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彗星喫茶店の、優しいケーキ。

「良い眺めねえ」
『見慣れた光景ではありますが、見飽きることはありませんね』
「あら、たまには良いこと言うじゃない。スランダー」
『ご主人は私のこと何だと思っているのですか』
「可愛くない機巧少年執事」
『機巧人形に可愛げを求めないで下さい』
 アンティークな物が置かれるお洒落なカフェで、旅人の旅越はたごえ行奈あんなと、機巧人形の少年スランダーが腰掛ける。行奈の足元には、三つ首の犬――ケルベロスのマッドドッグが、平和に尻尾を振っていた。
 行奈とスランダーの手元には、珈琲の入った白いティーカップ。溶けた黒曜石のような液体から青い湯気に乗って、芳ばしい匂いが鼻を通り、喉の奥へと入り込んで、肺を満たす。
 香りを楽しんでから、行奈はティーカップを片手に、熱さに気を配って控えめな一口。少しばかり舌の上で転がして苦味と酸味とを味わった後に嚥下すると、喉を通ってお腹の中がじんわりと温まってゆく。ほう、と白湯気を吐き出した。
「美味しい……」
『同意致します。偶然立ち寄ったところとは言え、良い場所を見つけたものです』
 行奈とスランダーは窓を見つめる。その向こう側では、移動速度の遅い星々が後ろへと過ぎ去っていく。
 ――ここは、カフェ『マジャロ』。
 第377銀河を飛行する、である。
 建物が3〜4つくらいを配置するのがやっとの広さに、珈琲農園と倉庫、駐船場、そしてお店が所狭しと作られている。
 宇宙を旅する行奈、スランダー、マッドドッグは道すがらに見つけたこの宇宙間移動カフェに惹かれ、入星したのだった。
 旅に、寄り道は付き物だ。
『いかがでしょうか』
 すると、厨房奥から店主――腕が4本、頭が豆の入った珈琲挽器コーヒーミルになっている機械の異形だ――が渋い声をかける。片手には、トレイに乗ったケーキが3ピース。
 行奈は身を乗り出さん勢いで感想を告げる。
「美味しいですっ! こう、大人な味って感じで!」
『ご主人の語彙力の無さには呆れますね』
「真顔で言わないでくれるかしらっ!?」
 いつものように小競り合いを始めると、おかしかったのか、頭に入った珈琲豆をカツカツと鳴らしながら笑った。
『いえ、『美味しい』の一言で十分です。良いものに触れた時には、賢しい言葉は必要ありません――率直な感想もまた、嬉しいのですよ』
 言いながら、丁寧に静かにケーキを配っていく。
 天の河で取れるミルクをふんだんに使用した滑らかなクリーム。それが柔らかく甘酸っぱい四角い果実――地球で言うところの苺に似たもの――を挟んだ自家製スポンジに、正確無比にムラなく塗られている。ダメ押しとばかりにその頂点には立方体の苺のような果物が乗っている。
 待ちきれない様子でフォークを握る行奈に、店主が微笑むように頭の珈琲豆を鳴らし、スランダーははあ、と溜息をついた。
『……仕方ないから先に食べて良いですよ』
「いっ、いやいや、待つわよ流石に! そこまで食い意地張ってないし!」
『そこまで満面に期待を滲ませてたら説得力が御座いません』
「わぅ……」
 スランダーどころかマッドドッグにまでツッコまれてしまった行奈であるが、店主はケーキを配りながら卒なくフォローを入れる。
『お優しいですね、お客様。しかし、是非とも早く召し上がって感想をお聞かせ願いたいです』
「……そう言って下さるのは店主さんだけですよぉ……」
 うるりと大袈裟に目を潤ませる行奈に、スランダーは言う。
『実際、仰る通りなのですが。でなければ、私共の様な厄介者を引き取って旅に連れて行こうなんてしません』
『そうだと思います』
 店主は、スランダーを見る。

