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開くのを待たずに開けにいく~一般社団法人設立

 新しい動き出しを4月1日にしてしまうのは、どうにも学校っぽくて私が運営するフリースクールのコンセプトとは合わないのだけど、沸々と熱い思いがこみ上げてきて、カタチにするのはいつもこの時期なのはどうもしょうがないことのようだ。
 この4月1日に、私は一般社団法人の代表理事となった。法人名は

「まなびのとびら岐阜羽島きょういくラボ」

 これからやりたいことってすごく実験的だからラボ感出していこ!と思ったり、新幹線と高速道路がある地名を使わない手はないと盛り込んだり、でも願いを込めたワードは外せないよねとなったり、長くなってしまった法人名。通称「まなとび」で覚えていただければ幸いだ。

設立の経緯

「場所にこだわらず学ぶ」の究極形への挑戦

 これまでも個人事業主としてフリースクールを運営し、不登校児童生徒に対応してきたし、これからもどんな状況の子どもでも学び続けられるようにと考えて活動していくことはできる。社団法人を設立したからには、これまで個人事業主としてできたことの更に上のステージを目指さなければ意味がないと考えている。

 一番の違いは「企業相手に話をした時にちょっと信用されやすい」という点かなと感じている。株式会社にしなかったのもそうなのだが、一般社団法人という言葉のもつ「なんかみんなにとっていい感じのことしそう」という語感をフル活用して、色々な事業体の企業に地域教育活動への協力を呼びかけるつもりだ。

 「学ぶ場所はどこでもいいんだよ」というメッセージを発信していても、結局のところ現在子どもがとれる選択肢は、学校・フリースクール・家庭、くらいのものだ。もっと自由がいいし、もっと実際的な場ならば学べるという子も多いはずだと考え、町中の色々な場所を「フリースクール化したい」という思いがある。

 「子どもが地域の宝であり、親だけでなく地域全体で育てる」という考えに異論は少ないと思う。だがこの発想自体が素晴らしくても、実際には何も行われていないのが現状だ。本気でそう思う大人が集まって、本気でそう思っているんだよって子どもに伝えていかないといけないと思う。

3年間で知った不登校の多様性

 フリースクールを運営する中で、本当にたくさんの児童生徒との出会いがあった。そのことだけで本当に感謝の気持ちでいっぱいになる。子どもの数だけ、私にとっての多くの学びの機会にもなったからだ。
 3年間での一番の学びは、不登校になった理由もさることながら、不登校の様相にも、ものすごく個性が出ているし、個々人でとても違いがでるものだということだ。

 社団法人設立前に、不登校の児童生徒の様相をうまく捉えられないかと、いくつかのパターン化や分類を試みたことがある。一応完成したのだが、ものすごく細かな分類になり、それぞれのパターンにこれまで出会った子どもが一人ずつしか入らないのではないか、という状況だ。
 そもそも本人の不登校という状況に対する受け止めもかなり違うのに、みんながみんな同じような様相になるはずがない。不登校支援は「個を知る」ことからしか始められないのは、私がこの仕事ではじめにつかみとった真理だと思う。
 もっともっとこちらから「個を知る」ためのアプローチがしたい、というのも、社団法人の中でやりたいことの一つだ。

聞きたくなかったその後

 社団法人の具体的な事業内容は、後述する4つがあるのだが、実は当初は3つしかなかった。4つ目はあとから追加した、というか、追加するしかないと考えるに至ったエピソードがある。

 フリースクールを運営し始めてすぐの頃に、利用していた子がいた。勉強こそ苦手意識が強かったが、当方に置いてある絵本に興味をもち、本を使ったボードゲームなどで一緒に盛り上がり、たくさん笑顔を見せてくれた子だ。
 数か月、週に1~2回くらい通っただろうか。本人もおそらく当方を気に入ってくれていたと思っていたのに、急に来なくなった。保護者の方と連絡を取ると、はっきりとは言われないのだが、生活が苦しくて当方の月謝が払えないのだということが伝わってきた。
 「支払いを少し待つ」ことはできても「払わなくていいから来て」とはどうしても言えなかった。それは当時も今もさして変わらない。フリースクールの運営は儲からない。良心的・教育的であればこそ、いつもギリギリだ。

