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「あの証言たち」の参考文献/ゲンロンSF創作講座4期最終実作

ゲンロンSF創作講座の最終実作に「ある証言たち」というタイトルのサッカーと精神疾患を題材にした短編SF小説を提出したのだけれどもその執筆のためにどんなものを読んだのかを書いていく。


・『うつ病とサッカー』著:ロナルド・レング 訳:木村浩嗣
 まずこれを挙げなければ話にならない。小説を書き始めたのが大学に入学してから、つまり2017年からなのだけれど、そのときからずっと「サッカーと精神疾患」をテーマに一本書こうと考えていた。ただどのように書くかということの糸口が見つかっていなかったから書けなかったのだけど。
 それがこの本を読んで、いろいろ書き方の候補が湧いてきて、最終的に語り手を記者にすることで書けたわけでもうfootballistaありがとう! という気持ちです。もう、ほんとに、ありがとう。
 タイトルだけ見ると、サッカー界でのうつ病の扱いを包括的にまとめた作品のように見えるけれど、英題が「A LIFE TOO SHORT:THE TRAGEDY OF ROBERT ENKE」で邦訳の副題が「元ドイツ代表GKロベルト・エンケの隠された闘いの記録」となっており、つまり32歳で自殺したロベルト・エンケの生涯を彼の友人の記者がまとめたノンフィクションになっている。
 少年時代、家族関係、プロデビュー、あのバルセロナへの移籍、たった一試合、うつ病のあらわれ、トルコへの移籍、治療、娘の死、うつ病の再発……。そういったことがほぼ時系列に進む。ロナルド・レングと訳者である木村浩嗣による、読み手の感情を過度に高めさせることのないように抑制された文章が一層の緊張を生んでいて、一息に読める本にはなっていない。わたしはこの本を、たびたび水上にあがって息継ぎをするようにして読んだ。
「ある証言たち」を書くにあたって、とくに参考にさせていただいたのは試合中のシーン。第20章「沈黙した木琴の「アレグリア」」にて、ピッチ上に立つロベルトを見守る妻のテレサやロベルトの代理人が所属する会社のスタッフたちの描写。
 テレサたちはピッチ上のロベルトがうつ病をかかえていることを知っているから、とても冷静ではいられない。何事もなく終わることを祈ることしかできない、という描写。テレサは言う。「シャンパンが一杯必要だわ」。この描写は何度読んでも変に汗が噴き出る。


・『カンプノウの灯火 メッシになれなかった少年たち』著:豊福晋
 サッカーに興味ない人でも名前くらいは知っているだろうリオネル・メッシ。この本はバルセロナの下部組織でメッシとともにプレーした少年たちはいま現在なにをしているのだろう、というのがこの本の骨子。タイトルにある「カンプノウ」はバルセロナのホームスタジアム。まあ下部組織の子供たちのあこがれの舞台ということだ。
 本書はスペイン在住のスポーツライターが、いまでは30歳くらいになった、かつての少年たちがどうしているかを追って、話を聞く、という形式のもの。つまり、サッカーをまだプレーしているのか、あるいはまったく別の職に就いているのか、とかそういったことを訊ねる旅の軌跡。
 本書で描かれるメッシの元チームメイトたちのほとんどはサッカーとは直接の関係がない職に就いている。ボクシングジムのコーチや肉屋、警察官、電気工、ビール会社の営業、飼育員などなど。また、彼らを追うなかで、難民問題や精神疾患、カタルーニャ州の独立運動、イスラーム過激派によるテロなどの社会問題にも触れられる。むしろサッカーの試合中の描写は少ないので、サッカーに興味ない人でも読みやすい、はず。
 個人的に読んでいて興味がわいたのが、第2章の「肉屋の消えない憂鬱」。ここでわたしは初めて「サッカーと精神疾患」という語の組み合わせを知った。

 バルセロナというクラブは下部組織で選手を育ててトップチームで活躍させる、という考えが強い(ざっくり言えば。まあ時代によっていろいろだが)。ということで、バルセロナの下部組織にいる子供たちなんてものは地元じゃ神童とか天才とか言われている子供ばっかりなわけで、周囲の大人も「あの子はいつかバルサで大活躍するね」とか期待する。
 要するにめちゃくちゃプレッシャーがかかる。
 2章でフォーカスが当たるフェラン・ビラという青年もまた、少年時代は地元では名の知れた選手で、セレクションを経てバルセロナの下部組織へと入団――うつ病を経験した。
 この章はものすごく興味深かった。わたし自身が高1の春ごろにパニック障害と診断され、サッカー部を辞めたことともリンクして、サッカーと精神疾患の関係性について興味を持った。本書が世に出たのが2016年の7月でわたしが読んだのもその直後だった。当時高3。すでに小説を書きたいと考えていたから、これは自分が書くべきテーマが見つかったと感じた。まあ、書き方がまったくわからなかったわけだが。
 ゲンロンSF創作講座4期の最終実作でようやく書けたというのは、我ながら執念深いというか、諦めが悪いなとは思います、はい。


