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レモネードシャワー 1話「☆宇宙船シーラカンス。」

人生は、甘いだけでなく、酸っぱいんだ。

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「……んぅ」

 目を開くと、見慣れた白い天井。
 どうやら起きる時間らしい、と体内時計で悟ったキャミソール姿の女性は上体を起こす。さらり、と長い黒髪が垂れて薄い衣服越しに背中を撫でた。
 構わず彼女は無防備に伸びをする。
「んー……」
『おはようございます、ご主人』
 キャミソールの彼女――『ご主人』に声をかけたのは、青い髪をした少年。
 人間そっくりに見えるが、彼の正体は。童顔に似合わぬ燕尾服を着るというバランスを欠いた機械少年に、女性は柔らかく微笑んで挨拶する。
「おはよ、スランダー」
『おはようございます。本日の朝食も栄養ペーストに御座います』
「……うへえ、いい加減ちゃんとしたもの食べたいわねえ。1週間もこれじゃグロッキーになっちゃう」
 舌を出して露骨に嫌そうにしながらも、少年から差し出された皿とスプーンを受け取る。
 皿の上には、何やら得体の知れない肌色のペーストが置かれていた。人間が生きるのに必要な栄養素がこれ1回で摂れる――と、栄養状態を心配してくれた前の滞在地の者達から大量に貰ったものだ。無下に断るわけにも行かずに女性は受け取ってしまい、今になって大量に在庫を抱えた無味乾燥な食糧を消費する羽目になったのである。
 最初のうちは文句を言ったのだが、スランダーに『貴女の選択の招いた結果なので御座いますから、さっさと胃の中に収めて下さいませ』と無理矢理食べさせようとしてきた。抵抗はしたのだが、少年の形容ナリとはいえ機械――たかが人間が力で敵うはずもなく、結果は想像の通り。
 以来、あんな格闘で体力を消費するくらいなら、と渋々食べることにしていた。
 が、流石に我慢の限界だった。
「次の所には、もっとマシな食べ物があると良いんだけどなぁ」
『つべこべ言わずにお召し上がり下さい。さもなくば、餓死して頂くか無理矢理に――』
「分かってるから怖いこと言わないでくれる!?」
 食べるから、と溜息をついてペーストを口に運ぶ。
 何の味もしない。……これは何かの拷問だ、と憂鬱になっていると。
「きゃん、きゃん!」
 犬の可愛らしい鳴き声が響いてきた。その声に癒されながら、彼女は上機嫌に犬の名前を呼ぶ。
「マッドドッグ!」
『……やはり、そのネーミングセンスの崩壊ぶりはどうにかした方が良いですね』
「どこが変なのよ!」
『全てで御座います』
「辛辣なんだから……可愛げもない!」
 そんなやり取りをしていると、きゃんきゃん可愛く泣きながら、マッドドッグが入って来た。
 30㎝くらいの小柄な体。
 尻尾をふりふり、耳をぴょこぴょこ。
 黒い体毛、鋭い牙。
 ――そして何より、可愛い顔した3
 と呼ばれる種類の犬は、嬉しそうにご主人である女性に飛びついた。
「おー、よしよし! 可愛いねえ。スランダーは可愛げないのにねえ」
『それを本人に聞こえるように仰るご主人も可愛げが御座いません』
「ああ言えばこう言うんだから! ……おっ、あははっ。くすぐったいってばぁ!」
 じゃれるようになだめるようにぺろぺろと女性を舐めるケルベロス。くすぐったそうに笑っている彼女を、はあ、と溜息をつきながら少年は見ていた。
『……それよりも、早くお召し上がり下さい。あと少しで到着で御座います』
「あれ、立ち寄れるところ、近くにあるんだ」
当局わたしが見繕わせて頂きました』
「……酷いところに行かないでしょうね?」
『きっとお喜びになられる筈です』
 主人の不幸せを願う執事はおりません故――と、小柄な体に似つかわしくない恭しい礼をして、スランダーが言った。
 そんな態度に、ふうん、とだけ不信感も交えて女性は返しつつ、皿の上のペーストを処理しようとスプーンを握った。
「じゃ、楽しみにしてるわよ! スランダー!」
『是非ともに、ご主人――旅越はたごえ 行奈あんな様』

 人間、旅越行奈。
 機械少年執事、スランダー。
 ケルベロス、マッドドッグ。
 そんな三者三様な旅人達を乗せ、『シーラカンス号』は、深海よりも暗いでの遊泳を、あと半刻程続けるのであった。

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