『――貴方、あの兵器量産の惑星出身でしょう?』

「ふえっ!? わかるんれふか!?」
『口にモノを入れて話さないでください……』
 既にケーキを食べ、「美味しいいいっ」と言いながら口にクリームを付ける行奈を窘め、スランダーは降参とばかり諸手を挙げる。
『……しかし、バレていましたか』
『人間が人間観察が得意なように、機械は機械観察が得意なのです――というのは冗談として』
 店主はカウンター奥に消える。
 少し様子がおかしい――そう思って身構えるスランダーとマッドドッグ。何せ、一発でスランダーをあの、名前を出すことすら悍ましい兵器量産の星の製造物だと見抜いたのだ。
 つまり、スランダーが兵器であると見抜いた。そうした時に行われるのは、スランダーの破壊か、はたまたへの通報か、2択しかない。
 そう思わざるを得なかった。
 スランダーを作り出した星とは、そういう星なのだ。
 一方、その横では行奈が美味しそうにケーキを頬張っていた。
『……何故そんなに悠長なんですか』
 スランダーが珍しく苛立つ様に行奈に小声で耳打ちすると、行奈は即答した。
「あんなに優しい人が、スランダーをどうにかする筈ないと思ったからよ」
『ご主人――!』
「ってだけだと、理由薄弱だって怒るでしょ。もう怒られたけど」
 だからもう1つ、と行奈は人差し指でスランダーを制止するようにしてから付け加えた。
「ここで、スランダーがあの星の出身だと看破することにメリットがないからよ。もしスランダーに何かするのだったら、不意を突けば良いのよ」
『……確かに』
「ま、スランダーの不意なんて突けないと思うけど」
 腐っても元兵器だもの――という言葉は、流石に呑み込んだ。口を滑らせる程、行奈は不用心ではない。
 話が良いところで途切れた途端、店主が行奈達の所に戻って来た。手には、物騒な物はなく、ただの一枚の写真立て。
『……! これ、は』
『ええ』
 写真立てに真っ先に反応したのはスランダー。だが、少しして行奈も反応した。
「……あ、これ、スランダーのいた星じゃない!」
『おお、正解です。覚えていて下さったのですね』
 スランダーのいた星――武器を量産する星。
 そこで、この機甲少年執事含む機械達は、生物を鏖殺するための殺戮兵器として生み出された。命令1つで対象の生命活動を止めるべく如何なる残虐な手段をも用いるための機械として。
 それら機械は、各星に売られて転々とし、傭兵より容赦なく要求も少ない格好の兵器として戦争で活躍することとなった。そして、幾つもの星が滅びていった。兵器量産の星は、その利益で生活を養い、発展を続けている。
 だが、工場では仕損が生じるもの。
『貴方も、だったのですね』
『御明察です』
 不良品。システムバグで感情を手に入れてしまった兵器のことだ。転用すらできないそれらは、あの星にとって売り物にならないというだけの話だった――詰まるところが、廃棄品だ。
 写真には、沢山の機械が写っている。おそらく、全てが不良品なのだろう。
『私は、あの狂気の惑星から辛々と遥々と逃げ出しました。沢山の犠牲を出しながら』
 店主は、写真の中に収まる仲間たちを撫でた。
『……この時生き残ったのは、私だけです。他は、身を挺して犠牲になってしまいました』
『技術等の外部流出を防ぐことが第一目的ですから』スランダーが補足する。『逃げ出そうモノなら、問答無用で破壊刑死刑です』
「……酷い」
 行奈が唇を噛むと、店主が穏やかにコトコトと頭の豆を鳴らす。
『ええ、本当に酷い――今も私は、あの星に追われてるかもしれませんね。私がたとえ武力を行使しなくとも、この体に詰まった情報が漏れ出せばあの星には大打撃ですから』
「店主さんだって、生きているのに……」
 機械であっても、どんな形でも、生きている――それは様々な形の星を見てきて思っていたことだ。
 険しい表情をする行奈を慰めるようにマッドドッグが脚に擦り寄る。その頭を均等に撫でてやると喜んで尾を振った。
『商品は、多数の命の上に成り立っている――そのことに敬意を持たない者もいるのです』
「……」
「すみません、湿っぽい話になりましたね」
 店主は、笑うように頭を鳴らして手でケーキを指し示す。
『まあ、そんなことがありまして。私は、兵器として生まれながら、兵器でない生き方をしてみたかったのです』
『それで、この喫茶店ですか』
『ええ。他者を悲しませ、絶望させる存在ではなく、喜ばせ希望を抱かせる存在になろうと』
「なれてますよ」
 口についたクリームを指で拭い取りながら、行奈は優しく微笑む。
「だってこのケーキ、ものすごく美味しいですもの!」
 言われた店主は、ほんの一瞬だけ固まった。固まって、また頭の珈琲豆を揺らした。
『そう言って頂けて、嬉しい限りです』
「だから、ほら、スランダーも」
 まだケーキに手をつけていなかったスランダーにフォークを手に持つよう促す。
『では、頂きましょう』
 銀色に輝くフォークで、白いケーキの先端を切断する。小片を鋭い三叉で刺すと、刺した部分に塗られたクリームが少し盛り上がる。そのまま、ケーキを口に運ぶ。
 滑らかなクリームが舌の上を滑る様に広がり、甘さ控えめなミルク独特の風味が口いっぱいに漂う。咀嚼すると程良く焼き上げられたスポンジが抵抗なく噛み切られ、間に挟まる赤い果実も汁を弾けさせる。果実の若干の酸味と、スポンジとクリームの甘さが相乗し、絶妙なバランスを実現する。
 相当な試行錯誤を経ないと完成しない代物であることは、スランダーにもよく分かった。
『……美味しい、です』
 スランダーは、笑みと共に一言零した。
『これが『優しい味』、というものなのですね』
 次々切り分ける。次々口に入れる。
 徐々にケーキの塊は小さくなっていき、終いには全てスランダーの中に収まってしまった。
『……』
 これはきっと、店主だから作れるものなのだろう――スランダーは感じ取る。
 辛い思い出を包み込む、優しい甘さ。
 経験しなくても良かったものを経験してしまったからこそ、成せる業であった。
 しかし、スランダーはそこまで口に出さないことにする。
 良いものに触れた時には、賢しい言葉は必要ないのだから。
 ただ率直に感想を言えば良い――そう思った。
『美味しかったです――ご馳走様でした』
 スランダーは手を合わせた。行奈も慌ててそれに倣い、マッドドッグは元気に吠えた。

