カオクズレ
「――カオクズレ見たら、殺さないかん。
そう言われてるけど、カオクズレってそんなに悪いのかな。
そうは思えない。
「クズレちゃん」は、悪い子なんかじゃないもの。
さいしょは「かげ元神社」の草むらに体育座りしてたときに会ったっけ。
その時の顔ったら、鼻とか口がなかったり、にょきりと出てきたり、目が4つとか1つとかになったり。ひどい福笑いみたいだった。
それがおもしろくて、いっぱいお話しして、それでなかよくなったんだよね。
ナイショのお友だちとして、おままごととか、あやとりとか、福笑いとかやったな。福笑いが一番楽しかった。笑うと顔くずれちゃってさ。
何日かして、大親友のフタちゃんがやってきた。さいしょはあぶないよって言われたけど、色々話して、何やかんやいい友だちになってったなあ。カオクズレってあぶなくないじゃん、ってフタちゃんが言ってたのはうれしかった。
「クズレちゃん」は悪い子じゃないって伝わったから。
そして今日、顔がちょっと整って人の顔になってきてた。
そういえば、ママが言ってたな。カオクズレはだれかの顔に似てくるんだって。
フタちゃんも「おお、顔がしゃんとしてきたね」って言ってた。
それから、にこにこして言ったの。
これなら、お外を出歩けるじゃん!
それで夕方、学校終わりに待ち合わせしていっしょに走ったの。
町一番の川の横の下校道。オレンジ色に光る石の道を走るわたしたちを、ほほえましそうに、大人たちと空飛ぶ鳥がながめてる。
たぶん、うれしくて顔はまたくずれてたんだろうけど、暗くてかげになってたから、どの道分からなかっただろうなあ。
楽しかった、ほんとに。
あ、お母さんが下で呼んでる。
そろそろごはんだから、今日の日記はここでおしまい。」
――僕は日記を閉じた。
毎日書かれ、12冊目に到達していた日記帳は、この2週間前の日記を最後に半分以上白紙のまま残っている。
顔を上げると、にこにこ微笑む女の子――日記の所有者、雛酉番ちゃんが行儀良く座っていた。
「読ませて貰ったよ、ありがとう」
番ちゃんは微笑みを崩さぬまま日記帳を受け取る。可愛らしい。
「どう?クズレちゃんのこと、分かった?」
尋ねてくる番ちゃんに答える。
「良いお友達だったんだろうな、ってことは。でも、もう少しお話を聞かせて欲しいな」
「もっちろん。まかせてよ!」
笑顔のまま胸を張って答えてくれた。僕は手帳とペンを手にする。
相手が誰であれ、仕事はキチンとこなす。
さあ、インタビュー開始だ。
「番ちゃんが陰元神社でクズレちゃんに初めて会った時、逃げようと思わなかったの?」
「うん」
番ちゃんは笑顔で頷く。頷いてから10秒以上沈黙が流れた。
……どうやら回答は終わりらしい。まあ、ありがちだ。この場合、僕から話題を振って話を引き出すのが良い。ペンを走らせながら再質問する。
「どうして? 大人は皆怖いって言ってるし、そんなの見たら普通びっくりしない?」
「ふつうとちがうからってだけで、大人はみんな遠ざけるよね」番ちゃんは笑顔を崩さない。「ま、子どももだけど」
「……その通りだ」
子供らしからぬしっかりした答えだと思いつつ、今の回答からは『大人の様な恐怖心を持たなかったからこそ、カオクズレに近付いた』と読み取れる。
好奇心猫をも殺す。相手が怪異であれ、結果的に楽しく遊べれば友達同然――そしていつの間にか怪異に呑まれ、周りを混沌に陥れる。ホラーでは良くある話だし、危機感の欠如した子供にもまた、よくある話だ。
……気を引き締め直し、ペンを走らせる。
「クズレちゃんのこと、お母様に話したことないんだよね?」
「うん。お母さん、どうせ信じてくれないもん」
……なるほど。
「クズレちゃんってどんな子?」
「クズレちゃんは楽しくてすごい子だよ。お話も楽しくて、どんな遊びもすぐ覚えちゃうんだから!」
話している番ちゃんの笑顔は一層強まる。
まるでパーツが崩れそうな位に。
「おじさんもお友だちになろうよ! そしたらクズレちゃんのさいしょの大きいお友だちだよ!
