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移住惑星のディール・メイカー


 ――仲介・・に必要な事はね、相手双方にとって、マシな取引と思わせる事よ。
 自分と異なる一つの相手と、『心の中の自分』という名の相手にマシと思わせる交渉より、遥かに難しい。更にその相手が自分と異なる二つになっただけで、難易度は指数的に跳ね上がる。結果、板挟みになるし、挟まれたまま押し潰される事もある。

 それでも。
 君は、このリウの運命を引き継ぐ?

「――漸く見えた」
 廃線の枕木を鳴らしつつ歩いてから数十分。両手をコートのポケットに突っ込み、男は立ち止まる。
 線路の両脇には、蔦に呑み込まれた電車や、瓦礫を土壌に生える若い樹木が存在する。自然により、人工物は廃墟と化しつつある。
 そんな殺風景で一際目立つのが、咲き誇る紅い花々。風もないのに揺れ、まるで男を歓迎するかの様だ。
 しかし花々には一瞥もくれず、更に先を見据える。

 林立する変哲な形の高層ビル。
 遠目にも技術力を誇示するあの都市こそ、彼の次の目的地。

 紅い花達の揺らめきを受け流し、再び歩き始める。乾いた枕木から木琴の様な心地よい音色が響いた――殺伐荒涼とした風景に全く似つかわしくない、平和な音だ。

 文明都市、ラディカ共和国。

 移住先・・・惑星一の都市と称されたそこは、兎角嘗ての地球の繁栄を再現する事に躍起になっていたと聞く。が、今や繁栄の残骸が其処彼処に散らかるばかりだった。破壊された機械、崩れた建物、潰れた車に、腐らない加工食品。移住して数年でここまで創り上げたのは、ある意味賞賛に値しよう。
 だがそれら文明は、植物・・に蹂躙された。混凝土は木の根に破壊され、僅かに屹立する建物も伸び放題の蔓に隠れている。
 そして道中見かけたのと同じ紅い花々。廃墟の灰色と植物の緑色の混ざる風景の中、一際紅は輝く。それらはやはり無風の中を揺れた――男に手を振るかの如く。
 身勝手な花々に溜息を吐いた途端。


がたん。

 音が聞こえた。
 鋭い視線で音源の方を突き刺すと、人が飛び出て来る。皮膚も服も汚れて破れた、痩せた男。
「あ、ああ!」掠れた声。埃で黒く染まった涙が窪む頬を伝う。「来てくれた、『星間仲介者』! どうか、俺達の事を――」
 助けを乞う様に辟易していると、瞬間、奇妙な事が起きる。
 男の脚や腕から、細長い物質が生えたのだ。痩せた男は驚いて逃げようとしたが、足の裏から生え地面に食い込んだそれに縫い止められてしまう。
「お、おい!『星間仲介者』! 助けてくれ、助けろ! 助け――」
 喉奥から緑色の物質――が生え言葉を奪われた男は、ただ痛みに呻く事しかできない。そして脚から、腕から、遂には人間としての形を喪い――紅い血と命を吸い上げ、一輪の紅い花・・・・・・が咲いた。
 紅い花々。それは国民の成れの果て。
 男は彼らの救援依頼を受け、ここへ来た――。

きみか、噂の人間は」

 背後から声。振り向けば、黄土色の瞳で男を射抜く、土気色の肌の少年が立っていた。
「何しに来た?地球という亡びた惑星から命からがら亡命し、やつがれらと移住契約を結んだ、彼女・・の子孫」
 自分の正体も御見通しか――男は苦笑する。

 ――嘗て、地球は亡びた。
 原因は人類の居住環境の破壊。SDGsは殆ど機を逸し、気温上昇で空気は茹だり、氷河が崩落し、酸性雨が地上を溶かした。追い詰められた人類は他惑星移住計画を前倒し、限られた人数で脱出。
 その移住先がここ、惑星デスタ。地球によく似た環境だが、地球とは似ても似つかない。
「答えよ。何しに来た?」
 質問する土気色の少年がその証拠。
 惑星デスタは、怪物惑星ソラリスの如く意識の在る――それも複数の意識の共存する生命体なのだ。
 『彼ら』との移住交渉は難航した。突如外来の生物を受け入れる程『彼ら』は優しくもなければ阿呆でもない。しかし当時の人間達は食糧と燃料の都合上、ここで締結を目指さざるを得なかった。
 その矢面に立ったのが、後に『星間仲介者』と語り継がれる劉静冷ジンリャン――稀代の天才たる、新惑星開拓戦略担当。彼女の功績により、地球に捨て去った人間の如く宇宙の藻屑とならずに済んだ。
 だが移住後も諍いは彼方此方で起きる。得てして異邦同士は文化文明の違いで衝突するもの。彼女はその仲介をも見事に果たしてきた。

