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箱庭商事の幽霊ちゃん! ばんがいっ!「エイプリル・スイーツ!」

 土曜日出勤。
 世間的にはあまり歓迎されない言葉だが(むしろこれを歓迎している人は一度転職を勧めたい)、俺からするとありがたかった。
 何せ今は大学生。遊ぶにも何するにも金が要る。そういう訳で暇な土曜日にもアルバイトが入るというのは嬉しい限りなのだ。
 無論、アルバイトがある、ということ自体も喜ばしいことではあるのだが。

 俺のアルバイトは、箱庭商事の夜間警備。
 この箱庭商事には、幽霊が出る――可愛くて元気な、俺の友達の女の子が。

「さ、てと」
 支度を終えて、俺は机の上のデジタル時計を目にする。
 2023年3月31日金曜日、23時35分。
 アルバイトが始まる頃には、2023年4月1日となるだろう。
 つまり、エイプリルフール。
 嘘を吐いても良い日。
「……行くとしますか」

 幽霊――遊崎すさき幽海ゆみちゃんに、嘘を吐きに行くのだ。

🍩🍪🍡🍫🍿🍭🍰

「りっくーーーーん!!」
「幽海ちゃん!」
 4月1日、箱庭商事。
 アルバイトに来るやいなや、幽海ちゃんが駆けて来た。幽霊なのに足がある(どころかぺたぺた床を鳴らしている)という中々に可笑しな光景だが、いつも通りなので慣れてしまった。
 そのまま突撃してくる幽海ちゃんを抱き止めてやる。頬を擦り付けながら「えへへ」と笑顔を浮かべる。ちなみにこれは彼女なりのスキンシップであり、恋愛感情的なものがあるのでは決してない――筈だ。
「ね、ね! 早速今日は何する!?」
 恋愛感情があれば、子犬のように遊びをねだるとは思えないからな。幽海ちゃんの体にぴょこぴょこ動く耳とふりふり振られる尻尾を幻視した。うーん、可愛い。
「今日は、お菓子パーティでもしようか――その為に沢山お菓子を作ってきたんだ」
「やった! りっくんの手作りお菓子!」
 目をキラキラ輝かせる。手作りお菓子でこんなに期待されるのは正直めちゃくちゃ嬉しい。
 ところで幽海ちゃんはこの通りお菓子がめちゃくちゃ好きだ。一回本当に太らないか心配になって失礼にならないような訊き方で尋ねてみたが、幽海ちゃん曰く『そこは、ほら! 不思議な幽霊パワーで何とやら!』と腰に手を当て、平坦なお腹を張り上げてドヤ顔していた。お菓子を食べて太らない以上にお菓子を食べる幽霊というのも中々不思議なところなんだが、それはさておき。
 いつもなら、買ってきたお菓子やら作ってきたお菓子やらを摘みながら座って話したり、ある程度したら夜警のアルバイトをしたり(しないと監視が緩いバイトとは言え、流石に怒られる)、ゆるゆるぐだぐだした日常を過ごしている。

 だがしかし。
 用意した駄菓子も菓子も、今回は全てエイプリルフール特別仕様!
 菓子作りが趣味の男子大学生の、本気の遊びを味わうが良い! 二重の意味で!

🍩🍪🍡🍫🍿🍭🍰

「さて、まずはお菓子を食べるとするか」
「わくわく」
 擬音を口にする幽海ちゃん。これから口にするお菓子でどんな反応をするか楽しみだ。
 早速第一弾――チョコチップクッキー。一見すればただのチョコチップクッキー、チョコチップがごろごろと入っている掌サイズのお菓子だ。幽海ちゃんの好物(というか変なものでなければ大抵好物だけど……)であるので「早く早くっ!」と袋の開封を迫る。
 口を縛る紐を解いて、クッキーを手渡してやる。そして俺も1つ手に取る。
「いただきまーす!」
 幽海ちゃんは何の躊躇いもなく一口で半分程一気に食べる。俺もいつもの様に3分の1くらいを齧る。
 さくさく、と音を食べながら食べていた幽海ちゃんであったが、突如その動きがびたっ、と止まる。よしよし、上手くいった。
「……りっ、君。このクッキー……」
「ど、どうした?」
 わざと動揺したフリをする。しかしこの演技も結構必死なのだ。
 何せ、この幽海ちゃんと俺の食したクッキー、砂糖の代わりに塩を使ったチョコチップクッキーだからだ。チョコにも塩を練り込んでからチップ状に成形するという徹底ぶり。そんなものを甘いという先入観と共に食べれば、無事でいられる訳がない。
 ちなみに俺もその塩辛いクッキーを食べている。ある程度覚悟はできているので何なく食べることができたが、しかし変な感触がする。思わず顔に出てしまいそうなのを抑え、あくまで冷静に平然とクッキーを砕いて嚥下する。
 そんな途轍もない菓子を食いながらも、俺は何食わぬ顔で「なんか、味がおかしかったか……?」と心配そうに言ってのけるのだ。その表情を見て、優しい幽海ちゃんも強く出られないのか「う、ううん! にゃんでもにゃい……」とどうにかクッキーを嚥下して舌を出している。相当ビックリしたのだろう。
「ほ、他のお菓子はっ!? 色々作ってきたんでしょ、私、りっ君の他のお菓子も食べてみたいな〜、って!」
 幽海ちゃんの方も笑顔を取り繕って、気丈に健気に振る舞う。仕掛け人である自分も平然を装っているのだから、客観的に見ればもう何がしたいのか分からなくて笑ってしまいそうなのを我慢する。
「OK、次はこれだ」
 俺は次のお菓子を取り出す。袋一杯に詰められたお手製ポテトチップス。一見すれば、薄塩味のポテチに見えるこれも当然、エイプリルフール特別仕様である。
「ポテチ……!」
 幽海ちゃんはどうにか苦い表情を抑える。先程塩辛いものを食べたのだ、口直しに甘いものをご所望だったのだろうに、塩辛い代表格のポテチは相当応えると思っているのだろう。
 俺は幽海ちゃんの微妙な反応を敢えてスルーして袋の口を開ける。そしてランダムにチップスを取り、幽海ちゃんに1つ手渡し、俺も1つ手に取る。
「いただきまーす!」
 幽海ちゃんが、薄塩味と思い込んでいるそのポテチを口に放り込む。俺も同じく口にする。
 ――ところで幽海ちゃん。さっきは心の中で甘い物を望んだだろう。
 
