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ピアノの時間

いつか書こうを書くのは今なんじゃないかと思ったから書く。
残したい、残り続ける思い出。



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小学1年生から高校1年生までピアノを習っていた。
辞めてから5年経つ。去年、先生が亡くなった。
実感はまるでない。もういないって思えない。



先生は幼稚園の友達のおばあちゃん。もともとは色んな人にバリバリ教えてた優秀な先生だけど、「もうおばあちゃんだから趣味の延長よ」と、格安で習わせてくれた。


小学校低学年までは近所の友達と二人で同じ時間に習った。お母さんに車で送迎してもらう間、お菓子を食べる。たまに近くの駄菓子屋に寄ってもらったりもした。三つ入りの丸いガム、めちゃくちゃ酸っぱいガムが一つだけ入ってて、どっちが食べることになるかゲームみたいにして遊ぶ。おしゃべりはだいたい今週のSMAP×SMAPの話。ませた会話。
先生の家は豪邸だ。ししおどしのあるお庭、防音室のグランドピアノ、やたら廊下の長いトイレ。好きだったからわざと何回も行ったなぁ。
友達が弾いている間は音符をノートに書き写して勉強。終わったら漫画を読んで待つ。「ちゃお」「リボン」「サザエさん」、ピアノ部屋の隅に置いてくれていた。
レッスン後に時間があるときは、素敵な洋風のリビングに行ってドラマ「のだめカンタービレ」を見る。お母さんに内緒よって、ケーキや紅茶を出してくれた。のだめは今も何十回でも見るくらい大好き。


小学校高学年になってから一人で通うようになる。弾く曲も難しくなってレッスン時間が長くなった。
家でなかなかピアノを練習する時間が取れなくなって、まあ、めんどくさくなってきて、家を出る30分前に初めて練習してほぼぶっつけで行くことがほとんど。
新しい曲に入ったのに譜読みが全然進まず、車の中で楽譜広げてエアーで指使い覚えるなんてこともしてた。ギリギリの戦い。


好きな曲から先にやるんじゃなくて、楽譜の順番通りに曲をマスターしていく私に、「はなかちゃんは真面目だねえ」といつも笑っていた。
とにかく優しい先生。「今週学校が忙しくて、、…あんまり…練習できなくて………」って毎回ごまかす私に、「大丈夫だよ、できるところまでで」って返してくれる。その優しさが申し訳なくて来週こそは練習していこう!って毎回意気込むのに、気づいたら次のレッスン日が来てる。練習ぜんぜんしなかったな…。


金曜日に習ってたから一週間の学校の疲れがたまって、ピアノのあとそのまま塾に直行してたこともあって、気持ちが追い付かずいっぱいいっぱいの日もあった。うまくいかなくてピアノを弾きながら涙をこぼす私に、先生は何も言わなかった。見えてないように、いつも通りでいてくれた。


一番苦戦したのはメンデルスゾーンの春の歌。他の曲の倍くらい時間をかけて練習してもいっこうにうまくならなかった。普段どんな曲も最後には一応ちゃんと弾けるようになるのに、この曲だけは無理だった。どうしよう…って思ってたら、サラッと大きなマルを付けて、「次どの曲にしようか」って流してくれた。ホッとした。すごい上手く弾けたときにくれる花丸じゃないけど、大きなマル。赤鉛筆の大きなマル。サンカクやバツは絶対つけない。


「はなかちゃんは本当にショパンが似合うね」
発表会はだいたいショパンの曲。それに、私も情緒豊かなショパン大好きだった。思いのままに曲想をつける私を先生はものすごく褒めてくれた。はなかちゃんの表現力は本当にすごいんですよ、って母にも伝えてくれた。
技術じゃなくて表現力。これから弾く曲のドキュメンタリー映像を見せてくれたり、先生が自然と育ててくれたのだ。厳しく指導するんじゃなくて、良いところを伸ばしてくれたのだ。自由でいいのよって教えてくれたのだ。
この経験がものすごく自信につながって、表現の道に進もうと思えたのだ。



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去年の1月、舞台の本番期間に亡くなったと聞いた。
理解できないまま、本番を迎える。「華ちゃん今日のお昼ちょっと元気なかった気がしたからソワレは元気にね」、演出家さんに言われて、あ、やばい、「はい」と返事する。


お通夜の日程は大事なオーディションの日。立ちたい劇場、演じてみたい会話劇。
それでも、これはちゃんとお別れを告げなきゃと思ってオーディションを断った。
当日はバタバタして、喪服はそろえたけど靴は黒くないスニーカー。やってしまった…と苦笑いしてしまうくらい、実感もなく、元気に帰ってきた。


あんなにお世話になったのに、大好きだったのに、「やっぱりオーディション受ければよかったかな」と後々何度も思って悔やむくらいに、公演は素敵だったし演じたい役だった。ずっと心にひっかかっていた。


それから5か月後の6月、同じ演出家さんの舞台のオーディションを改めて受けた。無事受かったが、今じゃなくてあの時受かってたらこの舞台はオファーだったのだろうか。そんな事をグチグチ思った。

だけど。

6月のオーディションで出会い、最近仲良くなった方に教えてもらった新しいオーディションで、今月、環境がガラリと変わった。私にとってはすごく嬉しくて大きなステップだ。思えば、あの日お通夜に行かなかったら確実に今は無いだろうな。

と、いうことに今この記事書きながら偶然気づいて、びっくりしています。
オーディションに落ちることなんてたくさんあるけど、落ちて初めて得るものがあるとき、繋がるものがあるときもある。これもそのひとつ。


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「これから女優さんになるのね。ほんとうに楽しみですよ」
バレエの発表会に来て、可愛い可愛いと褒めてくれた先生。女優の夢を応援してくれた先生。将来を楽しみにしてくれた先生。
舞台見せてあげたかった。映画でもドラマでもみせてあげたかった。


もうできないけど、あのピアノの時間、忘れてないです。
消しカスが隅にたまった鍵盤、手の油をふき取るタオルとガチャガチャした音、外の鳥の鳴き声、ぎっしり詰まった楽譜、私だけ連弾する相手がいない時、当たり前に先生が一緒に弾いてくれたこと、二人だけの秘密の時間。


辞めるとき、「これ絶対にはなかちゃんに合うから」ってくれたショパンの夜想曲の楽譜。まだ弾いてなかった。家にいることだし、練習しようかな。これからずっとお守りになる大切な曲。


…あー。やっぱり書いてたらちょっとずつ実感してきた。もういないのかあ。


いつまでも覚えています。先生が今日も空の上で、ゆっくり休んでいますように。あの日から地続きで女優業やってますよって言えるようにがんばろう。


私の宝物の時間。



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アイスを買います