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『生物失格』 2章、フォワード、ビハインド。(Episode 1)

目次↓

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 人は傷ついただけ強くなれる?
 その腐った脳味噌に銃弾を撃ち込んでやろうか?

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Episode 1:最低と失格の会話。

「気分はどうだね、『失格』クン」
「上々だよ、『最低』先生」
 幽霊擬きに刺されて1週間。刺された傷口は塞がってきていた。『最低』先生こと手荒てあら良辞りょうじの最高水準の技術故だろう。経過観察を経て問題が無ければ退院できるだろうとのことだった。
 正直それはありがたい。ベッドの上は退屈だ。勉強以外にやることがない。目の前にはモニターがあるので一度テレビを付けてみたのだが、何が面白いのか分からない芸人の一発ギャグを観てからというもの興味も失せてしまった。以降、モニターは黒いままだ。
 今の楽しみはと言えば、カナと話をすることだけ――しかも毎日来てくれている。毎日来るのも大変だろうから、とカナには一応言ったのだが、それを聞き入れた上で毎日来てくれている。

 愛されてるなあ、と思う。
 愛を返し切れているかなあ、とも思った。

 ――さて、意識を『最低』先生との会話に戻そう。
「上々ならば良いことだ。せびれる金は減るのが残念だがね」
「……毎回思うけど、本当に最低だよな」
「医療は有償ビジネスだ。無償奉仕ボランティアじゃない。『失格』クンのくるくる空回る頭でもこの先言いたいことは分かるであろう?」
 まあ、分かる。
 所詮医者も患者から金を貰って生きている資本主義の奴隷でしかない。この『最低』先生にとってみれば、患者は金の成る木以上の意味を持たない――ということだろう。
 吐き気がする位欲望に忠実だが、医療の腕が確かであり、正規の金さえ払えば仕事は完全かつ確実に全うするから誰も文句を言えない。
 世間的には嫌な人間だろう。が、自分にとっては、そんなことはどうでも良い――傷を治してカナとの生活に引き戻してくれる限りは、自分はこの医者のことを尊重する。信頼も信用もしないけど。
 誰彼構わず信頼や信用をする程、自分はお人好しじゃない。自分が信頼し信用するのは、カナただ一人だ。

 閑話休題。
 ここまで回した頭で、自分に向けられた「空回る頭」という言葉に反論でもしよう。この『最低』にやられっぱなしは癪に障るからだ。
「分かるけど、人に刺々しい言葉メスを向けるな」
「馬鹿か。メスを持って執刀するのが医師の仕事だ」
「執刀するのは疾患だけだろ?」
「少なくとも思考回路に疾患がある『失格』クンに言われたくはないね」
 ……ぐうの音も出なかった。ずばりその通りだ。思考回路に疾患――いや、欠陥があることには違いないからだ。
 自覚症状はある。
 治す気は無いけれど。
 人間なんて頭の中に何が詰まっていたとしても、それが露呈さえしなければ生活を送ることができるのだから。
 殺人欲求を持っている人間が社会の中に溶け込んでいても、噯気おくびにも出さず振る舞っているだけで危険人物でないと人々は見なすもの。「あの子は明るくて人当たりも良いのにどうして殺人なんか」というニュースによく流れる言葉が、それを如実に表しているではないか。
 ――悪人とは、悪いことを起こした、或いはそれを予告した者のことだ。如何に人相が悪くても、極論人を殺してそうな顔をしていても、悪いことを起こしていなければ、又は予告していなければ悪人ではない――そんな話を聞いたことがある。その通りだと思う。悪人でないから日常に溶け込めるのだ。

 この考えは、悪事を実際に、バレなければ日常に溶け込めるという点で危険ではあるのだが。

「兎に角」『最低』先生の言葉で我に返る。「あともう少し安静にしていてくれよ――ああ、君の場合は暴れてもらって構わないがね。傷口が開くから」
「先生の言う通り、安静にしておいてやるよ」
 それで問診は終わった様で、良辞先生は病室からさっさと出て行った。
 どこまでいっても『最低』だ。だからこそ心地良かった――最低な相手だからこそ、曝け出せるものもある。
 しかし、これでまた暇になってしまった。することといえば勉強くらいだが、既に昨日カナから聴いた範囲についてはやり終えてしまったので特にすることがない。
 退屈だ。とはいえ刺激的なことは何一つ起きなくて良い。只、カナがやって来て楽しくお話をするだけで良いのだ。自分はそれ以上を世界には望まない。これだけ無欲な人間も珍しい筈だろう――。

 こつ、こつと。
 靴が床に叩きつけられる音が聞こえた。それも二つ。明らかにこちらに近づいて来る。そして。
「ここか」
 壮年の男性の声がした。その声の通り、入って来たのは白髪混じりの壮年の男。それと黒光する髪をした若い男。計2人は、どちらもピシッとスーツを着込んでいた。
 一体なんだ、と思っていると男2人が近づき、スーツの内ポケットから手帳を取り出した。
 ドラマや漫画でしか見たことのない、警察手帳だった。
天凱てんがい君だね?」
 堂々と自分のを口にする壮年の男に、自分は軽く頷く。
 それから男は自己紹介をした。
「私は攻河こうが警察署の刑部おさかべという。ちょっと、聞きたいことがあるんだ」
 ……事情聴取、というやつか。
 面倒な――とは思ったが、相手は国家権力を盾にした大人。所詮、少しの後ろ盾しかない子供が勝てるわけもないので、大人しく自分は首を縦に振ることにしたのだった。

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