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死なずの魔女の恋愛譚(ファンタズム) 「零、最悪な景色。」

 かつ、こつ。かつ、こつ――靴で鉄を叩く音が、麗かな春の深夜に鳴る。
 東京都墨田区。そこにそびえ立つ日本国のランドマークにして電波塔――東京スカイツリーを、1人の少女がリズミカルに登っていた。純白のブラウスに桜色のカーディガン、薄緑色のスカートという装いの清廉な印象の少女だ。
「よっ、ほっ」
 金属音とセッションを奏でる様に可愛らしいかけ声をテンポよく発しつつ徐々に登っていく。目指すは、地上450メートル地点にある展望回廊。既に半分以上登っているからか地上よりも強い風が吹き流れる。お蔭で、黒髪と春色のコーディネート服を乱雑に揺らされることになるのだが、少女は気にも留めない。
「もうちょいかなあ」
 呟きながら、世にも珍しいの瞳で空を見遣る。
 その空は、だった――深夜であるにも関わらず。子供の無邪気な落書きの様に、夜空はオレンジ色にすっかり塗り潰されている。
「……この空の色にもすっかり慣れちゃったねえ」
 嫌だなあ、と露骨に溜息を漏らす。直ぐにその溜息を連れ去る様に、ぴゅうとまた風が吹く。
「……早く展望台に着かなきゃだね」
 少女は再び歩を進める。かつ、こつ。かつ、こつ。

 ――
 東京スカイツリーは電波塔でありながら観光名所である。従って当然必然、営業時間が存在する。今は深夜、つまりは営業時間外であり、東京スカイツリーの中に備わるエレベーターを利用することはできない。ましてや、普段から立ち入りを禁じられている非常階段も。
 では。

 

 答えは単純かつ馬鹿げたモノだ――東京スカイツリーの。少女は今、物理法則を一切無視してスカイツリーに2本の華奢な脚で立ち、あまつさえ歩行しているのだった。顔には恐怖など皆無で、むしろ修学旅行に出かける学生の様な笑顔をしている――何かを、待ち望んでさえいる、きらめいた表情だ。
 異常だ。
 しかし、橙色に染められて『』と化した東京都においては、そんなものは今更な指摘でもあった。
「よっ、とっ、とっ――とう!」
 掛け声と共に、少女はとうとう展望回廊に着陸した。より強くびゅうと風が殴りかかってくるが、飄飄と受け流す。
「おー!」
 目の前にはオレンジ色がかった街並み。建物も車も、山(何かに跡が残っている)も、川でさえも橙色――異常と化した東京都墨田区の全景が見渡せる。
!」
 少女は奇をてらう訳でもなく、本心から真心込めて侮蔑を吐き捨てた。
 そう――少女はこの異常と化した世界が嫌いだ。きらいでいやいやいとわしい。どんなに言葉を尽くしても足りない程、少女は世界を呪っている。
 、少女はこの地上から高い場所に来たのだ。
「……ほんと」
 展望台に座り込み、鬱々と倦んだ目で世界を見渡し始める少女。
 彼女が、物理法則を無視して煽る突風の中を歩き、異常な街を一望する展望台にまで登って来た理由は、ただ一つ。


 ――である。




***

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