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『生物失格』 2章、フォワード、ビハインド。(Episode 5)

目次↓

Episode 5:アウトロー・フロム・アウト。

 仮想敵、サーカス一座。
 自陣にはたかが10代前半の少年。好きな女の子に危害が加わらない様に守りながら戦う必要がある。
 武器は無く、味方もそれ程多くない。

 ……。
 どう考えても勝ち目がない。
 どんなに想像シミュレーションしても、結局同じ結論に帰結する――背中とベッドが磁力でくっつくかの様に、勢いよくもたれかかる。
「……味方、と言ってもなあ」
 警察官に頼るか。そもそもこんな荒唐無稽な話など一笑されて終いだ。
 夢果もこの手の問題には無力だろう。腕力が足りないし、そもそも塀の中では手の貸しようもない。
 他に頼れる人はいない。勿論、駒や盾として使うのなら色々とやり方はあるにせよ、その手段は取らない。生来から他の人などどうでも良いとは思っているが、だからと言って傷つけて良い理由にはならない(正当防衛ならば別だけど)。
 傍若無人に暴虐を振るうのなど、自分が最も嫌いなものだ。
 自分は、自分の家族とは違う。
 ……では自分でなんとか出来るか。武器をたとえ持ったとしても対抗することは難しいだろう。それも座長1人ならどうにかなるかもしれなくとも、もしその取り巻きも纏めて襲い掛かられたら無理だ。
 強い武器を持てば良いというものでもない。銃刀法という縛りがあるし、そもそも身の丈に合わぬ武器は身を滅ぼすだけだ。
 ――ということで堂々巡りも5周目を終えた。徒労だ。爽快感など存在しない只の疲労。
 少しだけ休憩しよう。
 考え続けていれば、ある日突然天啓が降りるものらしいし――そういや、カナからそんな話も聞いたことがあるな。
 無彩色世界論を言った時に見事に反論された通り、カナは芸術関連では色々な持論があって、その中の1つを引用して曰く。
『毎日向き合って必死に考えるのが大事なんだと思うんだよ。小説とかだと、何日も続きや展開が思い浮かばなくても、ある日突然「これだ!」というものが思いついたりするんだってさ! 「より面白い展開はないのか」って考えるからだと思うの、そういうのって。……私? 私は絵を描く方だけど、ものすごく感覚として分かるなあ。どの構図で、どの彩色で、そもそもどういうデザインで――ってなると、中々最初は決まらなくてさ、試行錯誤しながら考え続けながら、「これだ!」って言うのを探してるって感じ』
 毎日同じような絵を描いては消しているのは何故かと、興味本位で聞いた時に返ってきたのがこの回答だった。自分にはどう足掻いても感じられなさそうな感覚だ。
 そんな彼女は今日も部活動でキャンバスか紙に色彩を刻み込んでいる筈だ。それもあと1時間くらいで終わるだろう。
 1時間か。
 堂々巡りするのも疲れたし、一旦仮眠でも取ることにするか――。

 ……いや、待て。
 何か、足音が聞こえて来る。スニーカーだからか、あまり大仰な音は鳴らないが、こちらに近づいている。
 誰だ。靴音的には最低でもその横についてる看護師ではない。警察官とも違う筈だ。無論、カナのものでもない。
 誰だ。
 誰が近づいて来る――。

 遂に、自分の病室の前で音が止んだ。
 それから、暫く無音が続く。一体誰がやって来たのかも、目的も不明。
『君の身に危険が迫るのは確実だと思う。カナちゃんについても同じだ。どんな形で襲ってきても、気を付けて』
 夢果から聞いた話が頭に反響する。今は手負いの状態だ。このまま襲い掛かられたら死ぬのは必然。
 それでも、相対しなければならない。
 その開始が早まっただけだ。そう思って、挑むしかないだろう。
「……入ればいいだろ」
 覚悟を決めてぶっきらぼうに声をかけると、がらりと扉が開いた。

 そいつは、男で。


 そう、で。

 そう。



 あの、を、おもいださせるおとこだ。

***

「……よう」
 ――病床の上の少年は全ての思考を止め、目の前の奇特な格好をした青年に視線を留めていた。
 顔に刺青いれずみ、耳にピアス。色味の強い虹色のシャツに黒いジャケット、そしてダメージジーンズ。ウエストポーチから覗くのは、恐らくナイフの柄だろう。
 アウトローを煮詰めたような男は、自然と敵意を剥き出しにする。
 その青年を前に、病床の上にいる少年は。
 あまつさえ、
 治りかけの古傷を抉られ、その上で迫りくる刃物を前にしているかのように。
 そう。
「……、『死城しじょう』の。二度と会いたくなかったよ」
 ――少年「えーた」こと死城しじょう影汰えいたは、何も言わず、何も言えなくなった。
 それから、影汰の暇を殺しに病室にやって来た男、下道かどう法無羅ほむらは――死城影汰を殺しかけ、そして殺し返された兄を持っていた彼は。
 病室で治療される少年、死城影汰に毒のある独白を吐き掛け始める。

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