなんて思ってもいなかったが、強引な翻訳サイトにぶっ込んで日本語になったあらすじをみて、強烈な親近感と嬉しさがあった。ミュージカルはハッピーか壮大な悲劇を専売特許としている表現手法になっている側面があって、SNS時代におけるビミョーにも程がある拗らせと、鬱をテーマにした作品なんてみたことなかったから。とにかく、これはいずれBWにあがってきて欲しい、そんなことを思いついぞDEHを忘れた頃、見覚えのある作曲、作詞の名前がクレジットに入ったミュージカルが銀幕にやってきた。グレイテストショーマンである。そういえば、ポールとジャスティン。そうだ、と弾けるように、youtubeという数年前より格段に広告がウザくなったSNSの海にDear Evan Hansenと打ち込んだ。実はグレイテストショーマンを初めて1人映画した翌日にはシアトルへ旅立っていて、正直なところ私の脳内にはグレイテストショーマンとアメリカのことと、大好きな俳優のカバーCDのことしかなかったのだが。
アメリカから戻ってきて、輪をかけて国外作品に目を向けるようになった私は、当然のごとくDEHの動画も幾度となく見ることになる。そして2021年。彼らの青は歌舞伎町のTOHOシネマズ7番シアターに広がった。公開日のレイトショーー、我慢なんてできなくて働いていた劇場制作のお馴染み真っ黒黒すけの格好のまま、ネオンと人の波を縫ってゴジラに目もくれずに上へ上へと続くエスカレーターのステップに飛び乗った。あがっていくスピードが通っている大学の六号館のトンチキエスカレーターのごとく緩慢すぎて結局スタスタと自分の足で上へと登った。
初見の感想を大事にしたい方はこの先印象に関わる言及があるのでご注意を
さて、まず冒頭は代表曲、アメリカの3番目の国歌といっても過言ではないと思いたい。waving through a windowから始まる。割とすぐに楽曲に入るあたり、映画版rentと同じ構成を感じさせる。舞台であれば冒頭に来ない曲をキャラクターに歌わせることによって手っ取り早くミュージカルの世界と自己紹介を同時に行なって、観客をその世界の一員に仕立て上げるイメージだ。しかもこのカット割、そこまで斬新かと言われればそうでもないが、鬱っぽさの表現と混乱MESSな感じがとてもウォールフラワーを想起させる。エズラミラーとエマワトソンが浮かび、あの黄緑というかライム色が一瞬視界をよぎった。後からスタッフクレジットを見たら、監督が一緒だった。というか私、この人が作っている作品全部ほとんど見てるし好きだ。奇しくも彼、スティーブンチョボスキーは私のダイスキメーカーらしい。映画版rentの脚本も彼らしい。知らなかった。とすれば、私のここ数年の人生は彼に操られているといってもいい。
さて、この物語の主人公であるエヴァンは、今までならどの物語の主人公にもならないくらいには弱く、あるいは弱すぎず、特筆すべき点が何もない。といえば嘘だが何か特異的なことがあるかというとそうでもない。そんな人間だ。ただ、鬱と不安障害を持った青年。多分、この世に掃いて捨てるほどいる、ありきたりなマイナスを背負った人。彼が歌い出す最初のナンバーwaving through a window私は2016年のトニー賞から、この窓の解釈を三つ持っている。一つは実際の窓、或いはPCやスマホの液晶、そして何よもそれは人が入るためのドアではないという、内外をキッパリと区別しつつ外界と関わるための機能という三つだ。彼はそんな窓から手を振る。このWavingにも思考は当然めぐるわけで、最もカジュアルに思いつくのはこれ「👋🏻」SNSでお馴染みのコンタクトサインである。Hi there!と続くのがお決まりのようなこのWaving。これは彼が本当はリアルでもそうやって話しかけに行きたいと思っているのでは、と、タイトルだけで空想は際限なくその嵩を広げていった。
その100円で私が何買うかな、って想像するだけで入眠効率良くなると思うのでオススメです。