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『生物失格』 2章、フォワード、ビハインド。(Episode 4)

目次↓

Episode 4:『異質』、野間夢果との会話。

 本当に、夢果の声を聴いたのは久々だ。そもそもあまり夢果とは連絡をとることすらしない――夢果の方が仕事が詰まっているから会話する暇すらないのだろう、と思う一方で、特に連絡する様な用もなかったからだ。
 ところで、夢果は『脱線』をすることを嫌う。従って仕事をしている最中、仕事という本質から外れた雑談をすることはご法度なのだ。そういう訳だから、何もないのにこちらから連絡を取る必要はない。懐かしいからといって連絡を取ったら悪態をつかれて終わるだけだ。そんな関係性が『親友』と呼べるのかどうかは再三にわたって疑問ではあるが、世の中の表面的な友人関係よりは余程友人らしい会話を交わしている。
 しかし、以上のことから論理的に考えれば。
 野間夢果は、と言えるし、、とも言える。
 となれば閑話も休題も無しだ。愚直に率直に聞いてしまおう。
「自分の頭が可笑しいのはいつもの通りだろ――で、何の用だ、夢果」
『話が早くて助かるよ』
 ふう、と短く息を吐く。恐らくは感嘆の息なのだろう。
『話すべきことが2つあってね』
「2つ」
『しかしどちらもバッドニュースだ』
 良い方と悪い方、どちらから聞きたい?――というそんなお決まりの質問すら許されなかった。してや、より悪い方から聞くかそんなに悪くない方から聞くかという選択すら。
『1つ目は』と夢果はさっさと話を進めてしまう。この親友は、心の準備をする時間すら与えてくれないらしい。『サーカスについての話だ』
「サーカス?」と首を捻るが、最近自分に関わりがあるサーカスと言えば、カナに誘われたあのサーカスしかなかった。
 確か移動式のサーカスで、今度はこの攻河こうが町にやって来る筈だ。結構人気のサーカスらしいことも聞いている。
 何故、自分とカナがサーカスに行くことを知っているのか。それを尋ねるのは野暮ではあるが。クラッカーの技術をふんだんに利用する彼女は何でも知ってるのだ――知ってることだけは。
「それがどうしたんだ」
 尋ねてみた。

 単刀直入過ぎた。本当にこの親友は、何の心の準備もさせてくれない。
 とはいえ、クラッキングしてありとあらゆる情報を見ることができる(そうでなくとも今は警察という強力な権力がある訳だが)夢果がそう言うということは、余程の危険が差し迫っているとみて間違いないだろう。
 
 自分の返答は決まっている。

「……

 一言。それだけで自分は夢果の好意を無駄にしてしまった。親友としては申し訳ないと思ったが、カナという恋人の約束と天秤にかけると、如何しても自分の中では夢果の忠告の方が軽くなってしまう。
 だが、親友の好意を無下にするのは良くない。生物失格でもそのくらいの機微は分かる。だからちゃんと好意は拾うことにした。死体の骨を拾うようなものだけど。
 ……まさか、カナと行くことにしたからなどという無邪気な理由で、『サーカスに行くな』と言っている訳ではあるまい。
「何で急にサーカスに行くなという話になるんだ?」
『君が殺されるからだ』
 ……夢果の説明で理解できずにいると、スマートフォンの通知音が鳴り響いた。何かをメッセージで送りつけてきたらしいので、通話状態を保持したまま見ると、URLだった。それを踏む。
 移動式サーカス、ノービハインド。その公式ホームページ。
『ノービハインド。タネや仕掛けビハインドの存在しないサーカス団。座長の名前は京戸きょうど希望のぞみ。ピエロ役だそうだ』
「これが何で、俺が殺されることに繋がるんだ――」
『君、カナちゃんと幽霊屋敷に行っただろう?』
「……」
 何で知ってるんだ――とまた無駄に思ったが、警察をも脅し脅かす伝説級のクラッカーにとって造作も無いのだろう。
『そこに棲まっていた幽霊擬きだが』夢果の話は続く。

