D.D.G. -Hope to Live, Want to Kill- (Sequence 6.)
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Sequence 6:Not Acknowledge.
戦に必要なのは、まず自らの戦力を知る事だ。
『彼を知り、己を知れば、百戦殆うからず』という有名な言葉には『彼を知らずして、己を知れば、一たび勝ちて、一たび負く。彼を知らず、己を知らざれば、戦う毎に必ず敗る』という続きがある。要は己の戦力を知らなければ、どの程度の敵ならば相手に出来るのか、またどの様な手法が取れるのかを計画する事が出来ないということだ。
古来からの大原則を言葉ではなく肌で実感していた報炉は、自らの持つ記憶端子の確認から始める事にした。自らを知らなければ、憎き上層を絶滅させる事は叶わない。ましてや、関門を抜けることなど。
「……これで全部か」
「だなァ」
確認できた記憶端子は次の通りであった。
Laser Runner――高速走者。
Hulk Power――破壊者。
Non-Gimmicker――奇術師。
Super Scientist――超能力者。
Human Cutter――剣士。
Dater――計略家。
As-Other――変装者。
Rabbitman――跳躍者。
System-Cracker――ハッカー。
Yummaker――料理人。
「この中から連続して使えるのは最大3つだ」
報炉は更に情報を開示する。
「4つ目以降は過報に陥って体が使い物にならなくなる。つまりはお前らの力になれなくなる――丁度今みたいな感じでな」
降参するように、座り込んで両手をお道化て広げる報炉。
冗談言え、と淡落は思う。本当に使い物にならないなら、自分たちに対して行ったように、一気に複数人を相手取って戦況を支配することができるものか。
「信用してねェ顔だな」報炉は苦笑した。「戦況分析は基礎中の基礎だぜ、リーダーさんよォ。頼むぜ――ここにいる連中を相手するより、中層以上の人間を相手にするのは骨が折れるんだ。俺様なんか何の役にも立たねェぜ?」
「分かっている」
それでも、この男には只者ではない何かがある――淡落はどうしてもその思いを拭い去れなかった。
「次にお前達だが、全部で何人だ?」
「34人。1人は今は戦えないが」
先程自ら銃撃してしまった仲間を思い出す。奇跡的に臓器は貫いておらず、傷口を焼き塞いで一命はとりとめたが、とても戦いに出せる状態ではなかった。しかし、報炉にとっては何の問題もなかった。
「まァ、その1人は代わりに俺様が入ってチャラに――」
その時だった。怒号が2人のいる場所へとずんずん近づいて来る。声には憎悪が混じっていることを報炉は敏く見抜く。
「……っざけんなよ、中層の屑野郎がっ!!」
はっきり聞こえた罵声と共に姿を見せたのは、女性だった。くすんだ銀髪は背中まで伸び、吊り目の碧眼にはいまだ憎悪の炎が宿っている。目鼻立ちはくっきりしていて美人であったが、栄養失調によるものなのか、体は病的なまでにやせ細っていた。それでもはきはきと動くことが出来るのは、体の中に巣食う憎悪を絶えず燃やしているからだろうか。
「……いい加減落ち着け、病骸」
「これが落ち着いていられますかっ!? 淡落さん、アンタ一体どうしちまったんですか!! この屑野郎に力を借りるなんて!」
頭に血が上っていて、淡落の話に全く耳を貸す気配はない。その様子を見て、コイツは邪魔だな、と報炉は冷徹に分析した。
「大体、未良が銃で撃たれたのは、元はと言えばこの屑野郎のせい――!」
瞬間、報炉が動いた。座り込んでいた姿勢から足で地面を蹴って一気に起き上がる。あまりの威力に銃声のような鋭い破裂音が鳴り響く。それに驚いた女性――病骸は咄嗟に反応しようとするが、その咄嗟前の僅かな隙を狙って眼前で手を叩く――猫騙し。
更に隙を作ってしまった病骸に勝ち目がある筈も無く、胸倉を掴まれて俯せに地面に組み伏せられる。そのまま背に回り、両腕を背中に垂直になるように上げて抵抗を奪った。鋭い破裂音の反響が止んだのと、ほぼ同時。
「そいつァ聞き捨てならねェな」
