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『生物失格』 2章、フォワード、ビハインド。(Episode 6)

目次↓

Episode 6:噛合い亡き独白。

 死城影汰は、何も言わない。
 死城影汰は、何も言えない。


 
 そこに、話の噛み合いなど存在しない。

***

 ……嘘だ。
 嘘だ嘘だ嘘だ。
 何で、どうしてここに来た。
 ここに、『ヤツ』がいる。
 殺したはずなのに。殺したよな? 殺しきったよな? 殺している殺している殺している。
 なら、目の前にいる奴は誰だ。
 誰でも良い。もう嫌だ。嫌なんだ。

「嗚呼、会いたくなんてなかったね。誰がテメェみたいな糞餓鬼に。でも、仕方ねえよな。決着付けなくちゃならねえんだ――俺の禍根にも、にも」

 ナイフで体を切られる線画されるのも。
 ライターで体を焼かれる着色されるのも。
 嫌だ。
 嫌だ嫌だ嫌だ。
 の体はキャンバスじゃないんだ。
 どうして、どうしてどうしてどうして。
 こんなことをしてきたの。

「お前は災厄だ。この世の癌同然だ。解ってんだろ、なあ? のうのうと生き延びやがって、普通に恋して暮らしやがって。俺への当て付けか、なあ?」

 痛いと言っても止めてくれなかった。
 ただ笑うだけ。ただただ嗤うだけ。
 が何をしたって言うんだ。
 ただ、『死城家』の人間だってだけじゃないか。
 呪われた一家なのは認めるけれど、だからってまで迫害すること、ないじゃないか。
 ひどいことしないで。
 おねがいだから。

「まあ良い。今から訳だし。お前なんて、殺したら綺麗さっぱり忘れてやる。それから第二の人生を――いや、本当の人生を歩むんだ。しっかり償ってくれよ、なあ? 俺の人生を浪費させた罪と――」

 だから殺したはずなのに。
 はずなのに。
 なんで。

「――俺の兄貴、下道獄楽ごくらく罪とを」

 ……もういやだ。
 なにもききたくない。
 は、とくに。かどう、かどう。かどうカドウ下道。

「人殺しの自覚があるんだろ? 義務教育は受けているよな? なら分かるだろ。罪を償えよ――人殺しは罪なんだから、罰を受けなきゃならねえだろうが」

 言うな喋るな口をつくな。
 聞きたくない耳に入れたくも傾けたくもない。
 あの2か月は、二度と味わいたくない。
 あれを思い出させてくれるな。
 吐き気がしてきた、もう吐きそうだ。
 弱音も吐瀉も、全部。

「それともアレか、兄貴を殺したのは正当防衛だったとでも言いたいのか? まあ、そうだろうよ。兄貴は『殺人』の衝動に苛まれていたからな。殆どの場合は、いわれも無い殺され方をする筈だ」

 でももう殺せない。
 本当は殺したい、全部忘れてしまいたいのに。
 殺さないと決めたから。
 此奴を排除できない。
 でも排除できなければ、痛みがやって来る。
 どうすればいいんだ。
 どうすればいいのか、誰か教えてくれよ。

「だが、お前は違う。のかもしれねェが、お前にはんだからよ」

 教えてくれよ頼むから。
 ほら、前にいるこの男、口をずっと動かしているじゃないか。この口を縫って留めて潰して穿ちたいんだ。それだけなんだ。
 なあ、教えろよ。
 誰でも良いから。
 でもいいから。
 教えてくれよ。

「『死城家』――呪いを振りいた最悪の一家にして、嵐の如く到来し世界を滅茶苦茶にして去って行った災厄の一家。その末裔にして唯1人の生き残りのお前なんざ、あの場で兄貴に殺されちまった方がマシだった。それなのにテメェは、あの災厄を全て忘れるようにして、好きな女の子と恋愛しているってんだからよ」

 自殺すれば逃げられるけど、自殺も出来ないんだ。
 を1人にしてしまうから。
 恋人を独り残して逝くなんて出来ないだろ?
 八方塞がり四面楚歌。
 最悪では言葉が足りぬ程の、この状況を一体如何すればいい?