・footballista2019年4月号 特集:ケガとともに生きる
 Footballistaという雑誌を大学に入ってからはほぼ毎号買っている。サッカーを言語化しようという意志が感じられて楽しい。サッカー雑誌の特集は「期待の若手」とか「ベストイレブン」とか「ポジション別ランキング」とかそういったものが多い印象で、そういったものは基本的に精度の低い数字を持ち出すんですよ。「パスは10点中9点」とかね。そういったものにどんだけの意味があるのかという話で、まあ中学生くらいのときに買って読んでいたけど、だんだんと読み応えのある文章か、もっと詳細にデータとして詰めた数字とかが見たいと思っていた。期待の若手、の期待はだいたい裏切られるんだから、そんな未来予想なんてどうでもよいと言ってしまって良い。
 footballistaはその点文章を読ませてくれるので大変ありがたく毎号買って楽しく読んでいるのだが、このケガ特集もまたとても良かった。好きなマルコ・ロイスが表紙だし。
 20の実例を挙げて、いかにケガを克服するかを感情的にならず、しかし確かに熱のある文章で書いてあって、これがものすごく良い。良いし貴重。そんなこと知る機会あんまりないよ、というのが書いてあるわけですよ。ありがとう、footballista。「現役プロの38%が心の病を抱えている。サッカー選手とメンタル障害」の項は大変参考になった。

 最終実作では「ケガが許容されない世界になったので、プロスポーツへの風当たりが悪くなっています」というところから始めたのだけど、もともとこのアイデアは伊藤計劃の『ハーモニー』を読んだときに思いついたものだった。
『ハーモニー』の世界は基本的に病気がほぼ根絶されていて、各々の身体がとても大切なものであって、それを傷つける行為は激しく忌避されるというもので、それを読んだときにまず思ったのは「じゃあ、スポーツはどうなってんの」ということだった。健康のための運動(ランニングマシンで走るとか)はその身体をある程度維持するために推奨されていると考えることができるけれどスポーツ、とりわけプロのスポーツというものは身体の限界に挑んだりするわけでその過程でケガをしたり最悪の場合死んだりする。選手によっては慢性的に身体のどこかが調子が悪いとか、普通にあるわけでそんな人間を『ハーモニー』の世界の住人はどのように受け止めるのか。これがものすごく疑問に思った。作中にスポーツの話は一切出てこないけれど、だからこそこれをテーマに一本書けるかもしれないと思えた。
 その結果が最終実作で書いたもので、もちろん「ケガは駄目。ケガを誘発するおそれのあるプロスポーツは煙草みたいな嫌われ方をしている」というのはオーバーに書いたけれど、そういった傾向はすでにあるんじゃないかと思いながら書いていた。テクノロジーの成長とともに体内環境がある程度見えるようになって、そこになんらかの問題を見てしまえば、それはもうどうなるかは大体わかるでしょ、という。


・footballista2017年5月号特集:サッカーとメンタルのはなし
 もうfootballistaに足を向けて寝れない。さんざん使わせてもらいました。ありがとう、footballista。
 というかいま確認したら2017年発刊か。雑誌というものはとっておくべきものだと再認識させられる。いつか使うだろうというのはどうせ使わないんだ捨てろとか言われるけれど、いやほんと使うので捨てるべきでない。
 この特集の「メンタルコンディショニング」の項のパーソナル・カウンセラーのサンティアゴ・リベラ・マティスのインタビュー記事が最終実作に直接のプラスになった。

 と、がっつり使わせていただいた参考文献はこれくらいになる。以下、ほかに読んだもの。

・『LIFE アンドレス・イニエスタ自伝』著:アンドレス・イニエスタ 訳:グレイヴストック陽子
 未だに日本にいることに違和感があるイニエスタの自伝。自身のうつを告白した自伝として発売時話題になった、らしい。

・『うつ白~そんな自分も好きになる~』著:森崎和幸、森崎浩司
 ともにうつを経験した森崎兄弟の本。いつ見ても顔がそっくり。森保一代表監督の「ふたりが心の病を乗り越えて、アスリートとしてサッカーができるようになったのは“奇跡”でした」という帯文のいやーな湿っぽさが日本サッカーの中での精神疾患の立ち位置を示しているようでうんざりしたりもする。
「イニエスタは「うつ病」か「うつ状態」か? 報道する側からみる「鬱」を伝えることの難しさ」
「『うつ病とサッカー 木村浩嗣の場合』。私はサッカー監督業に助けられた」
「イニエスタが告白した「うつ」。強靭な肉体も精神も、発症を防げない」
 エンケ本を訳した木村浩嗣さんによるfootballistaのサイト内で読める記事。「愛や情は治療の妨げになりかねない」というような文の切実さが記事に強度を与えていると感じる。
「キャリックに現役選手ローズも。「脳の病気」うつ告白が持つ意味」
「ロベルト・エンケ10周忌に寄せて 主治医が語ったスポーツ選手のメンタル」
「スポーツ選手は“強く”あるべき? メルテザッカーの“独白”への賛否」
  またまたまたまたfootballistaのサイト記事。もうこのnoteはfootballistaにありがとうを言うだけの記事です。

 あとアマゾンプライムのドキュメンタリーのall or nothingはトップアスリートの肉体をたっぷり見れるからオススメ。みんな筋肉が柔らかい。

あとこれ。どこにでもサッカーが好きな人はいるっぽいのがわかって嬉しくなる。


 まあ、これくらいです。最終選考に選ばれなかった作品の参考文献なんであまり読まれないだろうけれど、「こんな記事読まれると思ったんですか」みたいなクソ感想が見知らぬ人からもらえるくらい読まれたい。

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