報炉は笑みを浮かべていた。そこには苛立ちが混じっていた。
「元はと言えば俺様のせい? 違うな。更に元を辿れば話を聞かなかったお前らのせいだ」
「っ、中層の屑野郎、がっ……!?」
報炉は上げさせた両腕を肩側へと押し出す。みしりと関節が鳴り、病骸は苦痛に表情を歪めた。
「屑野郎屑野郎言っているが、じゃァお前は戦場で何が出来るんだ?」
報炉の顔には最早笑顔は無かった。苛立ちを全く隠しきれていなかった。
そう、コイツは邪魔だ。戦にとって、こんなに邪魔な存在はない。
「何が出来る、だと……! 私は人を殺せる……っ!」
「それは基本中の基本だ。お前はそれだけで戦場で生きていけると思ってンのか? あァ!?」
腕を更に肩の方へ動かす。あと数ミリで関節が外れて本当に戦場で使い物にならなくなるだろう。
「良いか、ぴよぴよ鳴くヒヨッコのお前に戦の基本を教えてやる。情に任せるな。色々な意味が込められているが、ヒヨッコにくれてやるのは次の通りだ、よーくその柔らかい脳みそに刻み込んでおけ。戦場では、言うことを聞かずに感情任せで特攻する奴から死んでいく。引いてはお前の仲間達をも危機に晒す。お前が慕っているダラクという男すらもなァ」
「……っ!」
「直情径行で感情の制御も出来ないおこちゃまヒヨッコには、難しいかもしれねェがな」
ぎゃは、と漸く笑いながら腕の拘束を外し、横腹に一発蹴りを入れた。肉付きが良くないので骨にほとんど直接当てられる形になる。体を転げ回されながら更に苦痛で呻く。
「次、俺様に襲い掛かって来たら半殺しだ――二度と普通の生活すら送れねェ体にしてやるよ」
「……報炉」
淡落は、頭を下げた。
「すまない。コイツは俺の指導不足だ。後で言って聞かせる」
「淡落、さん……っ!」
病骸は、自分のリーダーの痴態を見るに堪えず、反抗心から呼びかけたが。
「良いからお前は落ち着け!」
淡落は怒鳴りつけて返した。返してしまった。しまったとは思ったがもう後に引けない。
「未良を撃ったのは俺だ! 話を聞かずに襲い掛かったからこうなった! これは事実だ、曲解でも何でもない! 確かに俺達は上層を憎んでいる、中層に対しても羨望と嫉妬、ひいては憎悪だって抱いている! だがどうすると言うんだ! 用意された食糧がなくなれば、どの道俺達はあの関門に向かわなきゃならねえ! 俺達だけじゃただ捕まってあらゆる実験材料にされるか、実験に殺されるかしかねえ! 俺は!」
淡落は、一度切って続けて息を吸い、一言だけ放った。
「お前達を、仲間を、もう誰1人犠牲にしたくねえんだよ!」
その言葉に病骸は放心した。数秒表情が固まって、それから顔を伏せて体を震わせた。泣いているのか、と報炉は思った。淡落に言われても消えない憎悪を燃料に悔しさで泣いているのか、無力感に苛まれて泣いているのか。報炉にとってはどっちでもよかったが。
淡落は病骸に近寄り、背中を撫でてやった。長身の彼女の背中が小さく見えた。
「少し戻って休め。その方がお前の為だ、病骸」
頷く様に首を動かして病骸はのそりと起き上がり、顔を腕で覆い隠したまま歩き去って行った。後でちゃんと慰めてやらねえとな、と頭の中の予定に組み込みつつ、報炉に向き直る。
「……悪かったな」
「活きが良いのは別にどうでも良いんだがな、躾くらいはしっかりしとけ――生死に関わるんだからよォ」
後々厄介な存在になりそうだ、と思いつつも一旦彼女の事は意識の外に置くことにした。
しかし、先のやり取りを傍聴して他にも訊きたい事が出てきていた。特に、『用意された食糧がなくなれば、どの道俺達はあの関門に向かわなきゃならねえ』という言葉の意味を。
勿論、先にも聴いた通り此処は実験体の飼育場だ。そうであれば食糧は大切だ。実験体をみすみす餓死させる訳にはいかないから、上層が食糧を用意する。此処は理に適っているだろう――とてもこの荒廃した世界では、自給自足はほぼ望めない。
なのに、まるで淡落の口振りからは、実験者である上層は態と餓死を狙っている様にしか見えない。下層の人間達は餓死をしたくないから、生きる為に――食糧を得る為に仕方なく関門に反抗しに行き、そして無惨に殺されていく。
報炉は思った。
この実験は一体何を調査しているんだ?
