できない理想は追わないが最善を!(疫学研究の裏側1)
疫学研究ってどういうふうに進めるの?という疑問にお答えしたいと思い、研究のリアルな実態をご紹介する「疫学研究の裏側」シリーズをしばらくの間noteで書いてみたいと思っています。前回のnoteでは、たくさんの一般の人たちが対象者となる疫学研究を実施するときには、研究者もチームを組んで進めていくことなど、そもそも疫学研究ってどう進めるのかの全体像を紹介しました。
一般的には調査事務局を運営し、ときには各地に支部も作りながら、進めていくんですよね。さて、こういった前提を知ったうえで、今回からは具体的を交えてどんなふうに進めていったのか、紹介していきますね。紹介するのはこちらの研究の始まりから終わりまでです。
まず今回は、研究が始まったときのことを紹介したいと思います。
●研究費取得が確定
この研究に私が関わり始めたのは2010年からです。今回は、研究費が取得できると決まったのが2010年4月で、この時点で私たちに研究の内容が知らされ、準備が始まったので、私の中では研究が始まったのがこのときという気がしています。
前回のnoteでお話ししたように、研究には質問票を印刷したり、調査員を雇ったりということが必要です。すべてお金がかかるんですよね。その研究費って、国や民間団体が募集している研究費の申請に応募して、それに合格して受け取ることができます。応募が多数の場合はもちろん競争になりますし、そうでなくても、審査員の先生方に申請内容がよいという判定をいただけないと、研究費はもらえません。疫学研究で使うお金って、対象者が1000人規模になると、数千万円とかになるので、研究者が大学などから支給される研究室の運営金だけではとてもやれません。研究者にも、自分の研究内容を良いものであると見せる、プロモーション術が必要になるんですよね。
本来は、そんな研究費の応募資料である申請書を書き始めるところから研究が始まっている、とも言えますが、今回の研究で私が経験したのは、研究費が取得できると決まったところからです。それで、この時点からなら体験談として紹介できます。それ以前の研究費取得の話は、必要に応じて見聞きしたことを書いていきたいと思います。
●通称は「3世代研究」
今回進めていく研究は、文部科学省の研究費がもらえることになりました。研究の正式名称は「家庭内環境を考慮した女性3世代の食習慣と健康状態に関する栄養疫学的横断研究」でした。長いです…。このあと、たくさんの共同研究者も募り、チームとなって調査・研究を進めていくためには、もっとキャッチーなネーミングで、関係者には研究に親しみをもってこの研究に接してほしい、という思いがあり、私たちは研究名の通称として「3世代研究」という名前でこの研究を呼んでいました。
ちなみに、研究費の申請者であり、この研究を行うことを文部科学省から許可されたのは、私の指導教官であった佐々木敏教授になります。「3世代研究」の名づけ親も佐々木教授です。
●事務局は学生で!?
