妊娠・出生前診断・乳腺の検査
不妊治療って、成功するとは限りません。
頑張ってなんとかなるもんではないです。
むしろ、頑張ると余計なストレスがかかってダメなパターンも聞いたことがあります。
なので、余計な期待はせずに、「なんかゲームのような、面白いことをやっている感覚」でこの時期は過ごしていました。
思えば、余計な期待というか、人を信用しない、みたいな気持ちが性格上通底しています。
たとえば、旦那と入籍する前日まで、「急にひっくりかえされるかもしれない」と思っていました。
(そして、後日上司に「先日結婚しました」と報告したら、なぜ事前じゃないのかと、エライ怒られました。なんで?これって日本の古い慣習?)
考えてみれば、信用してもないやつと結婚する時点で、ワタシも相当なアホではあります。
なので、確証を得るまで本当に信じられませんでした。
まさかの、想像より容易く妊娠してしまいました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
酒がマズいとは、私にとって由々しき問題だ。
ビールだけではない。ワインも、チューハイもだめだ。
甘い酒は元から好まないが、それを口に入れれば吐き出すくらいに気持ち悪い。
おまけに急に使っていた香水の匂いが無理になった。
大好きな香りだったのに、なんで?
その時点で気が付いた。
ワタシの身体に変化が起きている。
これは間違いなく、妊娠していると。
マジか。
そんなはずはない。
いくらタイミングをはかったからって、まさか自然妊娠とかありえない。
じゃあ一体今までなんだったんだ。
大枚はたいて自然妊娠とか、マジでちゃんちゃらオカシイ。
じゃあ一体今までなんだったんだってば?
いや、また期待外れだったりするだろ?
どうせそんなもんだよ。
と、根拠がないものの、確固たる自信を、まさに腹に抱えたまま、けれど半ば脳みそでは否定をしていた。
とにかく、妊娠検査薬が使えるようになるまで。
いわゆる生理開始予定日から1週間を待たねばならない。
その期間が長い。
旦那に酒を進められても「飲みたくない」と拒否をすると、なぜだどうしてだと質問攻めに合う。
そりゃあそれまで酒ばっかり飲んでたから仕方ないのだが。
めんどくさい。。。
とにかく酒がマズイのに。
旦那に嫌々状況を話すと、これまた嫌々「え、嘘」と全く喜ばない。
聞けば子供ができたらめんどくさいことが山ほどあるからという。
え?
アタシ乳がんになったあと、あんたに宣言したんだけど?
子供はあきらめたくないって。産みたいって。
結構な衝撃を受けつつ、くそ真面目に子供ができたら離婚して実家に戻ることなどを、かなり真剣に考えながらその日を待った。
想定される生理予定日から1週間後。
説明書通りに、トイレで検査薬を試した。
今までは見たことの無い窓に線が入った。
うわあ、妊娠してるわ。
一人トイレで静かに歓喜した。
ワタシも人の親になれるのか?
