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大人になって初めて、父と2人きりで思い出の料理を食べた夏の日

父と話すのが、なんとなく照れくさい。
そんなこと今に始まったことではないし、もはや反抗期以来ずっと引きずっている。気がする。

今年の夏、おそらく大人になってから初めて父と2人きりで夜ごはんを外に食べに行った。実家にいる時にスタバはたまに一緒に行ってたけどね。

予約していたシンガポール料理のお店に着くと、一足早く着いていた父が店の前で待っていた。細身で、かけたメガネを少し上にずらして片手でスマホを操作していた。一目見て、父だと認識できるシルエット。

1月以来久しぶりに会った父は、夏の紫外線ですっかり焼けた肌をしていた。
声をかけるより前に私に気がつき、「仕事してたん?遅かったな」と言いながらスマホをポケットにしまった。

会ったばかりだというのに、既になんかもう、こそばゆい。
店の人に案内されてソファに腰をかける。

「何がええ?」
そう言って広げてくれたメニュー表を、2人で覗き込む。

すかさずテーブル上に置かれていたQRコードを読み込み、ビールとライチジュースを1杯ずつ入れた。
おそらくこのシステムを父は知らないということに、私は気付いていた。だから、店員さんに声をかけようと少しキョロキョロする父を一瞬だけ見て満足してから、「スマホからオーダーできるから、呼ばなくて良いよ」と笑いながら教えてあげた。
案の定知らなかったようで、「え、そこから注文するん?!」と驚かれた。そらそうだ。まだあんまりこの注文スタイルは実家の周辺地域では浸透していないからね。我ながら少し意地悪なことをしてしまった。

オーダーを終えてから、父が一言遠慮がちに聞いてきた。
「鰻とか、焼き肉とかじゃなくてよかったん?」

豪華なごはんでもご馳走でもしてくれようとしていたのだろうか。

違うんだよ。父とだから、アジア料理が、シンガポールの料理が食べたかった。
「シンガポール料理とか、アジア料理が良かったんだよね」
それだけ答えた。

チキンライスと、キャロットケーキと、初めて見た野菜の炒め物と。
仕事はどうなんとか、東京での暮らしについてとか、シンガポールに住んでいた時のこととか、本当になんでもない話を重ねて、机に並んだ思い出の料理を頬張った。

「お酒飲むようになったん?」
不意に聞かれた。そういえば今日私が飲んでいるのはライチジュースだった。

キャンプに行った時に撮った友達とのツーショットwith片手にお酒の写真を見せると、「しかも"大きいサイズのやつ"やん」と笑いながら突っ込まれた。
確かにそこには、しっかりとレモンサワーのロング缶を手に握る私がいた。何も考えずに見せたが、そういえば私ロング缶も飲むようになったんだった。ロング缶ではなく、"大きいサイズのやつ"、という表現がやけに可笑しく感じてしまった。
あとここだけの話、ロング缶を飲み終わったあと他にもお酒は飲んだ。

父とのごはんの時間はそうやってゆるやかに過ぎていった。
気が付けばマンゴーサゴと仙草ゼリーのデザートタイムに突入していて、お腹いっぱいになった私たちは一息ついてからお店を後にした。

父は次の日の夕方に関西に帰るらしい。
別に大袈裟に言葉を交わすわけでもなく、「気をつけて帰ってね」「体調には気をつけて」なんて言って、あっさりと駅で別れた。

そういえば小さい時、父が出張でどこかに行く時は毎回泣いていたっけ。手紙を書いて渡していたりもしてたっけ。
未だに実家に帰省してから東京に1人で戻る時はたまにちょっとだけ泣いてしまうんだけど、それでも泣き虫なのはちょっと卒業できたんだろうか。

深いことを追求してこない父との、ゆるやかで、まだちょっと照れくさい夜ごはん。帰省したらまたゆっくり2人で話すためにスタバでも誘ってみようかな。

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