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ハンセン病療養者の短詩を読む ⑤望郷と断念 ―天気予報を聞いて病む―

ハンセン病にかかった者は法律による「強制隔離」の対象となり、社会的には「無癩県運動」が行われた。県ごとに、患者がいないことを競うのである。
患者は療養所に行くことになるが、治療の難しさと、差別の恐怖から、帰郷は困難であった。

妻と子の久しく待てる韓国に病ひ癒えたる君の帰りゆく 内海俊夫
病気は国籍にかかわらずかかる。日本にいた韓国人が、ハンセン病にかかることもあった。彼らにとっては日本は異国。故郷は遠く感じられただろう。

帰る家なけれど恋ほし海を越えてともしまたたく故里ふるさと見れば 宿里礼子
現存する療養所のリストを見ると、現地までのアクセスに船が必要な場合がある。療養所が島にあるのだ。あいだに海を隔てることで人々は安心し、患者と関わることがなかった。
患者の方は故郷の光を見ている。

夜を待ちて生家の跡にきて立てば地より聞こゆる父母のこゑ 林みち子
生まれ育った家はもうなく、その跡に立てば父母の声が地面から聞こえてくるようだった。療養所にいるあいだに生家も父も母も失われてしまったのだろう。
生家の跡を訪れるのに、夜を待つ。人に見つかるのは危険だからであろう。

古里の天気予報を聞いて病む 中山秋夫
故郷の天気予報を聞いて、役に立つことはない。故郷に戻る日は来ない。それでも、ラジオであろうか、故郷の天気を知りたい。少しでも関わりを持っていたい。

故郷くにを出たその日の涙今も拭き 高野明子
実際には、故郷を出た日の涙はもう残っていないが、いま拭く涙はその日のものだ。
故郷に帰れることを許されず、故郷を含む日本社会と断絶させられている。作者の時間は進んでいるのに、故郷の時間は止まっている。

作品はすべて、『訴歌 あなたはきっと橋を渡って来てくれる』阿部正子・編、皓星社より引用した。

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