……おじさんかあ。ま、30歳前半男性なんて、少女から見たら年増の男だよな。
それはさておき、頃合いか。
「……ところで、話は変わるんだけど」
「うん」
「どうして日記を書かなくなったの?」
毎日書かれ、12冊目に到達した日記。
それが突如2週間前に止まったのは、不思議以外の何物でもない。
「うーん、飽きちゃってさ」
ペンを走らせる。
「それに、クズレちゃんと遊ぶ方が楽しいし」
……これ以上聞いても何も出ないだろう。
なら次。
「それと、日記にもあったフタちゃんの事。番ちゃん、何か知らないかな?」
フタちゃん――蒼空蓋羽ちゃん。
彼女は、1週間前に失踪が判明。現在両親が町中にビラを貼り、警察も捜索中だが一向に発見できず。
1週間前。
そう、あの最後の日記が書かれた後に何かがあった。
最悪の場合――。
「大丈夫だよ」
番ちゃんは微笑みを崩さずに断言した。流石に驚いて少し言葉が詰まる。
大丈夫? 1週間も失踪している大親友の、何がどう大丈夫なんだ?
「……どうしてそう思うんだい」
「そりゃ分かるよ、お友だちのことだもの」
「……そっか」
ほぼ確信した。
番ちゃんは――目の前の子はクロだ。
僕は彼女の両親から依頼を受けた。
雛酉番ちゃんが本当に自分の娘であるかどうか確かめて欲しいと。
――この町には、カオクズレという怪異がいる。所謂ドッペルゲンガーみたいなモノで、誰かの顔に似てきて、そいつを殺し成り代わる。
残念ながら雛酉番ちゃんは殺された。今目の前に居るのはカオクズレで間違いない。
インタビューに不自然さはあった。子供らしからぬ受け答えはまだしも(こんな事思うから「おじさん」なんだろうな)、お母様にカオクズレの事を話したことが無いなんて嘘だ。番ちゃんは、お母様に口を滑らせ怒られた事がある。だからお母様から依頼を受けたのだ。それが3日前。
親友の蓋羽ちゃんの安否も我関せずだし、あの日記もおかしい。あれは番ちゃんの視点で読むのが普通だが、「クズレちゃん」の視点でも何ら問題なく読める。
多分、あれを書いたのはクズレちゃんだ。で、やってみて楽しくなくて止めてしまった、とそんな所だろう。
極め付けはお母様の呼称。日記には、「ママ」と「お母さん」の2つの呼び方がある。インタビューにもあった「お母さん」が番ちゃんの本来の呼び方だろう。
なら、「ママ」とは一体誰を指す?
「気付かれてるよね」
番ちゃん――否、カオクズレから声をかけられた。男と女が混ざった様な奇妙で異様な声。
顔は一瞬で崩れた。鼻の下に右目、額に左目が移動し、上唇と下唇が分離し十字形に交差する。
「何で気付いたの?」
「あんな杜撰な受け答えじゃあね」
ペンを手帳に走らせ続け、ページを捲って書き続ける。
「やっぱ練習しなきゃだね。ところで如何するの? このままお前を殺すけど」
目が5つになる。十字唇は回転する。
「それは楽しくないな」
「お前の感想など如何でもいい。にしても随分余裕だね。この状況で、記事のネタでも書き続けてるの?」
「ふむ」
僕はペンを止めた。
よし、間に合った。
「何で、僕がオカルト記者か何かだと思ったんだい?」
手帳のページを4枚千切り離す。梵字を基礎とした儀式文字と幾何学模様の書かれたそれらは、青白い光を放ってヒラヒラ僕の周りを浮遊する。
流石にカオクズレは僕の正体を察したらしい。十字唇の回転速度が上がる。
面白い光景だ。友達にはならないが。
「お前、退魔師か!」
「御名答」
言った瞬間、顔のパーツが全て沈んで消える。のっぺらぼうの中央を横切る様に亀裂が入り、上下に大きく開かれた。中には鋭利な牙が生え揃う。
口を開けっ広げにし、突進。
「友達になれええっ!退魔師ぃぃぃ!!」
「お断りだ!」
浮遊する紙の一枚を摘む。忽ち青白い光を帯びて刀の形へ。
襲い掛かるカオクズレの顔に一閃!