こんなのは実験体の無駄遣いだ。どころか最早実験ではなく、娯楽代わりの趣味の悪過ぎる虐殺にしか見えない。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではなかった。報炉は本題に戻り、次に相手の力量を測りにかかる。
「で、話を戻すが。関門について知っていることはあるか?」
「……大体はな。此処に居て長いから、どんなもんがあるかは粗方」
淡落は斜め後ろに聳える関門を見上げた。
「1つ目は、見ての通りの高さだ。まずジャンプだけじゃあ並の人間は辿り着けない。2つ目は、セキュリティシステムだな。関門には出口が1つしかない」
言いながら目線を30度程元に戻す。目線の直線上に、件の出口が存在する。
「その出口には2人の人間の門番がいる。何か問題があればすぐに防衛システムが作動させられる。仮にその門番に怪しまれなかったとしても、その次も難題だ。顔認証、指紋認証、生体認証のオンパレード――それらをやって初めて、1人分がやっと通れる通行口が出来る」
「詳しいな」
報炉が茶々を入れると「前に、関門を通る上層の野郎を見たことがあるからな」と即答した。
「で、3つ目はその防衛システムだ。壁に銃火器などが埋め込まれていて、あっという間にハチの巣だ。定期的に関門の前には穴だらけの人間が血の海に浮かんでいる――このクソみたいな世界から抜け出そうとした死骸がな」
そして下層の人間がそこに回収に来る、食糧にするため、或いは骨を使って武器を作る為に。彼らについて門番は干渉しないらしい。門の前を掃除してくれてありがたい、とでも思っているのかもしれない。
「俺の知る限りはこの3つ。これら全てを突破しないと中層には辿り着けないってことだ」
「中層から此処に来るのとは随分勝手が違ェこった」
報炉は自らの脳に収められた絡生の記憶と照合して言った。彼女の記憶では、この下層に来るためには身分証があれば十分だった筈だからだ。中層から下層に行ってしまうより、その逆の方が遥かにリスクだからだろう、と報炉は自問自答を一瞬で片付けた。
「で、それをとっとと越えなきゃならねェ。でないと玉砕覚悟の特攻必至だと、そういうこったな」
「ああ」
淡落は、自らで説明しておいて気落ちする。こんなに堅牢な守りでは、中層の姿を拝むことなどできる筈もない――。
「楽勝だな」
しかし報炉は、淡落の不安と絶望をあっさりとばっさり切り捨てた。
敵を知り己を知った彼が出した結論は、完勝の2文字であったのだ。
「……何?」
あまりにあっさりと言うものだから聞き違えたのだと一瞬思ったが、そんな筈は無いと否定する。確かに彼は言ったのだ――楽勝だ、と。
「何を以て、楽勝だと?」
「突破口が見えているからだよ」
報炉は言う。
「要は、高い壁に登らず、防衛システムすら立ち上げずに、門番を宥めすかして、三重の認証システムを突破すれば良い訳だろ? ンなことは楽勝だ、って言ったんだよ。記憶端子1つで十分だ」
「……」
馬鹿な、とまだ淡落は受け入れられない様子だった。そんな様子が面白いのか、ぎゃははは、と笑いながら先刻別の意味で吐き捨てたのと同じセリフを吐く。
「信用してねェ顔だな」
「……信用は、し辛いが」
しかし、本当に虚勢を張っている様には見えない。それだけこの男(女?)の言葉には自信に満ち溢れていた。
「仲間が助かるのならば、それ以上の事はない」
その時だった。
『甘えは捨てろ』
記憶の奥底から、また声がした。
嘗て、自ら殺した親友の声が。
何故、今突然聞こえてきたのかは分からない。分からないが、何かしらの警告の様にも聞こえた――この男を信用するな、と。
しかし、どうしろと言うのだ。淡落は記憶の中の友人に叫んだ。腹の中に何を抱えていようとも、彼に頼らなければどの道俺達は全員死ぬ。
もう見たくないんだ。仲間が壁の中から出てきたガトリング砲に蜂の巣にされる図は。それを観客宛らに見る上層のニヤけ面も。嘲笑う様に立ちはだかる関門も。お前を殺さないといけなかった悪夢と、同じ光景も。
淡落は、物言わぬ死人に尋ねてみたくなった。
この状況に立ったら、お前は一体どうするつもりなんだ、と。
「……で、どの記憶端子で行くつもりなんだ」
淡落が尋ねると、報炉は「そりゃァ」とポケットに手を突っ込みながら、該当する記憶端子を――。
ガラン。ガラン。
「……あァ?」
突如、空き缶同士をぶつけた様な軽い金属音が鳴り響く。それを聴いた途端、淡落が直ぐに立ち上がる。飛ぶ様に起き上がった体に敵意を纏っているのを感じた報炉は、淡落に尋ねる。
「っ、何なんだよ、この音はァ!」
「敵襲だ!」
淡落は短く答え、部屋を駆け出し階下へ飛び降りてゆく。
成程、この集団には見張り番がいるということか。危機が迫れば音で知らせる。部屋の外で数秒間だけ人の走り去る音だけが通り過ぎて行ったのを見るに、統率も良く取れている。
ところで。
「……敵、ねェ」
敵。
下層における敵。それは間違いなく、同じく下層に住む人間達。
狙いは恐らく、食糧か。生きる為の必須アイテムを奪いに、攻め込んできた。
「……ぎゃは」
報炉の瞼が途端に重くなる。意識を絡生に受け渡す時間だった。
掻き消える意識の中で、報炉は誰にも届く筈のない言葉を思い浮かべる。
上層のクソ共。
お前らなどより、下層の奴らの方が余程人間らしいぜ。
髪が、黒に戻ってゆく。
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