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ぶらす!~彼女たちの奏でるビューティフルハーモニー~第3話

【練習番号C】嵐の前のひと悶着

高校の入学式の日、高城沙織は石神井恵美、西条茉莉奈と知り合った。

その2人は、沙織と同じように、吹奏楽部に入部する予定だった。

しかし、帰宅した沙織は、石神井恵美から難題を吹きかけられてしまった。

果たして“万年NPC”を自認している沙織に、その問題を解決することが出来るのだろうか?

――翌朝

学校に着くと、石神井さんが既に待っていた。

私より遠くから通っているのに――生徒のほとんどがそうだけど――、私より早く来ているとは。ホント、ちゃんと寝れたのかな?でも、集合時間を決めたのは、石神井さんだ。恨むでない。

「おはよう」

お互い、簡単な挨拶を済ますと、石神井さんが会話の口火を切った。

これからのバトルにアドレナリン全開なのか、全く眠そうな口調ではなかった。

「沙織、生徒会長と吹奏楽部の部長と副部長、さっき登校してきたわ」

生徒会長と吹奏楽部との話し合いは、すぐに始まるだろう。

「生徒会室にすぐ、向かうわ」

石神井さんに促され、足早に生徒会室に向かう。

生徒会室は、学校の正門から見ると、ちょうど校庭の真正面にあって、校庭を完全に横断しないといけない。見ると、2人の生徒が校舎に入ろうとしているところだった。

それが、そして吹奏楽部の部長と副部長だろう。

生徒会室の入り口の扉の前に来ると、中での話し合いの様子が薄っすらと漏れ出している。

朝早くで、しかも街中にあっても、周囲を塀で囲まれた学校には、特有の静寂があるためか。

割と、聞こえるもんだな。

「いい? 沙織。絶対言い合いになるから、タイミングを見計らって入っていくわよ」

そうですか。

「はい、わかりました」といって、即終了する可能性もあるんじゃない? そしたら、私達の出番、なくない?

そう思った瞬間、中から甲高い声が聞こえてきた。

「横暴です! どうしてもダメなんですか!?」

そりゃ、すぐに生徒会長の言いなりになるなら、こんな朝早くにミーティングなんてしないか。

「今よ、行くわよ!」

私が、「え、もう!?」と驚いてたじろいでいると、石神井さんは、そう言うが速いか、出入り口のドアを素早く4回ノックした後、返事を待たずに突入して行った。

ちゃんとノックして入っていくあたり、育ちの良さが出てるなあ。

しかも、4回って。普通、ノックというと2回って思うけど、2回のノックはトイレでするノックで、こういうときのノックは、3回以上というのがマナーだと聞いたことがある。

私は、生徒会室の奥の方に座っている生徒会長のところへ、早足で突き進んで行く石神井さんの後をちょこちょこと追いかけていく。

石神井さんがドアを開ける時、「バンッ」と小さくはない音がしたので、彼女が向かって行く先には、生徒会長の机の左側に立っている他の役員数名と、右側に立っている吹奏楽部の部長さんと副部長さんが、見るからに驚いた顔で、目をパチクリさせているのが見える。

その一方で、彼女たちが完全にフリーズして、ただ立ち尽くすことしか出来ていないのに、生徒会長は、こうなることを予測でもしていたかのように、余裕綽々で<生徒会長>と書かれた、例の三角錐が乗っている机の奥に座ったまま、眉一つ動かさず、

「なんか御用どすか? 石神井はん」

と声を掛けてきた。

うわあ、京都弁?

