GirlsjustwannaFun

おはようございます。

今日は私の生活直接の話ではないんですが、色々な皆さんにちらっと覗いていってもらえると嬉しいなと思って書いています。題名を見てきてくださった方いたらすみません、好きな曲からなんとなくで付けました。
以前日本にいて、語彙にもキャパにも余裕があったときは、積極的に思うことを話していかないとと思っていたのに、最近はするっとスルーしちゃってることも多い気がして。SNS以外にも発信する場をせっかく作ったことだし、長年考えていることも含めて、ちょっと文章にしてみたいと思います。

この間のtandemで、女性の子育てと仕事の両立は、どこの国でも難しいんですね、みたいな話が出て、その話や議論自体はすごく面白かったんだけど、そのあと家に帰って思ったんです。あれ、なんで、そもそも女性を前提としたことになってるんだっけ、って。子育てと仕事を両立するのは、母親だけの問題じゃないはずなのに、もうそもそも話の主語が「女性」になってたって気がついたんです。
まず、それが今に社会においては現実ってことなんですよね。子育ては女性の仕事、っていう、もう根底の根底にその前提条件がこびりついちゃってる。

今の男女平等って、残念ながら平等ではないって私は思っています。少なくとも今日本で言われている男女平等は、「女性も男性と同じように働いていい」「女性が男性と同じ土俵に上がって勝負していい」っていうもので、常に基本値や基準は男性にある。女性が男性と同等になるために必死こいて、無理をすることで、ようやくちょっと手が届いているような、そんなものなんだと思うんです。それはある程度自然で、仕方のないことだとは思います。女性は家庭に入るもの、という文化はあったわけだし、歴史や社会を作ってきたのは男性だったわけだから。でも、それではやっぱり、女性の立場からすると、無理の域を出ないんです。
子供を授かって十月十日お腹の中で育てること、出産、授乳、これらはどう抗っても、女性にしか出来ないことですよね。そしてこれは文字どおり、尋常じゃないことです。その間のキャリアはストップせざるを得ない。そしてそのときのために長年の間、月に1週間は生理で、生理痛や不快感を抱えて生活します。程度は人によりますが、痛くても辛くても体調がどれだけ悪くても、笑顔で普段通りのクオリティを求められる期間が月1で巡ってきます。これが、女性の性別をもって生まれてきた全人類が、おぎゃーと泣いたその瞬間から背負うハンディキャップです。今、何を大げさな、と思った人がいるとしたら、それが男の方でも女の方でも、その考えを今すぐ捨てて欲しい。れっきとした事実であると同時に、当たり前なことではないんです。すごいことだと思うんですよ。
女性には女性特有の、こういう特徴と事情を抱えて生きている。その上で、なにひとつ無理をすることなく、なにひとつ諦めることなく、自分の意思に基づいて、行きたい人生を選べるようになって、その上で就職も、昇進も、給与も、同じ条件でもらえるようになって、初めて男女平等っていえると私は思います。キャリアか子供か、なぜ女性だけが悩まなくてはいけないのか。恋愛か仕事か、なぜ選ぶのはいつも女性なのか。それを言うなら、男性が仕事を辞めて女性についていくことだってできるはずです。まず、どちらがどれだけ育休を取るか、どちらが仕事を辞めるか、話し合いをそこから始めることだってできると思うんです。

