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小説『生物失格』 4章、学校人形惨劇。(Post-Preface 4-3)

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Post-Preface 4-3:根無の夜想。

 攻河町某所、夜、マンションの一室。
 大人の姿に戻っている糸弦しげんみさおは、ベッドの上で横たわっていた。部屋は恐ろしく綺麗に片付けられていて、夕食に食べた牛丼のプラスチック器も、洗ってゴミ箱に捨てられている。
 ここの住人――否、元住人・・・は生きていない。少し前に操が殺した。遺体は既に浴槽でバラバラに解体済みで、丁寧に煮てから少しずつ廃棄している。よって、この部屋で起きた事件を知る者は、今の所1人もいない。
 とは言え、バレるのも時間の問題だった。この国の警察は意外にも優秀だと、操は知っている。何せ、サーカス『ノービハインド』の件で、警察の手によって組織が崩壊したのを、この目で見――
「……いやァ、違うかァ〜」
 操は首を横に振った。
 組織が崩壊した直接の原因は、警察などではない。
 その警察を手引きした死城影汰えいた――そう、『死城』のせいだ。
「……はァ〜」
 また殺し損なった。
 思わぬ・・・邪魔が入ったからだ。
 溜息を吐いて頬杖をつき、テレビを眺める。凶悪なヤクザに法廷での戦いを挑んだ母親の逸話が流れていた。操はあまり面白いと思えなかった。面白さが、彼女には分からない。
 もう一度溜息。
 電源を消すのすら億劫になった操は、つけっぱなしテレビを見ながら、自らの過去を思い出す。

 ――目が覚めると、体が縮んでしまっていた。

 そんなアニメみたいなことが起きていると気付いた時、アタシはベッドの上にいた。どこかの病院に運ばれたのだ。目の前の医師は、確認をとってくる。家族はいるか、何が起きていたのか、どこか痛む場所はないか。まるで、子供に確認でも取るような口調で。

 家族はいない――正確には、いなくなってしまった。元々、血の繋がった家族が誰なのか分からない。物心ついた頃には、アタシの隣にはボスがいた。頬に傷の付いた、明らかに一般人カタギじゃない雰囲気の男。アタシをどこかで拾ったのか、或いは誰かから買ったのか、分からない。ただ、雛鳥の様にアタシは、この男――ボスこそが自身の親なのだと認識した。
 ボスはとある組織の長であり、悪虐非道だった。その悪虐さに違わず、アタシに殺しの技術を教えてくれた。効果的な殺し方、あらゆる武器の特性や作成方法、拷問の基礎手順。一から十を座学と工作で教わり、その後はひたすら実践した――つまりは、人をひたすら殺した。何人殺したかは覚えてない。それどころか数えていない。
 兎にも角にも、犯罪者の為の英才教育。
 アタシはボスにそれしか教えてもらわず、従ってアタシは人殺しとしてしか生きられなくなった。別に不幸だとは思わない。不幸に思った試しもない。そもそも幸せだの不幸せだのという言葉を、実感として理解できない。
 雛鳥アタシにあったのは、殺さなければこの親鳥ボスから見捨てられるという強迫観念だけだった。使える者には褒美で、使えない者には死で応えたボスの姿をずっと見てきたアタシは、幼心に自身も例外ではないと感じた。そして見捨てられれば、アタシにはもう身寄りが無くなり、生きていけなくなるとも感じた。
 だから、殺した。
 ボスの命じるまま、ただ殺して、殺して、殺して殺して殺した。
 鋼鉄の糸を使って殺すことも、その最中に覚えた。世の中にはそういう暗殺者(曲弦師、と呼ぶらしい)もいるらしく、態々わざわざボスに呼び寄せられたソイツから、アタシはその全てを吸収した。吸収できなかったら見捨てられる――そう思っていたアタシは必死だった。
 ボスには褒められ続けた。けれどアタシには何の感情も浮かばなかった。この人の下に居続けることこそが、アタシの存在証明だったから。嬉しさとか恐怖とか、そんなものはどうでも良かった。

