家族の話1 母と祖父の奇縁
いつもお彼岸の時期ともなれば、市川にある霊園のお墓に行くが、つくづく奇妙に感じることがあります。昔から「ホント不思議だな・・・」と思っていたこと。
それは墓石近くの墓誌に刻まれたある人の年月日についてです。
わが家の墓誌の最初には、祖父の俗名と戒名、行年と没年月日が刻されているが、問題はその没年月日です。
そこには父方の祖父の没年が「昭和九年六月八日」と刻まれている。
今からもう、九十年近く前のことです。
でもそれは、まぎれもなく、私の母の誕生日なのです。
奇しくも、三十六歳の若さで肺結核で亡くなった祖父の死亡日に、母が生まれたということです。
そのことは親戚中の誰もが知っていて、私はいつも「これはどういう因縁なんだろう」と想像をたくましくしてしまう。
母と父方祖父との奇縁を単なる偶然、ただの事実としてしまえば、それだけの話であるが、でも、これを、この世の世界を超えた別の世界から眺めてみるとするなら、興味深い想像が膨らんでくる。
「母は祖父の生まれ変わりなのだろうか」
とか、
「母は出生前、結核で亡くなった祖父の命の余りをもらってこの世に誕生したのだろうか」
とか、
「母がその嫁ぐ家に疑問を持たないように、神様か仏様かご先祖様が、目に見える形でそのように示されたのだろうか」
など、私の想像は際限がなくなっていくのです。
私の父は、生前、最後の説を主張していて、よく母に「お前は、俺と結婚するようになっていたんだよ!」ということを言っていました。
そんな昔の出来事は、いま現在を生きている我々には何の影響もないことだが、考えてみれば不思議である。「何かの因縁」としか、自分には思えない。
令和5年の4月に急逝した母は、いつも、お墓参りに行っても、そのようなことを気にするでもなく、ただ淡々と、嫁いだ先のお墓に向かい、膝をついて両手を合わせ、家族の無事を祈っていた。
母にとってはそんなことはどうでもいい、といった感じなのです。生きていく上であまり必要のないこと、余計なことは考えない性質でした。
でも、それでいいのだと思う。
母のように、今現在をしっかりと生きるだけでいいのであり、それ以外のことを色々と考えても、混乱するだけです。
自分はどうして、こう余計なことばかりに関心がいってしまうのか。
母の生き様を見ていると、つくづく己自身が変に思えてくる。
でも、余計なことかもしれないが、そうした取りとめもないことを考えてしまうのが自分なのである。これは性分というものの成せるわざであろう。
この世の生を終えた母は、今は祖父のいる墓に入っているが、もしかしたら、母は今ごろ、自分の生のからくりをご先祖様や祖父から聞かされているかもしれない。