「……? …………っ!?!?」
 今度はあからさまな反応だった。いやあ、それはそうだ。俺も同じ反応をしかけた。
 このポテチ、薄塩味などではなく、葡萄味、苺味、桃味、メロン味、バナナ味……と全てフルーツフレーバーパウダーで仕上げた、甘いポテチなのだ。
「り、りりり、りっ君!?」
 流石に動揺を隠せないのか、幽海ちゃんが慌てた様子で俺の元にやって来る。しかし俺はあくまで冷静に答える。
「ど、どうした? また何か変だったか……?」
 苺味のポテチというこの世のものとは思えないポテチを食し(しかし中々どうして食えないことはなかった)、それでも尚シラを切る。さて幽海ちゃん、どうする――?



「も、もしかしてさ! りっ君、何か病気だったりする?」

 目の前まで近づいて来て、熱でも測る様に手で俺の額に触れる。幽霊の手は、ひんやりとして心地良かった。
 幽海ちゃんはそうしながら慌てた様に弁明を始める。
「ほ、ほら! 最近さ、感染症で味覚がおかしくなったりとかする訳じゃん! あ、あのさ、本当の事言うとね、ポテチがメロン味してね……と、とにかく、とんでもないことになっててさ! クッキーも塩辛いし、あの、だからその、舌がおかしくなっちゃったのかな、とか……」
「……」
 ……。
 ……まだ他にもお菓子は用意してたのだが、このあまりに健気な反応に、俺はもう降参することにした。
「…………りっ、君?」
「……ごめんな、幽海ちゃん」
 開口一番、俺は謝った。そしてネタバラシ。
「これ、エイプリルフールなんだ。ほら、4月1日だろ、今日……」
「……?」
 しかし、幽海ちゃんは可愛らしく小首を傾げる。まさか。

「りっ君、『えいぷりるふーる』って何?」

 そういうお菓子の名前?
 こんな純な質問をしてくる女の子を前にして、俺の罪悪感メーターの針は一気に限界を振り切り、ばきりと音を立てて折れるのであった。

🍩🍪🍡🍫🍿🍭🍰

「な、なんだあ……病気じゃないなら良かった〜!」
 ということで。
 エイプリルフールというのが何の事かを説明し、「変哲の塊であるお菓子を、何の変哲もないかの様に嘘を吐いて提供するドッキリ」を仕掛けた事を全て説明した。
 意外にも幽海ちゃんは怒らずに、むしろぱあっと明るい表情で受け入れてくれた。
「……怒ってないのか?」
「むしろ面白いって思っちゃった!」
 それにさ、と幽海ちゃんは言う。
「りっ君、私のためにこのお菓子作ってくれたんだもん。そんな努力を無碍にすることは言いたくないし、それに……」
 もうこれだけで充分嬉しいんだが、まだ追い討ちがあるのか幽海ちゃん?
「りっ君も私と一緒に、この変なお菓子……ううん、エイプリルフールお菓子を食べてたでしょ? 私だけ変な思いをさせなかったりっ君のこと、怒れる訳ないじゃん!」
 むしろ潔いまであるねっ!
 もうこの優しさに俺は感涙に咽び泣きそうになった。女神かこの子は。いや幽霊なんだけど、できれば今すぐにでも神格化してあげて欲しかった。神様。
「ねえねえ、りっ君」
 幽海ちゃんはむしろ、目を輝かせて俺に顔を近づけて来る。
「他に、どんなお菓子作ってきたの!? 私、全部試してみたいなっ!」
「……」
「……りっ君?」
「……わァ……ぁ……」
「……え、え!? 泣いちゃった!? 私何かしちゃったかなっ!?」
 わたわたと手を振りながら戸惑う幽海ちゃん。いや、もう、この殺伐とした世の中であなたが癒しだよ、幽海ちゃん……。


 ――そんな訳で、他に作ってきたエイプリルフール特別仕様お菓子(少し辛いキャンディに、コーラ味に見せかけた醤油味のグミなどなど)を味わい、わいわい盛り上がりながら時を過ごしたのであった(ちなみに普通のお菓子も持ってきていたので、口直しにそれを挟みながら)。
 初めてのエイプリルフールは大層楽しいものだったようで、「また来年も楽しみだなあ」と笑顔で俺に告げるのであった。


🍩🍪🍡🍫🍿🍭🍰

このお話は、『箱庭商事の幽霊ちゃん!』という小説のセルフ二次創作です。彼女と彼の出会いを描いた本編はこちらから!

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