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初対面の女の子に殺人教唆する百合

 肩を叩かれて目が覚めた。数秒掛けて焦点が合うと、星を集めたような瞳が視界いっぱいに現れた。

「静かに。ここに入れられるまでのことを覚えている?」

 鼻が触れ合うほど近くに顔を寄せて、琥珀色の瞳の少女が奏を見つめていた。
 いわれて初めて、奏は自分の状況を思い出してみる。家にパパより大きな二人組の男の人がやってきた。ママを縛って、椅子の上に括り付けた。逃げようとした奏を捕まえて、口の中に黒い芋虫を入れた。芋虫を飲み込んだら気を失った。今、目が覚めた。

「私たち、奴隷商人に捕まったの。黒い幼虫を体内に入れられなかった? やつらは私たちの記憶をあの虫に食べさせて、まっさらな子ども作るの。子どもを買った人が、好きな性質を植えられるようにね」

 琥珀色の瞳の少女は迷いなくいい放った。尖った言葉が奏の胸を刺し、涙が溢れた。頬を拭おうとして、両手両足が縛られているのに気がついた。口にも布を噛まされている。身じろぎすると背中を柔らかいものにぶつけた。振り返ると、奏と同じ年頃の子どもがうずくまっていた。
 奏の他にも、同じ目に遭った子どもたちがいるようだった。暗くて近くしか見えないが、子どもたちの息遣いや嗚咽が聞こえている。
 床は絶え間なく揺れたり跳ねたりする。トラックの荷台に乗せられているのだろうか。生暖かい空気に、黒い芋虫の臭いが充満している。吸うと吐きたくなるから、浅い呼吸を繰り返した。
 琥珀色の瞳の少女は立ち上がった。手首と足首には綱の痕が残っている。奏と同じように拘束されていたとすれば、自力で抜けたに違いない。
 少女はしばらく子どもたちの間を歩き回っていたが、奏の前にしゃがみこんだ。

「キミが一番落ち着いている。綱を切るから、一緒に戦ってくれる?」

 品定めするような目で、奏を見つめる。少女は服の下に隠していたというハサミを見せた。ママが前髪を切ってくれたときに使ったものとそっくりだった。武器として評価するなら、細長くて弱そうだ。

「ハサミだけじゃ心もとないよ」

 奏はおそるおそる尋ねた。勝算がないとわかっているのか、いないのか。

「簡単よ、トラックは二人乗りでしょう。キミと私で一人ずつ殺せばいいわ」

***

Twitter企画『殺伐感情戦線』参加作品


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