だがまだ安心してはならない、と自分に言い聞かせ、次の不妊外来に行く日を待った。
そして診察の日。
院歌が流れるなか、外来で呼ばれると先生に開口一番、
「あのう、妊娠してるっぽいです」
と伝える。
すると先生は静かにこちらを、目を見開きながら見つめてきた。
さながら、
「そんな馬鹿な」
と言いたいのかと思うような驚き方。
これはこないだ顕微鏡で精子たちを「かわいい」とワタシがのたまった時とおんなじ表情だ。
いや、そりゃ私もそう思ってるよ。
そんな簡単に事が進むわけがないんだよ。と。
が、やはり病院でも検査したところ、妊娠はしている様子。
「おめでとうございます。ええと、予定日は…(計算機みたいなのをはじく)…12月31日、え、大晦日」
…。
またスゴイタイミング。
年末年始って病院やってるのかな(←やってるわ)。
細胞分裂し始めたばかり子の行く末が、早速恐ろしくなるのだった。
そして、つわりで気持ち悪く、フライドポテト以外に何を食べて暮らしていたのかさっぱり覚えてなかったり、それなのに相変わらず仕事は忙しく午後11時すぎに退勤してたり、同僚の体臭がキツくて死にそうになったり、はたまた他の同僚の香水が激しくて目が回りそうになったり、安定期直前に帯状疱疹にかかったりと、割と散々な妊娠生活を送っていた。
ワタシも例にもれず、米の炊ける匂いがダメになった。
あの至福の香りがダメになるなんて、と想像できなかったが、本当にダメだった。
そんな中で、「出生前診断」というのがあると聞かされた。
何回かのカウンセリングの末、血液検査を受けたが、判定不能になった。
当時すでに不惑を迎えていた私に、羊水検査を突き付けられた。
針生検のことを思い出して、ブルーになる。
旦那は受けろという。
そして、アウトだったら即座に下ろせと。
…。
言葉が出ない。
すでにワタシは人の親になっていたようだ。
少なからず、激しく動揺し、そして傷ついていた。
そんなことできない。
ワタシには無理だ。
情報を調べれば調べるほどに、壮絶な物語が世の中にあふれている。
温かいものもあれば、辛く冷たいものを感じる情報もあった。辛い。
ひとつひとつを噛みしめて読んでいると、こちらの精神が持たなくなってくる。
ワタシは、強い旦那の希望を反故にできずに、検査を受けることにした。
そして、一切の情報を断ち切った。
余計な情報は断つに限る。
乳腺の診察は、妊娠中も3か月おきに受診していた。
妊娠をしているので、マンモグラフィーはできないが、触診とエコー検査はできる。
聞けば出産後も、授乳中はマンモグラフィーはできないと言われた。
…もしマンモを受けたらどうなるか。
先生は「被曝は問題なくて」と言う。何が問題か。
…想像してニヤついた。
やりたい。ある意味やって、機械が白く染まるところを見たい。
基本マンモグラフィーには世の人々の嫌いっぷりほどに嫌悪感は無いものの、どうしても皮膚を引っ張られて痛いあの感じはどうにかならないモノかと、常に思っていた。
いままでの恨みを晴らすような気分だ。
このうらみ!はらさでおくべきか!! ©魔太郎がくる!!
イヤ、そこまでではないんだけど。
ものすごくガキくさい妄想を抱えつつ、しかし自分が授乳できるのかな?と思っていた。
片乳の乳腺は放射線治療で全部潰れているはず。
いわゆる「おっぱい」はまだついているが、右側乳房は、言ってしまえば乳腺が機能しない、単なる脂肪の固まりが胸についているだけのはず。
左は健康なのだから、どうなのかな。
一滴も乳が出ないかもしれないしな。
デカいだけで乳も出ないとは、何のためにあるんだキミは。
キミのせいで無駄に男の目線をあつめて私の人生は面倒くさかったぞ。
でも、大きいキミも愛おしかった。
いまだに少し思う。
乳がんになったのだから、もう乳いらん?と。
まさに私が乳がんになった時期に、某ハリウッド女優(有名すぎて名前伏せる意味ないw)が予防で乳腺切除をしたニュースが世界中を駆け巡った。
でも、特段重症?ではなかったので温存するもんだ、みたいな感じだった。
もちろんがんの状態によって全摘することもあるだろう。
ワタシはそうじゃなかっただけ。
だからいまもついている。
おっぱいでるのかなあ?
いずれにしても産まれてみないことにはわからないのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
乳がんの術後、左右の大きさが変わりました。
身体的にはアンバランスなので、肩こりの出方なども若干変わりました。
昔は利き腕の右が良く凝りましたが、今は左が辛いとか(いやでも右も辛い)。
この後は、どんどん自分の身体が変化して、いろいろ戸惑いました。
※先生とのやり取りや説明など、うる覚え過ぎる&ある程度の脚色が入っております。
また、何かご自身のお体にご不安がある場合は、専門の医療機関に問い合わせることを、強くおすすめします。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?