 先月、その子の最近の様子を聞く機会があった。
 学校には行っておらず、自傷行為を繰り返していると。
 この時に感じた無力感といったらなかった。脱力感というか、何だよそれと自棄を起こしたくなるような気持ち。そんなことあっていいのかと。保護者の方は「教育を受けさせる義務」を果たそうとしたのに、そこに誰も手を差し伸べて助けてやらなかった、という状況を憂う。

 この時に、社団法人の賛助会員になってくださる方をめちゃくちゃ集めて、そのお金でお金に困っている世帯の月謝を補填することを心に決めた。聞きたくなかったその後の姿から生まれた、4つ目の事業。悲しい理由だが、だからこそ大成功モデルを作らなければならないと思っている。

開きそうなとびらが開くまで待つっていう性分じゃないのでさっさと自分で開けに行く

 フリースクールを約3年間運営してきて、時代が大きく変わり始めているのを折々感じることがある。私が書くnoteにこれまで何度も出てきたエピソードだが、3年前には当方の活動を訝しがった近所のおじいさんが乗り込んできた地域だ。
 それが今年は3~4月のフリースクール入会や見学のお問い合わせがこれまで以上に多い。それに子どもが学校に行かなくなってから保護者の方が当方にリーチするまでの期間がどんどん短くなっている(2週間くらいの行き渋りでうちにたどりつくってすごすぎる)。
 これまでの教育の在り方とは違う、もっと多様でもっと複雑な教育の在り方が模索され、それが世間に受け入れられようとしているのだなと思い、非常に嬉しい。

 私は判断や行動こそ爆速だが、結構ずぼらで完璧主義とは程遠い性格だと思っている。でも、教育については、全ての子どもにとって完璧な環境を提供したいと思っている。世間の価値観が変わり始めて、多様な学びの場が認められつつある。それはとても素晴らしいことのはずだが、私としては世間の大人の価値観ががらりと全て変化するのを待っているわけにはいかないと思った。そのとびら、今すぐ開けたら救われる子どもたちがたくさんいるはずだから。

 価値観の変化なんか待たない。変化をこの手で起こすのだ。

 今回の社団法人設立の目的は、そういう決意を表明することなのだと、これを書きながら自分の気持ちを捉えている。

 学校がどうしても合わない子どもたちにも「場所は違えど学びをやめなければ何とかなる」と思ってほしい。学びという「どこでもドア」を全ての子どもたちへ。そのドアノブに手をかけた時の全能感こそ、教育によって子どもにもたらされるべきものだと考えている。

 私たち大人は官も民もなく、今を生きる子どもたちのために、手に手を取ってこのとびらを開かなければならない。そのための努力を惜しみなくしていきたい。

まずは4種のとびらから

①まちなかスクール構想

 賛同いただける商店や事業所で行われる特別レッスン。職業体験のようでもあるし、生きた学びを得られる機会でもある。
 毎日この街のどこかで、学校に行かないならうちでこんなこと勉強しよう!ととびらを開いてくれる大人がいる状況を作る。これが「まちなかスクール構想」である。
 企業側からすれば、その業種に興味をもってくれる若者が生まれるきっかけづくりのように思ってもらえるといいなと思う。
 子どもが学校に行きたくないと思ったら、「まちなかスクール」のホームページを見て、気になる授業を見つけてすぐ予約。すごく未来的な様子に思えるが、地域の大人が本気を出せば実現できない話ではない。