当時の私は大学院の修士2年生になった学生。教授からまず、研究費の申請に受かって研究費がもらえることになったことを、同期の学生もう一人と一緒に説明を受けました。そして、文科省に研究費申請のために提出した申請書もいただきました。実施予定の研究のおおよその内容、つまり最終的なゴールはなんとなくわかりました。そして、あとは当時の助教の先生にアドバイスをもらいながら、自分たちでこの研究をやりなさい、という指示を受けたのです。
つまり、前回のnoteで説明したような研究事務局の中心業務を、私を含む学生2人と助教の先生で運営して、この研究をやりなさいということでした。まだ疫学研究とはなんぞや、ということが1年間の座学でなんとなくわかってきたところである学生だけで!?けっこうハードルが高いことだということはよくわかりました。けれども、どのくらい大変なのかも、まだ何をどう理解していないのかもわからない状態です。
●申請書にあった研究の予定
まずは、この研究がどういうものか理解するために研究費応募の申請書を読みました。研究費の申請書とか、研究計画書というものにはたいてい、研究論文の内容と同じように、研究の目的、背景、方法、期待される結果なんかが書いてあります。論文と違うのは、まだ実施していない「予定」であるというところですが、申請書を読めばこのあとの研究をどんなふうに進めていくのかが分かります。
目的は2つありました。ひとつめは、子ども、母、祖母という世代間で、家庭内の食事の類似性を明らかにすること。ふたつめは、日本人女性各世代で、食習慣と様々な健康状態の関係(どんなものを食べている人たちが病気になりやすいか、など)を検討することです。
方法を読むと、対象者は日本全国の栄養関連学科(栄養士養成のための専門学校、短大、大学)の学生さんと、その母親と祖母とあります。参加を呼びかける対象者数は、学生は7000~8000人程度の予定。そして母親と祖母もいるので、合計で2万人以上の人に参加を呼びかける予定ということです。参加を辞退する人もいるため、その全員が今回の研究に参加するわけではありませんが、かなり大規模になりそうです。
●「実施可能性」も大切
今回の対象者のうち、母親と祖母は女性です。そして、学生も栄養士養成の学校に通っている学生のため、女性が圧倒的に多いことが予想できます。そして、将来管理栄養士になりたいと思っている学生とその母親や祖母ということは、栄養学に興味をもっている学生と、そういう家庭環境を作っている母親や祖母ということです。そういった人だけを集めて研究するということは、得られた結果を他の普通の人に当てはめる(専門用語では「結果を一般化する」)ことができなくて、不適切ではないか、と言われたこともあります。
けれども、私たちの研究室では、今回の研究の参加呼びかけのため、日本全国の栄養士養成校の知り合いの先生方に連絡するルートがありました。過去の別の研究をお手伝いいただいたやりとりがあったのです。そういったつながりを大事に使うため、少し集団は偏るかもしれませんが、栄養関連学科の学生たちに参加を呼びかける形で研究を進めることになりました。大規模に対象者を集めたいと思って、一般の人に参加を呼びかけるにしても、その方法がなければ対象者は集まりません。疫学研究を進めるときには、不可能なことはしない、理想を追い求めすぎない、できることをし、得られた結果をうまく活用する、という意識で進めるのって大切です。前回のnoteでも、無理をしない計画が大事と書いていますが、そういった意識で進めていきます。
●入学直後を狙ったわけ
実施可能性を考慮して、対象者を「栄養関連学科の学生とその母・祖母」にしたものの、学生は栄養学の学びを深めていく人たちです。さすがにたくさんの栄養学の知識を得たあとで調査しては、知識レベルが一般の栄養学を学んでいない学生と開いてしまい、結果を活用しづらくなってしまいます。そこで、申請書には、対象者に質問票に回答してもらう調査を実施する時期は2011年4月で、新入生に調査すると書かれていました。研究費利用の許可が下りたその時点から1年後です。この時期であれば入学直後なので、栄養学の知識はまだ教育されていません。そんなふうに、できる範囲での最善な方法で、研究が計画されていたんですね。これは申請者である教授のアイディアです。
そして、研究期間は4年間。2010年は準備、2011年に調査、2012年~13年に得られたデータを使って論文を書いて発表、という感じです。
●まとめ
私の経験した「3世代研究」は、2010年4月に研究費を取得できることが決まって、具体的に動き始めました。まずは研究費の申請書から、計画を知り、その計画がかなり大規模であること、そしてできる限りの最善の方法で、なるべく結果を一般化に近づける工夫をしながら大規模調査が計画されていることが分かりました。準備期間は1年間。1年後には実際に対象者さんに質問票に回答してもらう段階まで準備しておかなければなりません。それに、4月に新入生に調査をする、ということにしているために「ちょっと準備が遅れて実施が遅れます」とはできないのです。ここまでは、申請書を書いた教授のアイディアでした。
このあと、実際の研究の運営を学生だけで進めていくようにという指示を受けました。できるのか、それが可能なのか不可能なのかもよくわからずに調査準備は始まりました。次回以降、体験談を紹介していきますね。調査・研究に限らず、チームで仕事を進める様々な極意が紹介できるんじゃないかと思ってます!
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