子供を作らうと思ふ――。 そう厳かに言うと、彼はアタシの身体に巻かれたビニールラップに手を伸ばした。アタシは首から上だけを残して、しっかりラッピングされているので、基本的に直接接触を行うことはできないようになっていた。もちろん、キスなども禁止だ。 マスクは手作りだけどヸトンの本革製で、実際にヸトンのハンドバックを切り開いて作ったものなので、セクシーさよりも高級感が勝っていると思う。 そして、通気性ゼロで頭がくらくらする。 ラップは一巻きごとに圧迫感が強くなるの
水面に映った自分の顔が美しすぎて、攻撃しようとして、咥えていた肉を落としたなんてことがあるだろうか? 肉はボッチャンと水面の優美なる鼻づらのど真ん中に落水し、程よい達成感とともに胸が震えるのだった。 しかし、怒りを覚えるのだ。 肉よりもなお胃腑を締め付ける憎しみが、こんな静寂の湖面にもさざ波を立てるはずなのだ。 私は、私を愛さなかった全ての人間に復讐をするために、ログハウスを借りて、肉と、一連のメイキャップセットと、Wi-Fiルーターと、チョコレート二袋と、お数珠
波打ち際に、束の間、霧の立ち込めた沖合の彼方に、身を捨つるほどの祖国が見えた。気がした。 したのだ。確かに。 タバコの煙が舞台の上からゆっくりと二階席に向かって広がり、照明のライトを吸収しながら、濃すぎる霧の演出となって散っていった。演出家が灰皿を頭の上にふり上げて怒鳴る。 「何やってんだバカっ! 客席から舞台の顔が全然見えねえじゃねえええかっ! そもそもお前ら消防法知ってんのか!」 だが確かに、そこには一縷の、我らが寄って立つ国土の、その無窮の尊さが具現してい
黒い壁と煤けた木材の屋根の家で、玄関を開けると平衡感覚に異常をきたした。天地の軸が撓み、背骨を抜かれたようでどちらを向いているのかが分からなくなりながら靴を脱いで上がろうとすると、白い白い白いブラウスに白いレースのエプロンをつけたお手伝いさんタイプの誰かが、ここは洋風ですのでというので、靴を履き戻した。 耳の穴の中がじんじんと熱く、とりとめもなくうっとりとしていて、リビングに通されるとテーブルの上にバスケットが置いてあり、三つのリンゴだった。一つが青い。素敵な木のテーブ
一種は通りそうもないので、二種から受験することにしたのだが、受験資格が女のみとのことで、諦めるに諦め切れない。 そんなバカな話があるか。 このご時世、日本の平成の世も末期に男が何で男というだけで試験資格すら得られないのだ? 市役所に行って、戸籍上の性別を女に書き換えるよう願い出たが、まずは番号札を取ってお待ち下さいなどと言われた。だが発券機などどこにもない。再び生活課受付の女にクレームを入れると、奥から課長などという札を首から下げた某イメクラの受付のホームレス野郎に