生徒会長が京都弁なんて、聞いてない。

まさか、迫力を出すために京都弁使ってるだけじゃないよね。

こういう時は、大阪弁か広島弁あたりにするはずだし。

しかも、石神井さんより声域の低い、コントラアルト。京都弁ということもあってか、かなり色っぽく聞こえる。

「あるもないも、大アリよ!」

石神井さんがそう言うと、早くも平常心に戻った役員の一人が、

「何ですか、あなたは。これは、生徒会執行部と吹奏楽部との間で持たれた会合です。それに、あなた達、一年生でしょ? 新入生の勧誘活動はまだ始まっていないから、まだどの部活にも所属していない一年生には、部活動との話し合いに参加する権限はありませんよ。出ていきなさい」

生徒会長に向かって、その口のきき方は何だ、と。

うわぁ、さすがに執行部の役員は生徒会長の「腰巾着」と石神井さんに腐されただけのことはある。

どの役職か知らないけれど、さすがにこの生徒会長の片腕だ。「権限」云々を引き合いに出し、有無を言わさず引き下がらさせようとしている。

後から聞いたら、副会長だった。

副会長は、部活動統括を担っているから、部活動の活動規則などについては詳しいだろう。

でも――。

「突然お仕掛けて来て申し訳ありません。しかし、お言葉ですが、あるのです。新入生にも、部活動との話し合いに口を出す権限が。生徒会規約によると、『いかなる場合でも、在校生は、生徒会長令を含んだ生徒会執行部の決定に、申し立てをする権利がある』と書かれています。部活動との話し合いに、部外者が異見を唱えることを禁止した規約はありません」

石神井さん、さすがに堂々とした物言いだ。

昨晩の打ち合わせで私が言った通りだけれど、これほどまでの迫力とは。

やっぱり、この台詞は石神井産に任せて正解だったな。

惚れちまいそうわ。

どんな“反論”をされようと、論破できる材料はすべて揃えてある。

石神井さんは、無謀な負け戦に挑んでいくほど愚かじゃないんだよね。

彼女のこの堂々とした言い方に、「はぁ? 生徒会規約? 入学したばっかりの一年生が、なんで、そんな・・・」と、副会長の方が、目をキョロキョロさせながら、有無を言わず引き下がった。

思わず生徒会長の方に視線が向く。

そりゃ、生徒会規約の補足の最後の方にチョロっと書かれていただけだから、副会長が知らないのも無理はない。

生徒会長は、無言で話を先にすすめるよう雰囲気で促す。

ここで、私の出番。ちょっと、こういうのは自信ないんだけどな。

石神井さんによると、こういう時は、常に自信満々にしゃべるのがコツらしい。

「あの、規約によると、『生徒会執行部での決定事項の交付は、執行の三日前に通告される必要がある』とあります。今回の件は、昨日の放課後に決定されたんですよね。吹奏楽部の勧誘活動は、今日からですので、部員が昨日知ったとしても、実質的には翌日の始業後に通告されたことになります。ですから、今年度は、例年通りの活動が可能なのではないかと」

自分でも驚くくらい、自信満々な言い方じゃなかったな。慣れてないもん、しょうがない。これが私の全力だ。

私の言葉が言い終わるとすぐ、別の役員がが反論してきた。

「一生懸命生徒会規約を調べてきた労力は褒めてあげる。でもね、今回の決定は、生徒会長令に基づいて公布されるものです。生徒会長令は、執行権が生徒会長に属するもので、生徒会長が発効書に署名した時点から、効力を持ちます。必要なら、議事録をお見せしますが? 本生徒会の議事録は、デジタル処理されているので、タイムスタンプの改ざんは不可能ですよ」

向こうの方が自信満々だ。こういうのは、経験の差が大きい。

しかも、一年生相手だから、何も怖いものはないって感じだ。

それにしても、やっぱり、生徒会長令か。

私の今の発言は、そういう可能性も考慮した上で、その言葉を引き出すための陽動に過ぎない。

生憎、生徒会長令っていうのも、すでに織り込み済みなんだよね。

だから、そう自信満々に反論されても、こっちは痛くも痒くもない。

生徒会長令は、生徒会長が発案して、生徒会役員が全員一致で賛成すれば発布することが可能な規約で、生徒会長にある程度の特権が与えられていることを意味する。その性格上、暫定的で、生徒会長が会長でなくなった時点で、自動的に効力がなくなる。