あとは長年の私の疑問を、勇気を振り絞って書いてみると、どうして「私今生理なんだよね」って人に言うことは、タブーなんでしょうか。不思議なんです。トイレに行きたくなるのや、汗をかくのと同じ生理現象なのに、なぜ隠さないといけないのか。頭痛いとか風邪っぽいのは堂々と人に言えて、学校や仕事も休めるのに、生理だと人に言うのはなぜか恥ずかしくて、生理痛で休むと少し引け目を感じたりする。
生理中の辛さは本当に人によりけりで、不思議なことに私はスイスに来てからピタッと生理痛がなくなったのですが、なんせメンタルが暴走します。私個人の話だと、痛みはなくても、尋常じゃない眠気とイラつきで、何もなくてもこの世の終わりみたいな気持ちになるので、ああもうすぐ生理くるだろうな、とわかります。それくらいの暴走族です。普段なら笑って流せる言葉に涙が出るほど傷ついたり、「やっほー」の一言を笑って言うのがもう、心臓削られるくらいにしんどかったりします。日本にいたときは生理痛も結構ひどくて、必ず薬も飲んでいたし、夜に痛みで起こされて眠れない日もありました。痛みを我慢して練習したりすると、吐き気とかが襲ってくることもありました。これは個人の感覚ですが、生理痛があるのに練習してもマジで百害あって一理なしです。やるとしても軽い基礎練をして終わり、あとはもうお湯飲んで寝るべきです。
私の個人的意見を書くと、私や私のまわりの環境では「生理中なので普段どおり出来ません」が通用しない局面も多い。なので、たとえば何かの本番で「絶対にそれが理由で良いパフォーマンスができなかった」ということがあったとしても、それは当然ながらエクスキューズにはならないと思います。そのハンデはもう、諦めて背負って、なんとか上手く付き合っていくしかない。ただ、それ以外で、言い訳としてではなく、もし正直に生理です、と言えたら、助けになるだろうな、と思うことはあります。例えばレッスンのとき「今日生理痛がひどいので、座ってレッスンを受けてもいいですか?」と、もし言えたら。誰かが言えたら、後輩たちにも広がっていくかもしれないと思っていたけど、結局なかなか勇気が出ず、言えずじまいでした。一度、中学生まで習っていた先生と、藝高の副科声楽の先生が「座る?」と言ってくれたことがあったかな。顔色が悪かったんでしょうね(笑)  泣くほどありがたい一言に感じたのを、本当に今でも覚えているくらいです。もし室内楽の合わせで「今日これやる予定だったけど、トロンボーンきついから他の曲からやってもいい?」と言えたら。もちろんどれだけ本番に近いかとか、レッスンが近いかどうかとか、限度はあるけど。2、3度、これも言ったことがあるけど、言った後のダメージの方が大きくて、涙がちょちょぎれて終わってしまったような記憶があります。
女性の皆さんには、難しいことだと思うけど、本当に無理をしないでいこうぜ、と言いたい。お腹痛いのに練習しないで。大丈夫じゃないなら無理って言おう。無理をして頑張ることが、なんか、当たり前になり過ぎているような気がするから。私も、我慢するほうが楽だと思ってしまうこともあるんですが、20 年後30年後、みんながもう少し、「ごめん、今日はいつもより頑張れない!」と言いやすい世界に、できたらいいなと思うよ。私もこれを受け入れるのにすごく時間がかかって、今でもたまに自分を責めてしまうけど、でも、頑張れないことは、悪いことではないから。生理中の荒れ果てたメンタルだと特にね、練習しない自分に価値などないとか思いがちだけれども(笑)  自分の特徴と付き合いながら、しんどい期間はゆっくり休む、頑張れる元気な期間に頑張る、それが無理なく自然に健康に生きる姿だと思います。
男性の皆さんには、特別な配慮が欲しいというわけではないんです。ただ、女の子はみんな、こういう爆弾と月1で付き合いながら生きている生き物だということを、そして、その身体のシステムと付き合うのは結構大変なんだと、知っていてほしい。もし知っていてくれたら、そこから家族やガールフレンドや友人に、少しの思いやりが生まれると思うから。少し余裕がある日には、同じタイミングで同じ車両に乗った彼女に、空いている席を譲るなどの親切が生まれるかもしれないから。それだけで、本当に違うと思うんです。そういうところから、少しずつ変わっていくと思うんです。

私のドイツ語が赤ちゃんレベルということもあって、こちらでそのへんがどういう感覚なのか、まだしっかりとはわかることできていないんですが、また感じたことをぼちぼち書きたいなと思います。今のところは、自分が女の子だから、という理由で何かを決めつけられたり、嫌な思いをしたことはない、気はします。ただなんせ、赤ちゃんレベルの会話能力なので、わかってないだけ、の可能性もあります。

最後まで読んでくれた皆さん、ありがとうございます。あともうひとつ、恋愛ってもっと女の子主体でよくない?っていう恋バナを書こうと思っていましたが、長くなり過ぎそうなので今回はこのへんで。また次回、時間を見つけて書いてみます。


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