②家庭訪問

 先述のように、不登校の様相は多種多様だ。中でも、一番ほっておいてはいけないのに一番アプローチが難しいのが、自室にこもってしまった場合だ。
 フリースクールでは、基本的に外に出られる子どもしか網羅できない。外に出なくてもオンラインでコミュニケーションをとれたらいいのではと思うかもしれないが、実際に会ったことのある人とのコミュニケーションは、まだ会っていない人のそれとは全く違うのには納得していただけると思う。
 そんなわけで、非常にアナログだが、とりあえず会いに行く!という動きがいいのではないかと思っている。市教委や各学校とのさらなる信頼感をもった連携が必要だ。信頼してもらうための努力を惜しまず、官民が手を取り合った好例を創っていきたい。

③新規フリースクール設立をお手伝い

 法人化したからといって、急に偉くなったり強くなったりするわけではない。私にできることなんて限られている。
 だったら、「フリースクールやりたい!」と思う人の背中を押すことも重要ではないか。私が作らなくても、やる気のある誰かが作れば、それだけでことのはとは違う多様な場ができるはずだ。
 これを話していたら、ある方から「わざわざライバルを増やすようなことしなくていいんじゃない?」と言われたが、私はライバルとは思っていない。高飛車な構えで言っているのではなく、同じ不登校児童生徒を支えようという同志ではないかと思うだけだ。
 どんな場を選ぶかは、子どもに任せたらいい。選択肢が少ないことは、子どもにとってはよくないことだから、単純に色々な種類が増えたらいいと思う。

④フリースクールの月謝補助

 先述の通り、きっかけが悲しいが「絶対にやらねばならぬ」という気持ちでいる。
 東京都はフリースクールに通う世帯に対して月謝の補助を打ち出した。自治体単位で、そうした動きは少しずつ出始めている。これに対する反対意見があるのも知っているが、これも先述の通り「義務を果たそうとしている人を助けなくて何が行政か」と、私は考える。

 残念ながら、岐阜はまだだ。でも、もう待っているわけにはいかない。この記事を関係者の方が読んでくださって、それで月謝補助が始まるならそれはそれで嬉しい。その上で、当法人で提携するフリースクールにはさらに補助するという動きでいいと思う。
 2年前に、初めて来たある保護者の方に「学校の代わりなのにタダじゃないの?」と言われたことがある。その時私は「非常識な人だ」とは思わなかった。「なるほど、そうきたか」と思った感覚をよく覚えている。

 国が、自治体が、教育というものをどう考えているのか、それを明確に「予算」という形で示す必要があると思う。今の予算から伝わってくるメッセージは、「未来に投資する気はない」である。私は教育者なので、未来に投資することが最良であると信じて突き進もうと思う。

法人が成長していく様子を見せるという授業

 授業というのは、ある種エンタメである。新しいことを学ぶこと自体が本来は楽しいし、色々な人と関わりながら学ぶことは心躍る体験である。

 当法人は、私とフリースクールスタッフの二人で始めた。二人で顔を合わせるのはフリースクール内で、法人設立までの打合せも、子どもたちがいる中でたくさん行われてきた。
 子どもたちは、自分たちには関係ない話にも、聞き耳を立てて楽しんでいる。イラストレーターさんに頼んだロゴが数パターン届いた時には、みんなでせーので投票した。「なんかわかんないけど、大人が何か大きなものを
作ろうとしている」というのは、それを身近で見られるのは結構素敵なエンタメではないかと思うのだ。
 そんなつもりで、子どもたちとの関わりを含みながら、少しずつ、でも着実に、とびらを開けていこうと思っている。

さあ、ひらこう、まなびのとびら。


この記事のトップ画像は、当法人のメインビジュアルとして、イラストレーターの伏見屋友憲(ふしみやとものり)さんに依頼して描いていただきました。Instagram→@tomonori2438
 ご本人も中学時代に不登校を経験していらっしゃる方で、今回の仕事を快諾いただきました。苦しんでいてもいつかとびらひらく時をイメージして描いてくださいました。


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 この記事を最初にアップしたのが2024年4月6日。
 本日現在、まだ決済サービスの契約ができていないので、「まなとび基金」をスタートすることができませんが、賛助会員について気になった方、詳しく話を聞いてもいいかなと思う方、以下まで連絡いただければ幸いです。よろしくお願いします。

manatobi.edulabo@gmail.com

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