生徒会規約を変更したり、新たな規約を追加する場合、生徒総会が必要になる。

でも、それ程重大ではない規約を変えるのに、いちいち生徒総会を開いてはいられない。

生徒会長令は即効性があるし、生徒会執行部役員の同意があれば発令できるから、細かな規約を調整するのに役立っている。

そもそも、吹奏楽部の「特例措置」だって、生徒総会を通して決まったものではない。昨日、生徒会規約の補足を読んでて分かったことだけど、その「特例措置」も、もともと生徒会長令として出されたものだった。

けれど、一つの案件に十年間同じ「特例措置」が続いて適用された場合、自動的に生徒会規約の補足に追加されることになっている。つまり、一般生徒、特に吹奏楽部員が「特例措置」だと思っていたことは、「特例」ではなく、もう既にちゃんとした生徒会規約になっているものだったのだ。

生徒会長令は、規約的に生徒会役員が全員一致で賛成すれば成立するのだが、本来、その生徒会長令が影響する当事者との話し合いをした上で決定するのが筋というものだろう。

だが、この生徒会長は、そんなことはお構いなしに、一方的に生徒会長令を押し付けてきた。

「もうお分りやろう? 今回の決定は、何言うても覆りまへんさかい」

生徒会長が勝ち誇ったように微笑む。

ほんとうは、ドラマや映画の悪人よろしく、大笑いしたいところなんだろうけど。

吹奏楽部の部長が、生徒会長のこの言葉を聞いて堪忍したのか、石神井さんに「もういいから、もう決まったことだし、私達は大丈夫だから」と言うも、「問題ありません。私達に任せてください」とたしなめる。

部長にしてみれば、見ず知らずの一年生にそう言われても、確実に沈むことが分かっている泥舟に乗った気分しかしないだろう。沈むのがいつになるか分からないだけに、目的地に着くまで浮いている可能性もある。もしそうなれば、シメたもの。ラッキー!ってね。

しかし、生徒会長のこの微笑みは、どういう意味なんだろう。

勝利宣言か、そっちに切り札があるなら早く出してみろ、という挑戦か。

だったら、受けてやろうじゃない、その挑戦。

石神井さんが、そう思ったかどうかは知らないけれど、

「本当に覆らないのかしら、ね」

最後の「ね」にやたらと力が入る石神井さん。完全にノリノリだ。確かに、こちら側には、ほぼ完全勝利が約束された切り札があるんだから。

「沙織」

石神井さんは、そう言いながら、「行け!」というように右腕を降り出す。

「お前が言うんとちゃうんかい!」と、心の中で突っ込みを入れたような、ため息まじりに、この場にいた誰もが、私を見る。

ガラじゃないので、「こういう決め台詞は、石神井さんが言うのが良いんじゃない?」と昨日のビデオ通話で言ったら、「沙織の発案なんだから、沙織が言うべきだ」と言って、石神井さんは断固として譲らなかった。

昔の石神井さんだったら、こういうおいしいところは、率先して狙いに行ってたんじゃないかな。知らんけど。

もう、こうなった以上、私が言うしかない。

ええい、ままよ。

というか、さっきから私の方がたくさんしゃべってない?

「生徒会規約では、生徒会長令は、確かに即時効力を持ちます。ですが、『生徒会規約補足その2』第7項-5によれば、それは新たに規約を発布する場合に限られ、既にある規約を変更する際には、3日間の猶予期間を設けなければならない、とあります」

