見出し画像

目を開けてお祈りを 最終話


なんとか大学生になってしばらく経った後、

「元気してる?」

まさかのマナから連絡が来た。マナは無事ニュージーランドに留学、ただしそのため高校を一年留年することになったらしい。

「元気だよ、マナも元気?」
「なんとかね、下級生と一緒に勉強するなんてそわそわするけど」
「マナなら大丈夫でしょ」

あの時はごめん、なんて話はあえてしなかった。お互いその話はできなかった。

「そうそう、アイツもう学校からいなくなったよ」
「アイツって?」
「牧師先生」
「うそ」

マナ曰く、関東に戻ったらしいとのことだった。

「残念だね、文化祭で遊びにきても会えないよ」
「うるさいな、まあマナに会いに行くね」

彼女は笑っていた。でもどうしよう、牧師先生との連絡手段は断たれてしまった。

そんなとき現代っ子はどうするか。

ネットサーフィンが得意な私は、五分もかからずに彼のSNSアカウントを見つけた。我ながら気持ち悪い。でも探さずにはいられなかった。彼はあいかわらず聖書の話ばかりしていた。奥さんと娘さんと出かけたときの写真もたまにアップされていた。

連絡をするのは、勇気がいった。学校で時間を共有していた頃とは違い、話のネタが思い浮かばない。苦肉の策で、また恋愛の話をすることにした。私も誰かとデートに行くようになっていたのだ。彼を忘れるくらい、恋をすることはなかったけど。

「ご飯に誘われたけどどうしましょう?」
「逆にこちらから誘うには?」

本当に答えがほしいというより、無理やり質問を捻り出しているような感じだった。彼以上の人はいないわけだからそれも当然だった。

「まずは相手を知ること。仲良くなってみては?」

彼は普通に相談にのってくれた。相変わらず素っ気ない。恋愛の話で彼の気を引きたかったのに。そんなことしても無駄だけどさ。つれない彼に、余計に夢中になった。

冬場は夜になるのが早い。そんな時ひとりで外を歩いていると、彼が恋しくて寂しくて、泣きそうになる。自分に酔ってるだけなのかな。そんなことをしょっちゅう考えていた。

社会人になってもやり取りは続いた。もはや執念だ。次第に仕事の相談をしたりして。友達には職場の悩みは話せなかった。プライドが邪魔をするから。でも彼には素直に話せた。

「サナエちゃんさ、他に好きな人いるでしょ?」

三つ年上の営業マンとデートしていた時のことだった。

その人とは合コンで出会った。なんでも奢ってくれる代わりに、女を食いものにしてるって感じの人。でも、声があの人に似ていた。

「そう見えますか?」
「見える。もしそうじゃなくても、僕たち合わないんだよ」

そう言って私は振られた。でもこの言葉は、何となく腑に落ちてしまった。振られたことは意外にショックで、けれど自分の薄情さにも、心底嫌気がさしていた。

そのころから、先生とやり取りしている自分が嫌いになってきた。先生は絶対に振り向いてくれない。でも、連絡を取ると舞い上がってしまう。

私は何をしているんだろう。絶対結ばれることのない、安全な片想い。それを十年以上続けてしまった。そろそろ終わらせるべきなんじゃないか? 

本棚の奥に追いやった聖書をみつけた。ぱらぱらめくったけど、もちろん答えは書いていない。それから、私は彼に連絡するのをやめた。

彼とのつながりが途絶えたところで、すぐ恋心が収まるわけではない。彼のことを思い出さない日はないし、夜道はいまだに寂しいままだ。でも、この沼から抜け出さなくては。

私はその一心で、大型書店で大々的に売られている恋愛本を線を引きながら読んだり、初めてまつ毛パーマに挑戦したりした。恋愛アドバイスをくれる牧師はもういないのだ。けれど中々、自分の心が恋に落ちてくれなかった。



十年以上が経った。
あの人に恋をしていた日々が夢だった気さえする。あのしおりも、とっくの昔に失くしてしまった。

母校に足を運んでも、懐かしいだけで、胸を刺すような寂しさまではない。彼との関りはSNSに写真をあげたときに、ふと思い出したようにいいねが来るだけ。それでいいと思う。

たまに今日も彼はどこかで祈っているのだ、とぼんやり考える。そんなとき私は少しだけ目を開ける。眉をひそめて聖書をめくる彼の姿が、そこにある気がして。

前のお話/ この小説のマガジン /

私をめちゃくちゃ喜ばせたいと思ったら、サポートいただけるとその通りになります🌸