 そして、彼女は数ヶ月前に死んだ。
 そんな彼女の遺志を継ぐ『子孫』こそ、この男――劉鎮静ヂェンジン

「勿論仲介ですよ」鎮静は答える。「無許可に開発を続けた人間と、その怒りで全員を紅い花に変えた貴方との」
「なら解るだろう、僕の望み」
 意識体は片手を翳す。鎮静の足から根が生え、地面に縫い付けられた。
「交渉の余地など皆無。して仲介など」
「いいえ」鎮静は努めて冷静に続ける。「人間は反省できる生き物です。余地は――」
「反省!」
 意識体は叫んだ。同時、鎮静の体の中で植物が蠢く感覚がする。
 失言だと後悔した――意識体は怒っている。
「反省だと! 良い度胸だ『子孫』よ! 喉元過ぎて忘れる程度を反省と宣うなど、に実に良い度胸だ!」
 ごもっともだ。鎮静は内心舌打ちした。
 ――『母』なら、この難局をどう乗り越えるだろうか。きっと奇想天外に丸め込み、丸く収めたに違いない。
 だが自分は――と妄想に逃げそうな思考を引き留める。鎮静は普通の男、突出した才能に欠ける凡人。
 凡人が天才に追いつく方法はただ一つ。継続だ。決して後悔や自責ではない。
 だから口を走らせ頭を回し続けるしかない。
 仲介に必要な事は、常に相手双方に良い取引と思わせる事――と天才は嘗て易きを語ったが、凡人には行い難い。所詮失言をする凡人には。
 それでも果たす。足掻いて天才に追いつく為。

そして、凡人たる鎮静個人の為。

「……我々人類が約束を幾度も破ったのは事実ですから」鎮静は言葉を紡ぐ。なるべく冷静に――静冷の様に。「今更反省などしても不誠実に見えますね」
「ならば、どうする?」
 意識体はからから笑う。植物は今も体内を這いずり皮膚を食い破るのを待っている。
「答えてみよ、あの身勝手の塊共をどう御すのか! 『星間仲介者』の血の一滴も流れとらん『子孫』とやらが!」
 鎮静は稀代の天才たる静冷と血は繋がっていない。故に意識体はこう問うている。
『天才と無縁な凡人に、何ができる?』
 しかしこの瞬間、鎮静は逆に只一つの活路を見出した。
「それでも私は『星間仲介者』の後継者。その肩書で人類は、貴方が無能と思う私を頼ります」
「で?」
 意識体は続きを促した。
「とは言え私は確かに無力――であればこそ」
ここで鎮静は跪く。
 だが彼の見上げる目は、覚悟を燃料に爛々と燃え盛る。
私という仮初の権威に、貴方の真の権威をお借りしたく
 意識体は一瞬、軽蔑に口を歪めた。が、万策尽きたのでなくこれこそが作戦だと、彼の目で悟る。
「……人類としての誇りは無いのか」
「誇りに絡め取られれば早死するだけです」
 まだ死ねない。果たさねばならぬ目的がある。その為なら誇りも捨てる。
 元より――。
「ならば自らの言葉と思考で説得しないのか――『星間仲介者』の如く」
「先も申した通り私は無能。故に、私なりの方策で」
 ――凡人の自分に、誇りなんて大層なモノは無いのだが。
「ふはっ」
 と意識体は笑う。
「ふっ、ふはははっ! 面白い! 汝は確かに『星間仲介者』の『子孫』だな――言葉を弄し心を変えるのでなく、策を弄し状況を変える様だが」
 意識体は鎮静の体内の植物をすっかり枯らした。微笑みながら黄土色の瞳で鎮静を見つめ。
「然し」
 意識体は確認・・する。

「汝は一体、何を目指す? 何の為に、この下らぬ仲介業をする? それに答えれば、力を貸してやる」

「……っ!?」
 青年が目を覚ます。周りには見知った顔が何人も横たわっていた。
 青年は驚きながらも、彼らの体を揺する。
「お、おい! おいっ! 戻った・・・ぞ! 体が、花から人間に・・・・・・!」
 紅い花となったラディカ共和国民――彼ら彼女らが元に戻り、次々目覚めたのだ。
 という事は即ち。
「お目覚めか」
 劉鎮静。彼が――『星間仲介者』の子孫が、依頼を達成したのだ。
 瞬間、国民全員が沸いた。揃って鎮静に賛辞を浴びせるが、彼はそれを制する。
「いや、礼には及ばない」
「そんな謙虚な!本当に私達の命の恩人――」