「ぎえええええっ!?」
咄嗟に避けられそうになるもヒット。顔面を削ぐのが精々だったが、その切れ端は砂と崩れた。
「貴様ァ!」
「女の子がそんな声出しちゃ駄目だよ」
本当の性別は知らないけど。
続けざまに一閃。今度は体に縦の斬撃、手応えアリだ。
「ぎああああああっ!!」
産まれたばかりの怪異だからかやはり歯応えは無いが、柔らかい方が切り易くて良い。
すると、カオクズレの顔が整い始める。
「や、めて」
……やるね。
この期に及んで、雛酉番ちゃんの顔になった。血を流す所まで再現している。
凄い。
しかし、それまでの話だ。
相手が誰であれ、仕事はキチンとこなす。
そして、「カオクズレ見たら、殺さないかん」。
刀でカオクズレの顔を両断。番ちゃんの顔で壮絶な表情を浮かべてから、体が崩れ去った。
……まだだ。
部屋の扉が吹き飛ぶ。金髪の似合う女の子――蒼空蓋羽ちゃんの形をしたカオクズレのお出ましだ。彼女の顔のまま、鋭い爪で僕の体を突き刺しに掛かる。
が、それしきの奇襲も想定済み。
だから『式紙』を4枚も用意しているのだ。
1枚を使用。瞬時に巨大化、壁の様に僕の前に立ち、刺突を弾き防ぐ。
奇襲失敗、と顔を崩すカオクズレに、返す刀で顔を切断。体は砂塵と化した。
「……あまり、気分の良いもんじゃないね」
少女の顔をした怪物の残骸を背に、部屋を出る。剣と盾に変化した2枚の『式紙』は役割を終え、蒼く燃えていた。
別室では、番ちゃんの両親が待っていた。
「……やはり、そうだったのですね」
察して、俯いたままのお母様。一方お父様は毅然さを繕っている。
「ええ」
でも、僕は申し訳ないとは思わない。退魔師として当然の事をした迄。
仕事に私情を挟む奴は死ぬ。
身を以て、僕はそれを知っている。
「ですので、退治しました」
「本当に……」
お母様は膝を折り顔を手で覆う。お父様が彼女を介抱する様に背中を摩る。
僕はいつも通り依頼人を労る様に声を掛けた。
「まずは心の整理を。対価はそれからで構いませんので」
「……はい」
「ならば今、対価を」
手が伸びる。腹に、刺突される感覚。
お母様の顔は崩れていた。ついでに隣のお父様も。
やはり、娘がカオクズレになって無事で済む筈がないのだ。恐らく僕に依頼の電話をした後にでも殺されたか、或いはその時にはもう手遅れだったか。
いずれにせよ、秘密を知った人間は生かしておけない。
雛酉家は、とうの昔に終わっていたのだ。
ふむ。さて。
平気なまま、僕は再びペンを走らせ始める。
これから長くなるぞ。
「……何故っ!?」
驚愕していた。不意打ちで殺せたと思ったからだろう。
甘い。何年退魔師をやっていると思ってる。
『式紙』の残る2枚の内1枚を腹に貼り付け、防御に用いたのだ。
残る1枚は、コイツらを葬る為に。
剣の形を取り、伸びて来た腕を切断。
「ぎあああああっ!」
「貴様っ!」
お父様は口から鋭利な舌を高速で伸ばす。そんな攻撃もあるのかと学習しつつ避け、舌を切断。
両者が悲鳴を上げる間に、顔を両断。2つのカオクズレが砂になって死んだ。
ふむ。不意打ちや奇襲さえ躱せれば、それ程強くなさそうだ。
思う僕は、しかし手帳にペンを走らせ続ける。
走らせ捲り走らせ捲り走らせる。
急がねば。
雛酉一家がやられた。蒼空一家も恐らく。2つ家族が全滅しただけでも、侵略には充分。
そう。
子供はいつの間にか怪異に呑まれ、周りを混沌に陥れる。ホラーでは良くある話だし、危機感の欠如した子供にもまた、よくある話だ。
つまり、予想が間違っていなければ、僕が来たこの町は――。
雛酉家の邸宅を出る。
西陽差し込む橙色の町。夕陽を逆光に、無数にも思える人影が立っていた。あまりに多いので影が溶け合い1つの生命体になっているかの様だ。
その全員、只1つの例外なく顔が崩壊していた。
口も無く口々に、皆「友達が殺された」と鳴いている。
「……この仕事、誰に報酬貰えば良いのかな」
手帳の残り枚数は50枚。
溜息を吐きつつ、僕はカオクズレの町に立ち向かう。
了
(空白除く4,994字)
※こちらの作品は、天野蒼空さん主催『空色杯 500文字以上の部』への参加作品です。AI生成イラストを元に字数制限の下小説を作り上げる企画です。今回も楽しませて頂きました、ありがとうございました。
参加元のツイートは下記です。
1番後ろにいる子供の顔が崩壊していた所から着想を得て作成しました。他の詳しい事はその内ライナーノーツでも書きます。