ひと月の生肉生活

 水面に映った自分の顔が美しすぎて、攻撃しようとして、咥えていた肉を落としたなんてことがあるだろうか?
 肉はボッチャンと水面の優美なる鼻づらのど真ん中に落水し、程よい達成感とともに胸が震えるのだった。
 しかし、怒りを覚えるのだ。
 肉よりもなお胃腑を締め付ける憎しみが、こんな静寂の湖面にもさざ波を立てるはずなのだ。

 私は、私を愛さなかった全ての人間に復讐をするために、ログハウスを借りて、肉と、一連のメイキャップセットと、Wi-Fiルーターと、チョコレート二袋と、お数珠と、ジュニアの生写真百枚と、ホイップクリームと、綿棒一箱だけを持って、この湖畔にやってきたのだ。

 でもはっきり言って、虫は出るはお湯は出ないはWi-Fiも4Gも繋がんないわで、人の住める環境じゃない。
 暑っちいから裸になってくつろぎ倒してやろうと思ったのに、あのクソ不動産屋のクズ野郎なんで虫よけ必要ですの一言くらい言えないんだ!?
 そんで生肉持ってきたのにバーベキューセットもない。ああホント役に立たねえ奴らばっかだな。

 音?

 何?

 ウソでしょ? 茂みの中でなんか動いてゐる。(幻聴)

 幻聴じゃないよ。もう治ったもん。
 ああでも薬持って来ればよかったどうしよう。親が悪い。私はまじめないい子だったのに、精神壊れるまで追い詰めたのはあいつらだ。マジ死んでほしい。ていうか、ホントに絶対なんかいるって。

 ちづちゃん――。

 !?

 やだ誰なの!?
 なんでアタシの名前――というか、そもそもそれ、私の名前ですらないんだけど、もうヤダ怖い! 男が悪い。ヤリ捨てなんてレイプと一緒だろ! 私が鬱になったのは男のせい。何度も何度も死のうと思った。ホントに、本気で。ああ肉食いて――。

 がさがさうるせえんだよ! 出てくるなら出て来いよクソが! クソが! クソが!
 一時不停止なんて、下らねーことで捕まえやがって!
 テメーら小学生かよホント頭悪。あーホント嫌になるわこんな社会。

 その時であった。

 ふいに湖の水面がさざ波立ち、やがて巨大な水柱が上がったかと思うと、その中央からキリストに酷似したやせて土気色の肌の男が現れた。

 ――汝の落とした肉は、この黄金の肉か?
 ――それともこの純銀の肉か?

 あーもう何がバカンスだよ。
 優雅なひと夏の別荘生活? ただの廃屋じゃねえかクーラーもないし。教師が悪い。かわいい子ばっかヒイキしやがってロリセクハラ強姦野郎。何がサーブのフォームは~~だ。JK触りたいだけじゃねえかまじキモ。

 ――よし、どちらでもよい。
 ――汝にこれらをどちらともやろう。

 家族が悪い社会が悪い政治家が悪い国が悪い男が悪い人間が悪い地球が悪い太陽系が銀河系が時が光が魂がががが――。

 ――ちぃちゃん――?

 ――お肉――。