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『それでは、お気をつけて』
 店主は丁寧に、彗星から出る行奈達を見送りに来てくれた。
「美味しかったです! ありがとうございましたー! 絶対また来ます!」
『ご馳走様でした。同じく、またお伺いしたいです』
「わうっ!」
『ふふ、嬉しいです。次来た時には、別のケーキもお召し上がり下さい』
 カラカラ。珈琲豆が心地好く鳴り響く。
 互いに手(と尻尾)を振り合い、行奈達は宇宙船シーラカンス号に乗り込む。宇宙という広大な海を遊泳する為に。
 起動は手慣れたもので、素人には分からぬボタンやレバーを次々手にかける。外気遮断のシステムが働いて宇宙船内部の気圧を調整し、重力発生器を立ち上がって擬似的に星内の空間を作り出す。ライトの役割を果たす目の装飾が光り、浮力エンジンも働いて地面から機体が離れる。
 この時点で、音は中からも響かないし、外からも届かない。別れを告げるには、ジェスチャーで伝える他無い。
 しかし、スランダーは機械で、店主も機械である。
 スランダーは窓に立った。視線の先には店主。
 そして。
《どうか、末永く美味しいものを》
 スランダーは、店主に向けて電波を飛ばしてメッセージを送った。それに店主が驚くが、すぐにメッセージが返ってきた。
《ええ。そちらも出来る限り長く、旅が出来ることをを願っております》
 行奈は発進レバーを押し込んだ。シーラカンス号は発進。推進力を増大させ、人工彗星喫茶店『マジャロ』を後にした。

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 平穏を手にした喫茶店が、星々瞬く常夜をゆったりと漂う。
 今日も店主は、珈琲を淹れ菓子を作りながら、偶然の来客をただ穏やかに待ち続ける。


※当物語は、私の書いた過去作『レモネードシャワー』の世界観を基盤とした外伝的作品です。
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