見出し画像

思い出話4 ビル掃除のアルバイト先での出来事

学生の頃、週末の土日、ビル掃除のアルバイトをしていたことがあります。
私は社員の林さんと組んで作業をすることが多く、一年くらいやっていました。

林さんは色盲で、車の運転免許を持っていないので、私が運転をして、都内の現場ビルに行くことが多かった。

そんなある日の土曜日、中央区のある出版社の掃除をしに行きました。

私は行ったことのない小さな出版社だったし、場所に詳しくはないので、地図を見ながらの運転となった。
今のようにカーナビやスマホがない時代なので、ナビゲーションをしてくれるものはなく、車の中にある分厚い地図の本しかなかった。

朝に現場に着き、早速仕事にかかるが、その土曜日は何故か数名ほどの社員が出勤し、みな忙しそうに仕事をしているのでした。

通常、掃除は誰もいない社員の休みに行うが、出版社なので、その土曜日は忙しい時期で出勤をしなければならなかったのかもしれない。

我々にとっては大変迷惑な状況であるのだが、やむを得ずそういう状態の中、床掃除を行っていた。

しかし、掃除中いちいち社員の方に「すみません、すみません・・・」などと言いながら、席の移動をしてもらいつつやる作業は本当にやりにくかった。

何でこんな日に掃除をやることに決まったのか、私は内心疑問に思っていた。

そして最後、ワックスをかける段になった。
林さんがワックスをかけ、私は扇風機を回し全体が乾くよう作業をしつつ、会社玄関の入口に立ち、社員が出入りしないように待機していた。
ワックスを塗った直後に出入りされてしまっては、どうしようもなくなるからです。

するとその時、四十代くらいの男性が外から入ってきそうになったので、言葉を発した。
「あっ、少し待ってもらえませんか 。ちょっと今、ワックス塗ったばかりなので・・・」

すると、その男性は、
「なんでだ」
と、怒った口調で言い返してきた。

私はもう一度、
「ワックス、塗ったばかりなんで」
と、同じことを言った。
しかし、男性は私の声を無視して、会社の中へと入ってきた。

すると、私の上司の林さんが、
「あっーあ!すみませーん。入るのちょっと待ってもらえませんか。今ワックスを塗ってる最中なんで・・・」
と、私が言ったのと同じことを言った。

すると、その男性は、
「なんでだ!自分の会社に入るのに、なぜ足止めされなきゃいけないんだ」
と怒った。

林さんは、
「今掃除している最中で、ワックスを塗ったんで、ちょっと、待ってもらえないかって言っているんですよ!」
と声高に言った。

男性は、
「待てない! あんたらプロだろう。何故、こういうことになるんだ」

林さんも、その言葉にはついに感情的になり、
「なにっ!」
と、怒って返した。

でも、数秒して、林さんは折れた。
「じゃーどうぞ」

男性は、ワックスを塗ったばかりの半渇きの床の上を堂々と歩き、どこかへ消えていった。

すると林さんは、私に、
「今日は引き上げようか・・・」
と、力なく小さな声で言い、私は同意した。

掃除は途中であったが、我々は簡単に始末をつけ、道具を片づけ始めた。

すると、女性社員の一人が寄ってきて、
「どうもすみません。すみませんでした」
と、何度も頭を下げて謝り、我々は別室に行くように促された。

別室に行くと、そこはテーブルと椅子が置かれた応接室であった。
すると間もなく、瓶ビールとグラスが運ばれてきて、召し上がってくださいと言う。
私は運転があるので、本来は飲めないのであるが、一杯だけいただいた。
林さんは残りを全て飲んだ。

そして、女性社員は、
本来土曜日は休日で、社員は来ないから、この日に掃除を設定した、という。
ただ、社員は自主的に来ることがあって、今日はその人たちが多かった、ということです。
あの男性は、取締役の方であったそうです。

私は客観的に事の状況を見ていた一人だが、林さんの言葉遣いも問題があると思ったし、私自身も最初の対応で、男性に不快感を与えてしまう言い方をしてしまったのかもしれない。
また、男性は、いくら自分の会社とはいえ、掃除をしている状況を察して、もう少し譲歩の心があっても良いのではないかと思った。

でも男性の「あんたらプロだろう」の言い分は納得がいかなかった。

もちろん、ワックスがよく乾くよう、業務用扇風機をかけるけれど、プロであっても、ワックスはすぐには乾かない。

そしてもし、半乾き状態で人が歩けばどんなことになるのか、誰でもおおよそ見当はつくだろう。あの男性にもわかるはずです。

そもそも、社員が来ない土曜日を選んで作業に入ったのに、自分勝手に出勤してきた人たちにも責任はあろう。
もちろん、社員は社員で、言い分はあるのだろうとは思う。

結局その日は、午前中の二、三時間床掃除をし、ビールをいただいて、仕事は終わった。
あーやれやれ。


モズ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?