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4年前の私の流産のはなし

noteを整理していて
4年前に書いて、削除していた記事を見つけました。

書いたけど、辛くてしまっておいた記事。
4年経って、2人の娘が横で眠っている姿を見ながら
気持ちの整理がついて
「公開」にしようと思って再構成してUPしています。

月日が解決すること、
その時を精一杯生きること、
必ず、夜はあけて朝がくること。
必ず、冬は終わり春がくること。


今、コロナ禍でいろんな制限がかかり、
不安が押し寄せてきますね。
でも今、目の前の日々も
時が立つことで、こんなこともあったねと、
当時とは異なる目線で振り返ることができる日を
まっすぐ真剣な眼差しで前を見るために。

ちょっと4年前の私の流産のお話。

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1ヶ月と12日で天国と地獄とはまさにこのこと。
繋留流産でした。

5月5日 妊娠検査薬で陽性反応
5月11日 初めての産婦人科検診で胎嚢確認
5月27日 2度目の検診で心拍確認
6月13日 3度目の検診で心拍停止宣告。(流産の可能性が極めて高い)6月15日 4度目の検診で稽留流産確定。(手術日決定)
6月17日〜18日 一泊で子宮内容除去手術(掻爬手術)
6月19日 自宅安静

まさか自分にこんなことが起こるなんて思わない約1ヶ月だけの母親期間でした。

つわりが弱く、5月中旬6週から7週ぐらいの期間に
いろいろな臭いに気分が悪くなり、
お風呂上がりと歯磨きのあとは必ずムカムカしている状態で

あ〜これがいわゆるつわりなんだな〜
赤ちゃん育ってるんだな〜

と感じてました。
それが6月に入った途端、8週目ぐらいのとき、
突然つわりらしきものが感じられなくなり、
少し体が前のように動くようになりました。

それでも、時々悪阻特有のムカつきがあったり、
ひどく疲れやすくて

早めに悪阻が終わったんだ!
今からがピークだと思ってたけど、私は楽な方だったんだ〜

と6月6日ぐらいまで楽観視してました。
でも、8日、7日ぐらいからお腹がシクシク痛い。
キューっと締め付けられるように痛い。

ネットで調べるとこの時期は子宮が広がる為、
引っ張られるような痛みがする、
チクチクするような痛みを感じます。ってあるので、

これは子宮が大きくなってるってことなのかな〜っと思うようにするけど
チクチクとか引っ張られるとかいうより、

「キューと締め付けられる」という症状が正しいような気がして

ひどく不安になっていました。

でも、出血は全くない、
基礎体温も36.8〜9度ぐらいの高温状態。

大丈夫、きっと大丈夫
ネットの記事は気にしない。
私の赤ちゃんは大丈夫。

と強く思い続けると同時に、不安は拭えず、

6月15日の予定だった診察を、
少しでも早く見てもらおうと病院に行ったら

医者から淡々と
「心臓が止まってますね。赤ちゃん死んじゃってますね」
と告げられ頭が真っ白に。

ちょうどこの日、東京は梅雨らしく久しぶりの豪雨。
出かける前に、思わず躊躇したくなるほどの強い雨で、
どうしようかと悩んだけれど、
「行きなさい。早く行きなさい」と言われているようで、
長靴を履いて出かけたことをよく覚えています。

この大雨のおかげで、
病院を出て号泣しても傘もあるし、
体に雨がかかるので、顔じゅうがぐしゃぐしゃでも不審でもなく、
バスを待つ間、車が跳ねる雨が体にバシャバシャ当たっても、
むしろ当ててください。流してください、と静かに唱えたくなって
ずっとぼーっと濡れてました。

なんだか空も一緒に泣いているみたいなフワフワした感じでした。

夫が心配して、仕事を投げ出して帰ってきてくれた事が何より嬉しくて、
一人で泣いていたらもっと受け止められなかったと思います。
夫はひたすら受け止めてくれて、悲しいね悲しいねと言ってくれて誰の言葉より救われました。

流産は6人に1人。
15%の確率です。

よくあることなんですよ。大丈夫。
まだ若いからまたすぐ妊娠できますよ、と看護婦さんは言ってくれました。
頭でわかろうとしますが、そんなに簡単に受け入れらることではありません。

13日、一番最初に言われた日は全く受け入れられず。
お母さんのせいじゃない。
この時期の流産は赤ちゃんの染色体異常で、もともと生きられなかった子です。
お母さんを責めないで、って言われました。

宣告されてすぐの時は、「あぁ私のせいじゃないのか」って少し救われたけど、

あれから1週間たって、手術も終えて、
体も少し調子が戻ってきた今現在の気持ちとしては、

「私の赤ちゃんが悪かったみたいに言わないで」って思ってます。

私自身の心を整理するために、受け入れるために、この記事を書きました。
手術は終わって体は妊娠前の状態に一応戻っているはずです。

この1週間たくさんたくさん泣いて、だいぶ心も安定してきたと思います。

でも、やっぱりまだ宣告から1週間。
そんなに簡単に受け入れられることじゃないんだって思います。

辛い、悲しい。

今日から通常通りの仕事に戻ります。

職場仲間にもたくさん心配と迷惑をかけました。

きっとみんなに、大丈夫?って言っていただいて、
大丈夫です、もうだいぶ回復しました!
みなさんご迷惑をおかけしました!っていうでしょう。

だけどまだそんなに簡単に心は落ち着かない。

昨日は安静と言いつつ、体が平気だったので、
しばらく荒んでいた部屋の掃除を慌ただしくしていました。

何かしないと、何かしないと!

ってわからないけど、急かされてるように。

プツッと糸が切れたようになって
この記事を書いていたら、少し前の自分が書いた喜びの声を読んで
また心がザワザワし始めて止まらなくなりました。

赤ちゃん、抱っこしたかったな。
お空に帰った。
ちょっと忘れ物をしたのでお空に取りに帰っちゃった。
あわてんぼうさんで、準備不足で早く飛んできすぎちゃった。

いろんなことを考えて、落ち着こうとしていますが、
まだまだ時間が必要そうです。

ーーーーー

この記事を書いたのが2016年。6月。
その後、2017年の9月に女の子を出産し、
つい先日、2020年4月に女の子を出産し、
2人の女の子の母親になりました。

振り返れば、いろんな気持ちの揺れもあったし
仕事や学びたいことも変化があったり、
4年の月日はあっという間で、大きな変化でした。

その時目の前が真っ暗で、悲しくて不安で辛くていっぱいでも
時がたてば、状況も環境も変わる。

今、目に見えないウイルスとの戦いの真っ只中。
東京と福岡で離れて暮らす夫のことが心配で
1人の生まれたばかりの赤ちゃんと
2歳半の娘を実家で育てながら、いつ4人家族で暮らせる日々がくるかと
不安になることもありますが、

未来は明るい。
遠い心配をしない。
目の前の日々と、大切な人を慈しんで、日々を暮らす。

昔の経験を思い出して
今、目の前の日々を暮らしたいと思います。

さかぐちかよ

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