「それに、その大儀そうな様子じゃ、また誰か傷つけたらしいな? 虫唾が走って反吐が出るぜ。自分が災厄だと認識してねえのか? 世界を壊し人を壊し、これ以上に壊すのか? 壊し足りねェのか? 
とでも、本気で思ってんのか?」

 ……カナ。
 そうだ、カナ。カナ、カナ、カナ。
 君を置いて、1人でこの世界を去るわけにはいかない。
 ましてや、殺されるなど、あってはならないじゃないか。
 そうだ。そうだよ。
 ふざけるな。数秒前の自分を半殺しにしてやりたい気分だ。
 一体何を迷うことがあったのだろう。
 さっき自分で言ったじゃないか――恋人を独り残して逝くなんて出来ない、って。
 そのために何でもするんじゃないのか。
 そのために、何にでもなるんじゃないのか。
 殺さずに、というのは難しそうだけど、やることは変わらないじゃないか。
 トラウマを引き摺り出されて取り乱してしまった。でも思い出せ。自分にはカナさえいれば良いんだ。
 カナさえいれば、んだ。
 思い出せ、そうだ、思い出せ。
 初心に帰って落ち着き直せ。

「……嗚呼、答えまで言うな。どうせそう思っているんだからよ。そうでなきゃ、自分の腹を刺してでも敵を倒そう、なんて狂気じみた真似はしねェからな。恋人を守る為なら何をしても許される? 恋人以外の世界は如何でも良い? 巫山戯ふざけんじゃねえ――そのエゴが、他人の人生を壊して良い理由になる訳がねえだろうが」

 この世は、全部が障害で障壁で。
 入る音は、全部が雑音で騒音で。
 映る像は、全部が邪魔で邪僻で。
 それらを削ぎ落してこそ、平和も平穏も得られるというのだから。
 他を排して、何が悪いというのだ。
 呪われた一家の末裔だからと言って、その権利まで奪われる謂れはない。

「と言っても、お前には分からねェだろうさ。だから、実演してやろうと思うんだ。痛みの想像出来ない馬鹿には、痛みを以て分からせるしかないんだからよ」

 排除しよう。排斥しよう。
 それだけのこと。
 それなのに、何を思い悩んでいたのだろう、自分は。

「そろそろ、戻って来る頃合だな。

 最初から、やることは変わらないじゃないか。
 何もかも、変わっていない。

「この病室で、お前の目の前で、。なるべく残酷に、なるべく残虐に。みじめにさせられる程むごたらしく、酷だと思う程に酷く、丁寧に丁重に、乱暴に粗暴に、命を奪ってやる――お前の言うエゴが何なのか、分からせる為になァ!」

 ああ、落ち着いた。『ヤツ』に似ているお前の話、ようやく聞けそうだ。
 痛いのはうんざりだ。でも、仕方ない。人間というのは、身を切って生きるものなのだから。
 だけれど。

「俺はお前を二度殺す。精神的に殺して、肉体的に殺す。それでも殺し足りないくらいだが、人はそう何度も殺せない。仕方なく二度だ」

 ――カナを傷つけるというのなら、お前は。
 障害であって障壁であり。
 雑音であって騒音であり。
 邪魔であって邪僻なのだ。
 そして紛うことなく悪人だ――悪は、倒されなければならない。
 少なくとも。

「――精々絶望して絶命しろ、死城影汰」

 ――お前を倒さなければ、カナに平穏は訪れない。
 だから、なあ。
 大人しく退場してくれよ、邪魔なんだ。
 それができないなら、力づくでもこの舞台から引きずり降ろしてやる。

***

 ――死城影汰は、何も言わなかった。
 ずっとずっと、黙っていた。
 それから。
「……」
 死城影汰は。

「……消えるのは、お前の方だ」

 明確な殺意を込め。
 ベッドの上から、下道かどう法無羅ほむらを睨み返した。


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