灯す
答え合わせだ、と思った。全てがその瞳にうつっていた。真っ直ぐなその眼が、私の揺らいだ気持ちごと撥ね帰す返すように光っている。暖色のライトが玄関であなたを照らす。廊下の電気は消したままだから、そこだけがスポットライトのように、あなたが主役のように、光る。
「知ったんだろ、全部。」
玄関棚に鍵を置きながら、あなたは投げやりに言った。飛んでくる言葉が痛いと思った。靴を脱がないで突っ立ったまま、また真っ直ぐに私を見つめる。
「知ったんでしょう、私のことも、全部。」
玄関先に置いたビニール袋からごろんとペットボトルが転げ出る。水滴が滴って床を汚した。後で綺麗にしないと。その前にこの暗いままの廊下を、まずは灯さなくてはならない。
誰から、いつ、どこで、そんなことはすべてどうでもよく、私たちがまず向き合わなくてはならないのは、互いに向き合うことから逃げたという事実そのものだ。
「なんで」
言わなかったの。問いかけていながら、問いかけられている気持ちになって、その答えを私は持たないから言葉を終わらせる。また、逃げる。
あかりを、灯さなくてはならないのに。
「どうして」
そんなことをしたの。彼もまた答えを持たないから、逃げる。
怒りや悲しみをそのままに自己矛盾を無視して吐き出せたなら、私たちは最初からきちんと向き合うことが出来たのだろうか。ふ、と玄関ライトが消えて、あなたの輪郭も分からなくなる。この部屋の電気はついたままで、きっとあなたに私の顔はよく見えている。ぱ、と玄関ライトが靴を脱ぐあなたを照らす。
「ねえ」
こっちを向いてよ。あなたの目にうつる揺らいだ私がいて、私の目には今どんなあなたがうつっているのだろう。分からなかった。分かりたかった。
廊下の電気をつける。ビニール袋が不自然にふくらんでいて、よく見たら私の好きなプリンが2つ入っていた。あなたが袋と水を拾い上げる。
一歩。冷蔵庫の当番表がすこし揺れた。一歩。洗濯機を通り過ぎてもあなたは靴下を脱がない。一歩。
「まずは、それ、仕舞って。」
「うん。」
仕舞われるペットボトルからまた水が垂れて、あなたの靴下に染みをつくった。ひとつずつ丁寧にプリンを仕舞って、ビニール袋を適当に結ぶ。それをまた適当に冷蔵庫の上に置く。
「そういうのやめてほしい。場所決めてるんだからさ」
まずは、こういう喧嘩から、ちゃんとはじめるべきだ。
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