 ――そうして、10年近くが経った。アタシは組織最高の忠実なる殺し屋になった。殺した数はやはり覚えていない。
 そんな時だった。あの2人が組織に入ったのは。
 異様な雰囲気を放つ、男女の2人組。今度大きな殺戮を行うとのことで、殺戮の専門家・・・を連れて来たのだそうだ。
 2人を見た途端、アタシでさえ身震いした。その時、初めて明確に「恐怖」という感情がアタシの中に発露したように思う。
 その「恐怖」の原因について今考え直してみるに、恐らく、ヤツらの人を殺すことへの躊躇のなさから来るのだろう。
 人の命への躊躇のなさ、と言っても良い。
 まるで、全生命は自分達の玩具だとでも言わんばかりの雰囲気を放っている様に、アタシには見えた。
 非人間じみたソイツらの名前は、死城しじょうめい死城しじょう狼男ろだんといった。
 死城。
 これが、ヤツらとの出会い。
 今から、数年前のことだ。
 狼男ろだんは寡黙にして何も語らなかったけど、めいの方は気さくにアタシに話しかけてきた。何なら、手ほどきを受けた程だ。アタシが人間を操る術は、アイツから学んだ。今なら糸を使えば、相当数の人間を一斉に動かせる。
 そう、めいの能力は人を操る力。一体どうやってるのかは分からない。ヤツら――『死城』の力というのは、科学では説明のつかない呪いの力を使うのだと、ヤツからは聞いた。ヤツはアタシみたいに糸を使わずとも、人間を操れた。
 狼男ろだんに至っては最早意味不明だった。夜限定では・・・・・あるけれど・・・・・姿形を自由に・・・・・・変えられる・・・・・。例えば大男になったり、例えば名前の通り狼男になったり。それはもう様々に。

 そうしてアイツらは、あの抗争でアタシとタメを張る位に殺した。殺して殺して、殺した。
 別にアタシは嫉妬もしなかったし、脅威も感じなかった。アタシもアタシで人を殺し続ければ、ボスの下に置いてもらえると分かっていたから。ボスは相対評価ではなく、絶対評価を好む。
 アタシは淡々と人を殺し続けた。
 アイツらは嬉々として人を殺し続けた。
 互いに干渉せず、それぞれがそれぞれの領分を守って、殺人を続けた。

 それが崩壊したのが、あの日のことだ。
 あの日――世間一般には『汚辱』と呼ばれる日。
 全世界に死城の呪いが伝染し、沢山の人が死んでゆく端緒となった日。
 それは、アタシらも例外ではなかった。
 発端は、抗争中、敵の様子がおかしくなったことだ。突然、首根っこを押さえて悶え苦しみだした。
 これはチャンスとばかりにアタシらは敵を殺そうとしたのだけど――殺せなかった。
 アタシの仲間が敵を殺す前に、敵に殺された。
 敵に生えた、狼のような・・・・・鋭利な爪で・・・・・
 そう、相手は狼男ろだんさながらに、全員が狼男に変貌したのだ。
 味方は結構な数、狼男ろだんのことを見たと思う。しかしヤツもまた困惑していたように思う。
 どういうことだ、という顔をしていた。
 しかし、徐々に敵に殺されていく。アタシらは敵を、殺意を持って殺しにかかる。各々、武器を携えて。



 ――そして。
 そこから先の記憶がない・・・・・・・・・・・



 気付けばアタシは病院のベッドで、縮んだ体を横たえていた。
 さて。
 質問をしてきた医師に、アタシは回答する。
 家族はいない――恐らく「家族」と呼べるであろう組織の皆も、状況的に死んでいたであろうから。事実後に、アタシの属した組織は1人残らず死んだようだった。
 何が起きたか――そんなの、アタシが聞きたかった。アタシはかぶりを振った。
 そして、痛む場所はない。アタシの体に問題はない。
 故に、いつでも人を殺せる。
 アタシの居場所を奪ったアイツらを、殺してやる。人はそれを「復讐」と呼ぶらしい。ただ、アタシはもっとシンプルだった。
 1つをアタシから奪ったのだから、1つを奪われても文句は言えない筈だ、と。
 自然アタシは、『死城を殲滅せよ』という世界的な潮流に参加することとなった。その為に、アタシは糸使いの技量を見込まれてあのサーカスに引き取られ、潜伏しながらも機を伺っていた。
 そんな時にやって来た、死城の末裔のクソガキ。
 アイツだけは絶対に殺す。
 アタシの居場所を奪った『死城』の一員として。

「……さてェ〜、そろそろだなァ〜!」
 操は、にたりと笑みを浮かべる。
「もう、居場所は・・・・分かった・・・・しなァ〜」
 テレビの明かりに照らされたその顔は、ひどく猟奇的に映った。

 その時、スマートフォンが鳴る。着信だ。
 画面に映る番号を確認する。恩人・・からだった。
 操は迷わず通話ボタンを押す。


Chapter 4 "Dolls Party" is the END.

Let's take a break for a little while.

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