だから

 声のトーンを分かり易く一段階下げた。その異変に、突如賑やかさが止む。
「礼には及ばない」鎮静は指を一本立てる。「こんな条件を提示されてしまったからな」
 その条件はただ一つ。
「爾後、鉄や土の塊だけでなく植物も植えよ、土地面積の四分の三を超え続けるように――と」
 国民全員唖然とした。
 少しして、「巫山戯ふざけるな」と白髪の老人が怒声を上げる。元々地球上の繁栄の再現に血道を上げた彼らには、受け入れ難い要求だった。
「巫山戯るな! 地球の輝かしい技術の結晶の再現と発展こそ、我ら人間の使命――」
「自分の都合ばかり考えるから」だが、鎮静は容赦なく切り捨てる。「地球を亡し、他人の苦労で移住できても尚、無様に花にされるんじゃねえか?」

自分の都合ばかり考えるから。
平気で間接的に人を殺せるんだ、お前らは。

「貴様……!」
「嫌なら良い」
 鎮静は淡々と言う。
「『星間仲介者』とは言え、流石に約束を反故にされたらどうにもならない――また花にされても文句言うなよ?」
「なっ……!」
 国民全員青褪めた。
 思った通りだ、と鎮静は内心笑む。一度力に打ちのめされ萎んだ者は、その殆どが跳ね除ける為の弾性を失う。
「これで『仲介した』だと! 巫山戯るな!」
「そのまま返すぜ」
 鎮静は溜息を吐く。
「元に戻れて良かったじゃねえか。これ以上何を望む? それに、正直この先、お前らが花になろうが媚び諂おうが移住しようが死のうが、知った事じゃない。だから言ったろ。礼を言われる程――先代程、天才でも優しい人間でもねえ」
 どんな屑をも救った自己犠牲精神の優しい天才程、聖人ではない。
 ただの凡人だ。凡庸に憎悪を懐く、只の人間。
「お前ええっ!」
 一人が殴りに駆けた――が、直ぐその足が止まる。足の裏から根が生えて地面に食い込んでいた。
「もう一度花になるか」
 鋭い視線を、立ち止まる相手の心に突き立てる。
「まあ俺は止めないが」
 続けて相手の腕や脚から――。
「や、やめてっ! 分かった、分かったから!」
 花化がトラウマなのか涙目で訴えると、再び自由になった。思わず尻餅をつく相手に、鎮静は手を差し出す。
「さあ、報酬を貰えるか? 国民の皆サマ」
 渡さなきゃどうなるか、分かるよな?
 鎮静の背後の植物の影に、最早全員、反抗心を喪っていた。

 君は、この劉の運命を引き継ぐ?

 ――静冷は、移住後も数々の仲介を果たした。人類と惑星が仲良く暮らせる星にと願う優しい彼女は、天賦の才を惜しまず振い、人類に貢献した。
 しかし、あまりの人間達の勝手さに怒髪天を突いた意識体の一体が、約束を反故にし、仲介者の静冷に呪いを掛けた。
 以降彼女は手足から徐々に腐り、遂に寝た切りになった。そんな彼女を介護したのは、嘗て彼女が助け長年保護養育した青年――現在、劉鎮静と呼ばれる男だ。

 鎮静は病床上の彼女の問いに頷いた。対して静冷は、寿命を搾り切るまで教え続けた。
 使うべき時は反抗する気も失せる程の力も使え、但し濫りには使うな、も教えの一つ。これら教えを武器に、鎮静は各地の仲介をこなす。
 だが彼は静冷の思いを――人類と惑星が仲良く、なんて妄想を果たす気は、毛頭無い。

『汝は一体、何を目指す? 何の為に、この下らぬ仲介業をする?』
 先の意識体の質問への、彼の答えはこうだ。

『母』を間接的に殺した、
身勝手な人類に復讐する為。

 仲介に必要な事は、常に相手双方にとりマシな取引だと思わせる事――彼は、自分とは他の人類にとって死ぬよりマシだが生きるには辛い、しかし最もマシな条件で仲介を果たし続けている。
 そしてこの仲介は『復讐を望む自分』という相手にとってもマシだった。
 凡庸な激情を懐く彼はその激情故に、二者の仲介だけでなく、その二者と自分との交渉をも同時達成する非凡を成している。
 彼は、今もそれに気付いていない。意識体が彼の非凡さを買い、仲介交渉に応じた事さえも。

「――さて、次の仲介に向かうか」
 報酬の金銭袋を弄ぶ鎮静。
 紅い花がすっかり消えた灰色と緑色の殺風景を背後に、次なる依頼復讐の地へと向かってゆく。


(空白除き5,000字)

※こちらの作品は、『第6回空色杯』【500文字以上の部】の参加作品となります。下記ツイートのイラストを元にイメージを膨らませ作品を執筆する企画です。ご興味ある方は是非!

ライナーノーツはその内書きたいと思ったら書きます。

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