私の言葉を聞き、役員たちは敗北が決定したことを悟ったようだった。

「生徒会規約に、二つも補足があったなんて」

とか

「なんで一年生がそんなこと知ってるの」

とか

「会長ぅ・・・」

など、情けない声でそう個々にひとりごちる生徒会役員の顔は、「生徒会長が論破されるなんて、そんな、バカな」と、明らかに落胆した表情を見せていた。

一方の、吹奏楽部の上級役員二人の顔は、目を大きくまんまるに見開き、驚きを隠せていない。いや、別に隠す必要はないけど。

「そういうことだから、今回の生徒会長令は、完全に空振り。全く意味なかったのよ」

私の言葉を、目を閉じて静かに聞いていた生徒会長は、石神井さんの言葉を聞くと、意外なことを言い出した。

「意味があらへんことはあらへん」

どういうことでしょうか、生徒会長殿。3日後にならないと効力が出ない生徒会長令を、3日間しか行われない活動の初日に出したって、意味ないですよね。

「なぜ、あんたらが、吹奏楽部のために生徒会規約のそないな詳細まで調べてきたのか、ということや。それが分かっただけでも、意味はあったんや。石神井さん、そないに本気で吹奏楽部に入りたいんどすなぁ。大した動機ものうて、吹奏楽部に入る言うてるんやったら、うちは本気であんたを生徒会執行部に迎えるため、あらゆる手段を講じよう思てました。そやけど、あんたの本気度分かったさかい、今回は引き下がる事にしたい思う」

生徒会長のこの発言には、当の吹奏楽部の上級役員2人はもちろん、他の生徒会役員一同の視線が、一斉に生徒会長と石神井さんの間を行ったり来たり。まるでテニスのリレーを見ているようで、おかしかった。

「何よ、それ! そんなことのために、吹奏楽部をダシに使ったっていうの?」

だから、石神井さん、上級生、上級生。

言いたいことはわかるけど、上級生にはちゃんと敬語使って。

イギリス人は嫌いな相手ほど丁寧に接するって言うし。

汚い言葉より、丁寧な言葉の方が、功を奏する場合もあるんだよ。

当の生徒会長本人は、全く気にしていないようだったけれど。

「石神井さん、話にケリはついたんだし、もういいじゃない」

私がそうたしなめる。

「でも・・・」

石神井さんは、まだ何か言いたそうな雰囲気だったけど、

「もう、いいよね」

私が念を押すと、渋々承諾した。これからも、石神井さんをたしなめる役は、私に回ってきそうだな。

「これ以上は、沙織にめんじて追求しないけど――」

石神井さんは、まだ先を続けようとしたけれど、吹奏楽部の部長が、興奮のあまり彼女の言葉を遮って割り込んできた。

「それじゃあ、新入生の勧誘活動は、例年通り行っていいんですね!?」

「そうどすな」

よかった! と喜ぶ吹奏楽部の上級役員2人。

そんな二人は眼中にないとばかりに、

「そやけど、惜しいこっちゃ。入学した当日に有能な人材を味方に付けられる行動力と人徳。それ持ったあんたが、生徒会執行部に入らないなんて」

生徒会長はそう愚痴ると、

「もう少しで始業の時間や。ホームルームに遅れへんよう、早う教室に行きまひょ」

生徒会長のその言葉に、皆んな「はっ」となる。

生徒会長との丁々発止のやり取りは面白かったけれど、学生の本文は勉強だ。それをおろそかにしてはいけない。

吹奏楽部の部長は、私達へお礼と、「吹奏楽部に入部してくれるんだったら、歓迎するわ。放課後、音楽室で待ってるから、いらっしゃい」と言ってくれた。

「ありがとうございます!」

そう晴れやかに言う石神井さんの表情はニコニコで、満面の笑みだった。

でも、私には、一つだけ、釈然としないモヤモヤとした気分が残っていた。

私のモヤモヤの原因は、さっき生徒会長が言っていた、彼女が生徒会長令を出した「意味」だ。

果たして、生徒会長は、生徒会規約の2つ目の補足を本当に知らなかったのだろうか?

他の役員は、全員知らなかったようだけど、まる二年も生徒会執行部の上級役員を務めていた生徒会長が、それを知らずに、迂闊に生徒会長令を出したりするものだろうか?

まあ、今となっては、そんなことはどうでもいいか。

学校生活では、万年NPCだとばかり思っていたこの私が、人のために何かを出来たこと。

まして、それがこれから入部しようとしていた吹奏楽部の利益になることだったのは、正直嬉しかった。

その嬉しさを与えてくれた石神井さんには、感謝しかない。

そんな石神井さんのお陰で、こんな悶着が起こったことは、今はどうでもいい。

吹奏楽部が校内の公の場で新入生の勧誘活動をすることが、例年通り出来るようになったことで、一人でも多く一年生が入部してくれることを祈るばかりだ。

つづく。

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