『そいつの名前は、京戸未来。『ノービハインド』座長のだ』

 ……成程、合点がいった。要は、家族の弔い合戦ということか。殺してないから弔い合戦か。殺してはいないからな。
 兎も角も、あの男のことになると何でもかんでも『擬似』が付く。
 しかし、殺されるというのは流石に言い過ぎじゃないだろうか。こちらは死には至らしめず病院送りにしただけのことだ。目には目を、歯には歯を。死には死だが、気絶には精々が気絶ではないのか。自分は奴隷ではない――社会的には弱者であるが、そこまで不当な処遇を受けるような身分ではない。
 何故、夢果はそこまで断言するのだろうか。
「……犯罪歴でもあるのか、その座長とやらに」
『無い』
 夢果は言い切った。それから無駄なく続けた。
『弟を小馬鹿にされただけで相手を半殺しにした程の狂気的なブラコンではあるけど』
「……よっぽど最悪だな」
 犯罪歴があった方がまだマシだった。法律に処された正体の割れた犯罪者よりも、平穏に生きる正体不明な狂人の方が厄介に決まっている。
 そして漸く、この異質な親友の警告の意味が分かった。
 殺される可能性が限りなく高いのだ。その可能性が100%に近似するから、断定形を使っただけのこと。
 ……本当、友という言葉に倣ってもう少し切になってくれても良いのではと思うが、警告してくれるのは有り難い。気に留めておくこととしよう。
「ちなみに、2つ目は何なんだ?」
 これ以上サーカスに行くか行かないかの話をしたくないので、わざと話の先を促す。夢果は分かりやすく溜息を吐いてから言った。
『……サーカスとは別に、君に命の危険が迫ってる』
「……自分は国家スパイじゃないんだぞ……」
 歯牙にも掛けられない程にしがない子供なのだ。何故こんなにも命を狙われなければならない。
 心当たりはあるのだが、自分のせいではあり得ないから、とばっちりも良いところだ。まあ、用心しておくに越したことは無いだろうけど。
「で、それはどういう奴なのか分かってるのか」
『調査中だ――が、こういう文言を所謂暗部ダークウェブで見つけた』
 再びスマホが鳴る。今度送られてきたのはURLではなく(そもそもURLで送られてきても見ることが出来ないだろう)、短い短いメッセージの載せられた1枚の画像。

《その身に『。完膚なきまでの復讐の時だ。心当たる者の連絡を待つ。》

 息を、飲んだ。
「……こ、れは」
『笑えない文言だろ。にとっては特に』
 笑えねえ。
「何故、こんな文章が」
『分からない。ただ、この文が出ているのは、結構前だった――数か月前と言ったところか』
「そんなに前なのか!」
 つい大声を上げてしまった。慌てて抑える。別に他人に迷惑だからという理由だけでは無い――。
『大声出すと傷口が知らぬ間に裂けるんじゃないのかい?』
「ああ、気をつけるよ」
『難儀な体だよね、望んでなった訳ではないにしろ』
 兎に角、と珍しく脱線して自分の身を案じてくれた夢果は本筋に戻る。
『君の身に危険が迫るのは確実だと思う。カナちゃんについても同じだ。どんな形で襲ってきてもおかしくない』
「ありがとうな」
 どんな形で襲ってこようとも、死ぬことだけは避ける。
 絶対に生き残ってやる。
 倒しに来るのなら、倒し返すまでだ。
『じゃ、用件はこれだけだから、通信を切るね』
「はいよ。相変わらずドライだな」
『……ドライに、ってことだよ。逆にここで切っておかないとボクがもたない』
「……そうか」
 ……何となく悟ってはいる。自分とて、そんなに鈍くない。その悟ったをここで確かめるのは、間違いなく野暮というものだろう。
 カナ以外が究極的にどうでも良いとはいえ、夢果は異質な親友。警告だって十分以上にくれた。お礼に気くらいは遣う――親しき仲には礼が必要だ。
「じゃあ、ありがとうな」
『うん。気を付けて』
 それで、呆気なく通話は切れた。
 ……考えることが増えた。その事実は暇潰しには大変良いのだが、内容がよろしくない。
 自分は命を多方面から狙われている。それはつまり、カナにも危害が及ぶということだ。
 当然カナを巻き込む訳にはいかない。だから秘密裏に片付けなくてはならないのだが、現実的にはそれ程の力は持っていない。
 ――否。
 力はある。しかし極力使いたくはない。使うにはあまりにも禍々しいからだ。お札でも貼って封印しておきたい位に。
 戯言か。
「……どうすっかなあ」
 とは言えやるしかない。可能性が1%未満だとしても、自分には選択肢などないからだ。幸いにも時間はある。持てる時間全てを使って、カナを守る最善を組み立てなくてはならないのだ。

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